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毒舌氷王子はモフモフうさぎにご執心!  作者: 架け橋 なな


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17/23

狂った愛情

 先ほどとは違う従者の声だ。マディラは焦った顔をした。



「大変!もういらしたの?」



 彼女は私の首根っこを掴んだまま早歩きして、クローゼットの重い戸を開く。



「こんなことやめて!離してよ!」



 うさぎだから言葉は通じない。分かっていても大声を出した。空中で力いっぱいジタバタする。



「きゃっ!暴れないでください!悪いうさぎちゃんですわね!」



 マディラは怒り口調で言い、私をクローゼットの中に勢いよく投げ入れた。


 頭と身体を強く打ちつけて、しばらく動けなくなる。やっと意識がハッキリしたところで、白やらクリーム色のものが大量に頭の上に押し込まれた。重い。身動きが取れない。



 これ、私の着ていたコルセットとドレスだわ!ジェイドが来るから隠したのね!



 そんなことを考えているうちに、クローゼットの戸は閉められてしまった。視界が真っ暗になる。


「開けて!ここから出してっ!!」と一心不乱に叫んだ。しかし声はクローゼットに反響して消える。たぶん外には聞こえていない。



 どうしよう、と困っていたら、ドアの開く音と話し声がした。



「ジェイド殿下!ずいぶん早かったのですね!」


「わっ!ヒスイ!いきなり何をするのだ!」


「あっ!申し訳ありません!嬉しくて、つい抱き締めてしまいました」


「ちょっと!私の姿で何してくれてんのよ!私はそんなキャラじゃないのよ!恥ずかしいじゃないの!」



 二人の姿を想像し、私はドレスの中で悶える。叫びすぎて酸欠になった。頭がくらくらする。早くここから出ないと、息が出来なくなっちゃうかもしれない。


 落ち着け私。冷静になれ、と自分に言い聞かせていると、ドアの閉まる音がして、ジェイドの神妙な声が耳に届いた。



「……ところで、マディラ嬢はどこだ?少し聞きたいことがあったのだが」


「マディラ様ですか?それが、急にどこかへ行かれてしまって、まだ戻られていないのです」


「む?どうしたのだ、ヒスイ。やけにかしこまっているな。ここには私たち以外、誰も居ないのだから、敬語など使わなくていいのだぞ?」



 ジェイドが不思議そうに尋ねる。



 お願い、ジェイド!そいつは偽者なの!気付いて!



「ああ。そうだったわね。ごめんなさい。それより、気になることって何?」



 マディラは明るく話題を変える。ジェイドは異変に気付いていないのか、落ち着いた口調で説明を始めた。



「大広間に戻ってから、一つ不可解なことを思い出したのだ。あの大きなシャンデリアが落ちて来た時。ヒスイの所へ向かおうとする私を、マディラ嬢は止めたのだ」


「それのどこがおかしいの?危ないなら止めるのが普通でしょ?」


「その時、彼女は後ろを歩くヒスイを一切見ていなかったのだ。おかしいと思わないか?シャンデリアが落ちる所を見ていないのに、彼女はなぜ私を止めたのだろう?」


「確かに変ね」


「もしかしたらマディラ嬢は、ヒスイが狙われるのを、あらかじめ知っていたのかもしれない。サルファーやヌーマイトと、何かしらの協力関係にあった可能性もある。そう感じたから、急いでお前を迎えに来たのだ」



 すごい。ジェイドってば頭いいわ。それで心配して来てくれたのね。



 私は感心し、ジェイドの優しさにキュンとした。



 彼の意見に対して、マディラはどう答えるのだろう?



「わたしも実は、気付いたことがあったの。あそこのワゴンにビンが置いてあるでしょ?あれはヌーマイトの家に置いてあったものと全く同じだったの」



 それ、さっき私が言ったセリフじゃない。どういうつもり?



