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【書籍・漫画化】アルバート家の令嬢は没落をご所望です  作者: さき
第2章

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26

 

 メアリがリリアンヌに突き飛ばされた時。あの瞬間に聞こえた音は案の定アリシアから貰ったブレスレットが割れる音で、赤褐色と銀色の飾り玉が二つ、ひび割れ欠けてしまっていた。


 そもそも、このブレスレットは前作『ドラ学』の公式グッズであり、自分好みに飾り玉の配色を決められることで人気のあった代物だ。メアリ・アルバートを示す銀色の飾り玉こそ前世では存在していなかったが、アディを示す赤褐色はメアリの記憶にもある。

 もっとも、今はその飾り玉の色や組み合わせが問題ではない、重要なのはこの品物が飾り玉を組みかえられるということ。記憶の限りでは購入後に色を変えたり、サイズを合わせた飾り玉を自分で作って組み合わせていた者もいたはずだ。

 つまり、なにが言いたいかと言えば……


「割れた分だけ買えば組みかえられるはずなのよ」


 そう告げるメアリに、なるほどとアディが頷いた。

 ちなみに場所は市街地。以前に買い物に来たのと同様、ど真ん中に君臨している。


「確かに、元々組み合わせてつくる品物なら飾り玉さえ買えば修理できますね」

「そうでしょ。というわけで、さっさと買いに行くわよ」

「はい、かしこまり……」


 かしこまりました、と言い掛け、アディがふと言葉を止めた。

 まるで何かに気付いたようなその表情に、メアリが彼を見上げる。錆色の瞳はメアリではなくその背後を見ているようで、いったいなにを見ているのかと振り返ろうとして……


「メアリ様! こんにちは!!」


 と、背後にピッタリとくっついて大声をあげるアリシアに、メアリが盛大に体を跳ね上がらせ「ひっきゃぁぁあ!」と甲高い悲鳴を上げた。


「な、なによ! なんで居るのよ!」

「アディさん、こんにちは!」

「こんにちはアリシアちゃん。今日は買い物?」

「お父様とお母様と市街地の視察に来てたんです。そうしたらメアリ様の姿が見えて」

「だ、だからって何で背後にいたのよ!」


 よほど驚いたのかアディにしがみつきながら訴えるメアリに、対してアリシアはメアリの反応が分からないと言いたげにコテンと首を傾げた。紫色の瞳が丸くなり、「どうして怒ってるんですか?」とでも言いたげである。


「だって、走って近付くとメアリ様怒るじゃないですか」

「だからって人の背後に立って大声出していいわけじゃないでしょ!」


 喚くメアリに、対してアリシアは未だ不思議そうな表情を浮かべている。どうやら本当にメアリが驚いた理由が分からないらしく、見かねたアディが仲介すべく苦笑を浮かべつつメアリを宥めた。

 アディの腕にしがみつき、混乱のままに喚くメアリはさながら尻尾が膨らみ逆毛だった猫である。もっとも、油断したところを大型犬に飛びつかれたらどの猫だってこうなるだろう。


「お嬢、とりあえず落ち着いてください」

「そ、そうね……この子相手に喚くだけ無駄なのよね。会話の半分通じれば良い方だって、そう考えるようにしたんだったわ」

「なに意志の疎通を諦めてるんですか」

「それに、この子が突然現れるのは今に始まったことじゃないし……」


 そう自分に言い聞かせつつ、メアリがアディから離れる。その際にムギュと足を踏むのは、言わずもがな「この子の接近に気付いてたんなら言いなさいよ」という意味である。足を踏むだけにとどめたのは、これまた言わずもがな、言ったところで流されるからだ。

 そうして改めてアリシアに向き直り、令嬢らしく「ごきげんよう、アリシアさん」とスカートの端をつまみ上げて頭を下げた。先程の甲高い悲鳴はどこへやら、なんとも立派な令嬢の挨拶ではないか。

