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笠を貰う猫

 誰かを(たす)く事。何かを助く事。それがなくては、人が人らしく生きる事はそう容易くはありません。或いは信心故か、それとも下心か。そうは申されましても、やはり助く事に違いはありますまい。

 この猫の本に於きましても、やはりそれは変わりません。本日は、誰かを助くお話しを致しましょう。


 其処は、とある都外れ。賑やかな表通りとは離れた、店など一つも出ていない住宅地であります。長屋がいくつも建ち並び、民草の園となっているのでした。そんな民草の園に、銀葉(ぎんよう)という男が住んでおりました。

 銀葉は、長屋に住む多くの人間がそうである様に、酷く慎ましやかな生活をしておりました。昼間は笠を売りに出て二束三文の稼ぎを出し、夜は次の日に売る笠を編む毎日。その僅かばかりの稼ぎも、その日の内に使ってしまう様な生活に御座います。

 決して、贅沢をしようなどと思っての事ではありません。稼ぎが余りにも少ない為に、その日の内になくなってしまうのです。


 ある日、銀葉が表通りに笠売りに出ている時の事。その日は特別寒くありましたが、笠の売れ行きはさっぱりでした。銀葉は三つ山三つ山(十五個)にもなる売れ残りを手にして、今晩は腹を空にして眠らなくてはならないだろうと覚悟をしておりました。


「おい、笠屋。笠を一山くんねぃ」

「はいはい、只今」


 ようやく一山。しかして一山。どうやら、空きっ腹に僅かばかりの物を詰める余裕くらいはありそうです。多少寝付きは悪いでしょうが、そんな事は庶民にとって珍しくもありません。


「おや誰かと思えば、道々屋の吾郎さんじゃあありませんか」

「おっと、俺を知ってるのかい」


 吾郎爺さんはそう言いますが、知らぬ筈はありません。道々屋といえば都一と名高い豆腐屋であり、吾郎爺さんは其処の大旦那でありますから。


「この前お見かけしましたよ。確か、商人の木吉さんの家にいらしましたよね? いつもなら店を手伝っている御時間だったので、珍しいと思いましてね」


 実の所申しませば、吾郎爺さんはその日、店を抜け出して碁を打っておりました。本来ならば店仕事の時間。大女将に知られれば、タダでは置かれますまい。

 無論、銀葉はその事を知っております。知っていて、言っているのであります。


「なんだい、良い笠だね。オマケで一文多く払おうじゃねえか」

「有難う御座います。この後は道々屋の方に行こうと思ってるんですよ」

「笠もう一山貰おうかな! 良い笠だね本当に!」

「毎度あり。それなら道々屋には行かなくて済みそうだ」


 どうやら、今宵の寝付きは良さそうであります。


 銀葉は売れ残りの一山を背負ったまま、ホクホクとして帰路に着きました。今日の稼ぎで得た焼き玉葱を食べながら、大変気分良く長屋へと帰ります。

 懐には、焼き野菜売りの甘塚爺さんに恵まれた石が手拭いに包まれております。玉葱を焼く時に用いる使い残りであり、これが冷えた体にはよく染みる。市井の貧しい民衆には、こんな暖めただけの石っころでも薬の様に有難いので御座います。


 銀葉は、これから帰って笠編みに掛かります故、帰路はいつも早足で御座います。しかし、今日ばかりはそうも行かなかった。帰路の途中に、凍えている猫がありました故。


「おや、一匹かい?」


 銀葉が声を掛けましても、猫の反応はありません。ただ震え、ただ凍えております。こんな寒い日には、さしもの猫の本と言えども猫の姿が見えぬものですが、この猫は寒い中で身動きも致しません。

 この猫の名は呼金(こがな)。普段は都の御社に住んでおります故、冬の寒さを知らなかったのであります。


「こりゃいけねえや。どれ、これをやろう」


 このままでは冷え死んでしまうと思った銀葉は、温かな懐石を包んだ手拭いを猫に差し出します。そして、持っていた笠一山(五つ)を使い、呼金の周りに風除けを作りました。この銀葉、実はとても器用であります。なにせ、笠売りでありますから。


「おぉ、寒ぃ! 早く帰らないと凍っちまうや」


 銀葉はそれだけ言うと、先程よりもずっと足早に歩いて行きました。道中で六体の御地蔵様を見かけましたが、何も持っていないので特に気にする事なく通り過ぎます。もしも猫の代わりとして地蔵に施しを与えていれば、きっと大層豪華な礼がなされたでしょう。しかし、そうと知っていても、銀葉は猫に施した事でしょう。なにせ、猫好きでありますから。


 さて、そうして施しを受けた呼金は、無事にその晩を過ごす事ができました。翌日の明け方直前に目を覚まし、すっかり元気になった体を揺り起こします。

 冷え切った懐石はその辺りに捨て置き、一つ大きく伸びをします。一晩眠れば、もう起きて動けるだけの元気でありました。


 銀葉から施された笠一山は、猫には重う御座います。仕方なしに捨てようかと思いましたが、ふとすぐ其処に御地蔵様が並んでいる事を思い出します。

 特別に良い事をしようと思ったわけではありませんが、ほんの気紛れで御座います。笠一山を一つずつと手拭い一枚を、御地蔵様に供えました。御地蔵様は笠を被り、或いは手拭いを被り、朝の寒さを耐え忍びます。

 呼金はもう御社へ帰るところでしたので、必要のない物の処分のつもりでした。


 ただ、皆様やはり御察しの通り、その日の夕暮れ刻。御地蔵様の列が社へと赴き、呼金に多くの宝を授けたのでした。

 猫が食べてもよい物が沢山と、金物の類が少々。これは、社に住む猫達に大層喜ばれるのでした。

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