「何?では、マディラ嬢とヌーマイトはやはり繋がっていたのか?」


「恐らくね」



 コツコツと音が近づいてくる。うさぎの私には、それがジェイドの靴音だとすぐに解った。私は彼に助けてもらおうと、クローゼットの戸を探した。布をかき分けて進むと、縦に一本、細い隙間を発見する。目を凝らして覗くと、そこからわずかにジェイドの姿が確認出来た。彼は飾り棚の近くに立っている。



「どうしてだ?マディラ嬢は私を慕ってくれていたはず。なのになぜ、私を苦しめるような真似をしたのだ?」



 ジェイドが悲しそうに眉をひそめる。彼はマディラとの付き合いが長い。受けたショックは私なんかよりずっと大きいだろう。



 ジェイドの心境を考え、胸を痛めていると、偽ヒスイが彼の隣にやって来て、切なそうに言った。



「わたしの予想だけど。マディラ様は、ジェイドを愛しすぎていたんじゃないかしら。だからあなたに令嬢を近づけないようにした」


「馬鹿な。そんなことで皆を殺そうとしたというのか?自分勝手すぎるだろう」


「ええ。悲しいけど、マディラ様はそういう人だったのよ。とても可哀想な人だわ。そこまでしても、結局、愛する人には振り向いてもらえないのだから」



 ジェイドが複雑な表情を浮かべている。偽ヒスイは可愛い笑みを作り、慰めるように言った。



「でもわたしは違う。わたしはあなたを苦しませるようなことは絶対しないわ。あなたを大切にする。これからも、ずっとね」


「ヒスイ……」



 見つめ合う二人。ちょっといい雰囲気かも。


 私は笑顔で嘘を並べ続けるマディラに、寒気がしていた。この子はもう、マディラに戻る気はない。何もかも捨てて、完全に私へなり代わろうとしている。



 怖い。私はここに居るのに、あの子に全部、取られちゃう。そんなの、絶対にいやだ!



 汗が全身に吹き出し、動悸がする。私は戸を開けようと、懸命に前足で押した。重くてびくともしない。


 私は少し助走をつけて、何度も体当たりした。そのたびに、ドンッという鈍い音がして、分厚い戸に跳ね返される。全力の突進に毛皮の意味はなかった。身体中が痛い。息が苦しい。



「ん?今、そっちの方から音がしなかったか?」



 ふいにジェイドの尋ねる声がした。気付いてくれたのだ!



「さあ。気のせいじゃない?そろそろ、ここを出ましょうか。マディラ様を探さなきゃいけないし」



 偽ヒスイはさらりと促した。私の存在に気付かれる前に、ジェイドをここから追い出すつもりだ。



 待って!ジェイド!行かないで!!