 それに対してアリシアも嬉しそうに同じ仕草で返し「普通の挨拶が出来るなら最初からそうしなさいよ!」というメアリの文句を聞き流し、メアリとアディを交互に見やった。


「お二人は今日はお買い物ですか?」

「ん? うん……まぁ、そんなところかな」


 そうアディが言いよどむのは、言わずもがな今日の目的がメアリのブレスレットの修理であり、そしてそのブレスレットがほかでもなくアリシアから貰ったものだからである。

 不可抗力とは言え人から貰ったものを破損させた。

 さすがにそれを本人に言うのは……とアディがメアリに視線を向ければ、彼女はさも当然と言いたげに


「貴女から貰ったブレスレットを割ってしまったの」


 とハッキリと説明していた。


「そうなんですか?」

「えぇ、ほらこの通り」


 鞄から小さな袋を取り出し、さらにその中から布の包みを取り出す。

 上質のスカーフの包み。それを開けば中にはアリシアの手首にはめられているものと色違いのブレスレットがあり、メアリが破損箇所を示すようにブレスレットを傾ければ、確かに赤褐色と銀色の飾り玉が一つずつ無惨にひび割れていた。


「あらら、見事に割れてますね」

「安心なさい、仇はとったわ」

「……仇? あ、それでメアリ様は修理しに来たんですね」


 メアリが市街地に来た理由を察し、アリシアが顔を上げる。

 そうしてすぐさまメアリの右腕を掴むものだから、これには腕をとられたメアリも勿論、隣でそのやりとりを眺めていたアディもキョトンと目を丸くした。


「な、なによ……」

「さぁ、行きましょう!」

「……はぁ!?」


 なんで貴女と!とメアリが喚くも、アリシアが目的の店へと向かってメアリを引きずり始める。おまけに、どういうわけかアディまでもがメアリの左腕を掴み、アリシアの誘導に従いつつメアリを引きずり始めるのだ。

 さすがにメアリ・アルバートと言えど、二人に引きずられては抵抗など出来るわけがない。というか、アリシア一人でも力では負けてしまう。


「アディ! あなたまで……この裏切り者!」

「はいっ!」

「だから毎度このやりとり……認めるの!? やめてよ、今あまり余裕がないんだから変化球に対応できないのよ!」

「メアリ様! ほら、あのお店ですよ!」

「分かったから、一緒に行くから! だから引きずらないで!」


 キィキィと喚くメアリを、右腕はアリシアが、左腕はアディが掴み、一軒の雑貨屋へと引きずり込んだ。




 店内はさほど広いとは言えず、むしろ市街地の中でもこじんまりとした作りをしていた。それでも店内は可愛らしい雑貨で溢れかえり、まさに女性が好みそうな雑貨屋である。

 元々庶民のための店なのだ。そこにアルバート家の令嬢と王女が現れれば――それも、引きずり引きずられの体勢で現れれば――店内が騒然とするのも仕方なく、店長らしき女性が店の奥から出てくるや緊張した面もちで対応し始めた。

 ――もっとも、その対応も丁寧と言えどいかにも一般の店といった対応で、生まれてこのかたアルバート家令嬢として最高級の優遇を受けていたメアリからしてみれば無礼に当たりかねない……のだが、いったいどうして王女と従者に引きずられて入店した身でそんな些細なことを気にかける余裕があるというのか――


「ほ、本日はどうなさいましたか……?」

「ちょっとね、これなんだけど」


 そう告げて、メアリが先程同様スカーフで後生大事に包んだブレスレットを差し出す。

 それを見た店長が目を丸くしたのは、言わずもがなアルバート家令嬢が差し出すのが自分の店のブレスレットだからだ。最高級の品をオートクチュールで身に付けるのが当然の貴族のご令嬢が、只の雑貨屋のそう高くもないブレスレットを手に、おまけに「直るかしら?」と不安げな表情を浮かべている……。

