第四話 差し出されたリンゴ
職場に幼馴染がやってきた。勝手口から彼がひょいと顔を出したとき、私は心底ほっとした。
王子はパレードを邪魔した罰ではなく、善意で私に仕事を紹介したらしい。ということはつまり、期待に応えなくてはいけないわけで、私はこれまでとは別の意味で胃をキリキリさせながら働くことになった。粗相があってはいけない。
「うわー、でっかい屋敷」
幼馴染はきょろきょろとお屋敷を見まわした。どうやら私を心配して、食糧を運び込む手伝いをかって出てくれたらしい。野菜がてんこ盛りになった木箱を運び入れながら、彼は言った。
「街ではお前がうまくやったって言われてるけど、俺にはあんまり、そうは思えなかったから」
その言葉に涙ぐんだ私に、幼馴染はおろおろした。
エプロンの裾で涙をぬぐって顔を上げると、彼は心配そうに、持っていた木箱を抱え直した。
「ごめん、ちょっと気が緩んだだけ」
「……そんなにここの仕事、いやなの? だったら辞めちゃえば」
彼の言葉に、私は首を横に振った。
「いやってわけじゃないんだよ。……でも結構強引に、ここで働くことになったから」
事情を話すと、彼は「なんだそれ」と顔をしかめた。
自分でも、なんだそれ……と思ってしまう。うっかりパレードの邪魔をしてしまって、処刑されるのかとおびえていたら食事をふるまわれて、「君、私たちと一緒に働きなさい」と、突然王子様の従者に言われて、ここで働くことになった。
「有無を言わせない感じがやだね。辞めちゃえよ」
彼の言葉に目をみはる。
──そうか。私が王子様恐怖症だからじゃなくて、問答無用で勝手に仕事を決められてしまったから、いやだったんだ……。
さっきエプロンで拭ったはずなのに、次々と涙があふれ出て、止まらなくなった。
幼馴染はひどく困った顔をすると、「これ食いな」とポケットから小さなリンゴを差し出した。小腹が空いたときのおやつらしい。
エプロンで磨いてかじると、じんわりと果汁が口の中に広がる。ほんのり酸っぱくて、懐かしい味がした。
お屋敷の食糧庫には、もっと大きくてつやつやした甘いリンゴがあるけれど、彼のくれたリンゴの味には、とうてい叶わない。
私はもう一度エプロンで涙を拭って、王子様のお屋敷での仕事を辞めようと決めた。