 叫ぼうとするけど、お腹が痛くて力が入らない。



「そういえば、ヒスイ。ラズリ殿からもらったお守りはどうした?さっきまで身に付けていただろう?」


「お守り?ええと、どこへやったかしら?」


「着替えた時に外したのではないか?部屋の中を確認させてもらったらどうだ?」


「いえ!他人の部屋を探し回るなんてダメよ!お守りなんかどうでもいいわ!早く帰りましょう!」


「……やはり貴様、ヒスイではないな?」



 ジェイドの低い声が聞こえた。続いて偽ヒスイの止める声もする。次の瞬間、クローゼットの戸が大きく開け放たれた。



 視界が一気に明るくなり、私は身体を丸めて目をつむる。



「おい!大丈夫か!?」



 ふわりと身体が浮いた感じがした。目を開けると、すぐ側にジェイドの心配そうな顔がある。抱き上げられているのだ。



 私は嬉しくてホッとして、涙が溢れた。



「ジェイド!怖かった!怖かったよぉ!!」



 私は恥ずかしさも忘れ、彼にしがみついて泣いた。両目からポロポロと涙が流れて、ジェイドの肩に落ちていく。


 震える私を、彼はぎゅっと抱き締めてくれた。



「どうしてクローゼットからうさぎが?マディラ様が閉じ込めたのかしら?誰かに手当てを頼みましょう」



 偽ヒスイはまだ私の振りをして、指輪をはめた右手を差し出してくる。ジェイドは私を抱っこしたまま、彼女を睨んだ。



「黙れ!ヒスイに触るな!!」


「何を言ってるの?ヒスイは私よ?」


「衛兵!この者を捕らえるのだ!今すぐに!!」



 ジェイドの声を聞きつけ、衛兵二人が部屋に踏み込む。


 彼らは偽ヒスイの腕を拘束した。ジェイドは間髪入れずに命令する。



「その者の指輪を外せ!」


「え?だめよ!それだけはやめて!嫌!いやぁあああ!」



 偽ヒスイは逃げようとするが、衛兵に指輪を外されてしまった。すると彼女の姿は、一瞬のうちにマディラへ戻った。衛兵たちは驚きの声を上げる。



「マディラ=ウォーリア。貴様が全ての元凶だったのだな」



 ジェイドは厳しい視線をマディラに投げた。



「わたしは何もしておりませんわ!誤解です!」


「だったらなぜ貴様はヒスイに化けていた?言い訳など聞きたくもない。貴様はただ自分の望みを叶えたいがために、罪のない女性たちを陥れた。立派な犯罪者だ」


「わたしたちの仲を邪魔した、彼女たちがいけないのですわ!わたしはジェイド殿下を誰よりも愛しています。あなたが望むなら、わたしは別の誰かにでもなります。見た目が同じなら、何の問題もないでしょう?」



 ジェイドは身動きせずじっと黙っている。でも私にはすぐ解った。彼が心の底から怒っているということを。



「私はこれほどまでに自分勝手な人間を、今まで見たことがない」



 ジェイドは氷のような瞳をして、マディラを見据えた。ピリピリとした威圧感が部屋中に広がる。衛兵とマディラは怖じけづいたのか後ずさりをしていた。



「マディラ。ヒスイと貴様では天と地ほどの差がある。例え見た目が同じになっても、中身は変えられない。心が腐り切っていたら意味はないのだ」


「腐り切っているだなんて。ジェイド殿下、あんまりでございます」


「私の名を口にするな!貴様は私の大切な人を殺そうとした!!何よりも許しがたい存在だ!!」



 ジェイドが鋭く言い放ったので、マディラは血の気の引いた顔をした。唇がカタカタと震えている。



「ハッキリ言おう。私は貴様のことが死ぬほど嫌いだ。顔も見たくない。金輪際、その醜い姿を私に見せるな。二度と私に関わるな。永遠に私の前から消えてくれ」 


「う、嘘よ!嫌ですわ!そんな言葉、わたしは信じません!ジェイド殿下はわたしの運命のお方なのです!わたしはジェイド殿下と結ばれるために生まれてきたのですわ!」


「貴様は死罪だ。反省も弁明も聞かぬ。私の決定が覆る余地はない。……連れて行け」



 淡々とした口調でジェイドは命じた。衛兵に引きづられながら、マディラは恐ろしい形相で私を睨み付けた。



「ヒスイ!あなたのせいよ!ネフィリティスといい、あなたといい、わたしの邪魔ばかりする!あの子みたいに、あなたも死ねばいいのだわ!絶対に許さない!殺してやる!呪ってやるうううう!」



 マディラは髪を振り乱し、叫び声を上げ、手足をバタつかせる。ジェイドは私の長い両耳を手のひらでそっと押さえた。


 暴れるマディラの足がテーブルにぶつかり、花瓶が倒れて床に落ちた。ガシャーンッと音がして、たくさんのバラが散らばる。彼女はその上で散々抵抗してから、衛兵たちに連れて行かれた。



 マディラの部屋に暗い沈黙が降りる。私の耳から手を離したジェイドは、まつげを伏せ、重々しく呟いた。



「どれだけ言葉を尽くしても、相手に届かぬことがある。私はあの者とは一生、分かり合えはしない」



 胸の奥に、激しい怒りと悲しみが込み上げてきた。マディラはきっとこの先も、自分が間違っているなんて、夢にも思わないのだろう。



 床に落ちた綺麗なバラが、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされている。私はそれを、ジェイドの腕の中から、やるせない気持ちで眺めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] きゃー!! ジェイドかっこいいー!!! ずっと早気づけーって念を飛ばしててよかったです! マディラの狂ったところも嫌いではありませんが、悪役ならもっと華麗に散りなさいと、某悪役令嬢様がおっ…
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