 これには店長も目を丸くさせ、次いで慌てて彼女の隣に立つ王女に視線を向けた。彼女の手首には色違いのブレスレット……。


「ま、まさかお二人ともうちの店のブレスレットを……?」


 と、信じられないと言いたげに口にする。いったいどうして、国を代表する二人の女性が自分の店のブレスレットを愛用していると思えるのか……店内に当人達が居なければ「見た目こそ似ているがきっと桁が違うに決まっている」と決めつけていただろう。

 だが現にメアリはハッキリと店長に向かって修理の可不可を尋ねているし、それどころか王女が「お揃いなんですよ」と嬉しそうに笑っている。

 これはいったいどういうことか……と、店長はおろか話を聞いた店員や周囲の客が目を丸くしていると、そんな彼等の気持ちを察したアディが溜息をつきつつ、店長の肩をポンと叩いた。


「このお二人はその……ちょっと、変わっているんです」


 と。

 その言葉に対して二人分の「変わってるってどういうこと!?」という文句があがったが、哀れ店長は目眩を起こしかけ、それどころではなかった。



 そうして理解が追いついていない店長を一人の店員が店の奥へと連れて行き、アクセサリー担当が対応についてメアリの持つブレスレットを恐る恐る覗き込んだ。


「これは……見事に割れてますね」

「安心してちょうだい、仇はとったわ」

「……か、仇? いえ、あの、このお品物なら飾り玉を交換することが可能なんですが……」


 ですが……と言い淀む店員に、メアリが不思議そうに首を傾げた。


「申し訳ないんですがこちらのお色はただ今在庫を切らしておりまして……」

「あら、そうなの?」

「はい、大変申し訳ございません。ほかのお色でしたらご用意があるんですが」


 貴族の令嬢、それもアルバート家の令嬢が望んでいるものを提供できないからか、眉尻を下げて申し訳なさそうに頭を下げる店員にメアリが困ったようにブレスレットに視線をやった。

 メアリとアディを示す銀色と錆色の飾り玉。これを受け取った当初は「きっとあの子(アリシア)はお金がないから二色混ぜたのね!」と鈍感も良いところな発言をしたのだが――当時を思い出すと恥ずかしくて穴を掘って飛び込みたくなるので、あまり思い出さないでおく――今はアリシアがどういう気持ちでこれを渡してくれたのか分かる。……分かるからこそ、銀色と赤褐色でなくては意味がないのだ。

 そう考えつつ、店員が申し訳なさそうに持ってきた在庫を覗き込み、その中にしまわれた飾り玉にメアリがふと視線をとめた。




「お嬢、直せましたか?」

「メアリ様、どうでした?」


 店先で待っていた二人に、受け取ったブレスレットをスカートのポケットにしまいこんだメアリが「お待たせ」と返す。

 ……が、その途端に三人が黙りこんでしまうのは、もちろんアディとアリシアは修理をし終えたブレスレットを見せてくれるものだと考えていたからで、対してメアリはわざとらしくそっぽを向く。その白々しさと言ったらなく、アディとアリシアが思わず顔を見合わせた。


「な、なによ。ほら、さっさと帰るわよ」

「メアリ様……ブレスレットは?」

「直ったわよ。それで良いでしょ、貴女もさっさと帰りなさいよ」


 冷ややかに言い放つメアリに、いよいよをもって様子がおかしいとアディとアリシアが首を傾げる。

 そうしてどちらともなく視線を交わし合い、一人先に歩き出そうとするメアリの腕をアディが掴み、店と店が並ぶ隙間の通りへと強引に連れ込むと後ろから抱きしめた。


「ア、アディ!?」

「お嬢……」

「な、なによ! 人に見られたらどうするのよ!」

「大丈夫です。ここは死角になってますし」

「だからって……」


 腕ごと包み込むように抱きしめてくる強引さに、メアリが言葉を詰まらせる。背中に触れるアディの暖かさに、体を締め付ける逞しい腕に、耳元から聞こえてくる甘い声に、身動き取れないほどきつく抱きしめられていることに、心臓が跳ね上がって落ち着かないのだ。

 なにより、こんな公共の場で触れ合うなどメアリからしてみれば恥ずかしいの一言に尽きる。……が、その恥ずかしさもまた胸を高鳴らせ、メアリがうっとりとしつつアディを柔らかく咎めた。


「まったく、なにを考えてるのよ……アリシアさんもいるのよ?」

「お嬢……」

「アディ……」

「いまだアリシアちゃん! 目的のブツはスカートの右ポケットとみた!!」

「了解ですアディさん! メアリ様、失礼します!」

「しまった! これは抱擁じゃない、拘束!」


 離して!と叫ぶメアリを無視して、アリシアがメアリのスカートのポケットに手を突っ込む。そうして取り出したブレスレットは、壊れる以前と同様に銀色と錆色が交互に飾られ……


 二つだけ、金色と藍色の輝きを放っていた。


「メアリ様……」


 金色と藍色の飾り玉を混じえたブレスレットを手に、アリシアがメアリに視線を向ける。背後からメアリを抱きしめ……もとい拘束していたアディもまた同様に視線を向けるも、メアリはその視線が煩わしいと言いたげに二人から顔を逸らしてしまう。

 その頬が若干赤くなっているのは言うまでもないが、流石に今ここでそれを指摘してやる者は居ない。


「お嬢、これって」

「なによ! ただ元々の色が品切れで、この色ならまだ残ってるって言うから見繕っただけよ! べ、別に他意なんて何も無いんだからね!」

「なんて分かりやすい……」

「何がよ、何が分かりやすいって言うのよ! 本当に何も意識なんかせず、偶然ちょっと目に付いたからこの色でいいやって思っただけなんだから!」


 キィキィと喚くメアリの天邪鬼さに、拘束したままのアディが小さく溜息をつく。対してアリシアはしばらくブレスレットを眺めた後、何か思いついたのかパァと顔を輝かせた。

 そうして「私、お店に予約してきます!」と嬉しそうに走っていくのは、言わずもがな品切れ中の飾り玉が入荷したら購入するためである。メアリのブレスレットが銀色と赤褐色の中に金色と藍色が追加されたように、アリシアの持つ金色と藍色のブレスレットにも銀色と赤褐色を混じえるのだ。

 その色が各々を示していることなど今更言わなくても分かるだろう、現にメアリは頬を赤くさせながら「真似っ子!」とまるで子供のような暴言をはいている。


 そうして、アリシアが走って店に戻ってしばらく。

 いまだ背後から抱きしめ…ではなく拘束してくるアディを、メアリが恨めしげに横目で睨みつけた。

 だがそんなメアリの眼力もまったく効果なく、妙に嬉しそうににやけるアディのだらしない表情と言ったらない。過去幾度となく恋人を溺愛するパトリックに対して告げた「色ボケ」という言葉を、今度は背後にいるアディに浴びせてやる。もっとも、これもまた効果などあるわけがないのだが。


「お嬢、大変です」

「なによ、まだ何かあるの?」

「俺、先日結婚したんですけど、奥さんがどうしようもなく可愛いんです」


 どうしましょう、と更に強く抱きしめられながら問われ、メアリがポッと頬を染めつつ溜息をついた。


「そう、それならアルバート家の令嬢であるメアリ・アルバートから、先日結婚したっていう従者の貴方に良いことを教えてあげる」

「はい?」

「貴方の溺愛する奥様は、美味しいケーキと温かい紅茶をご所望みたいよ」


 そう、彼の胸元に後頭部をグリグリと押し付けて甘えてみせれば、嬉しそうなアディの「それは良いことを聞いた」という声が返ってきて、メアリが甘ったるさに溜息をついた。



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[一言] 可愛いーーー!ツンデレとかすごく可愛いーーー!甘ーーーい(笑)
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