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毒舌氷王子はモフモフうさぎにご執心!  作者: 架け橋 なな


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15/23

悪人との駆け引き

 こいつ、最悪だ……!



 私は軽蔑を込めてヌーマイトを見つめる。ヌーマイトは、怒りに震える師匠へいやらしい笑みを向けた。



「ちなみに、だ。俺が運んだ食い物にも、ちょっとした仕掛けを施しておいた。それを食った奴らを早く診てやった方がいいぞ?()()()になる前にな」



 それを聞いた人たちが、「毒でも入っていたのか?」とざわつき始める。一度は収まった混乱がまた大広間で起こりかけていた。



「皆様、冷静になってください!この男の言うことに惑わされてはいけませんわ!」



 師匠が必死に呼びかける。けれど騒ぎは収まらない。中には怒鳴り出す貴族や、泣き出す令嬢も居た。恐らくヌーマイトの運んだ物を口にした人たちだろう。



 そうこうしている間に、ヌーマイトはマディラを連れ、大広間を出て広い廊下をじりじり歩いていく。ふらついているのは、身体がまだ痛いからかもしれない。



 まずいわ!このままじゃ逃げられちゃう!何とかしてヌーマイトを捕まえなきゃ!



 私は頭をフル回転させた。下手に動くと、マディラが傷付けられてしまう。彼女を無傷で解放させるには──!



「さあ!道を開けろ!早く!!」



 ヌーマイトがナイフをマディラの首元に突きつけたまま命令する。


 近くに居た貴族と従者は、急いで廊下の端に寄った。



「よし!それでいい!そこでじっとしていろ!」


「お待ちください!」



 ヌーマイトが私をギロリと睨む。



「何だ?」



 鋭い眼光に気圧され、冷や汗が出てくる。私は出来るだけおしとやかに頼んだ。



「マディラ様は何の関係もないのでしょう?だったら、代わりに私を連れて行ってくださいませ」


「何を言うのだ、ヒスイ!そんなこと、絶対にだめだ!!」



 ジェイドは私の右腕をぎゅっと掴んだ。ヌーマイトは興味深そうに片眉を跳ね上げた。



「ほほう?お前、この娘の身代わりになると言うのか?」


「そうです」



 ヌーマイトは眉間にシワを寄せ、ジロジロと私を眺めた。どうするのか思案しているらしい。少し沈黙があってから、ヌーマイトはニヤリと笑った。



「……まあ、悪くない話だ。俺はお前を必ず始末するよう、頼まれているしなあ。そっちからやって来てくれるなら、余計な手間が省けていい」


「じゃあ、交渉成立ですね?」


「ああ、いいだろう。ゆっくりこっちに来い」



 ヌーマイトが顎で指示する。私は腹をくくり彼に歩み寄ろうとした。けれどジェイドが腕をきつく握って放してくれない。



「やめろ、ヒスイ!!奴に殺されてしまうぞ!!」


「ジェイド殿下。離してください。私はあの方を助けたいんです」


「だが!」


「お願いします!私の思うままにさせてください!」



 私はジェイドを真剣に見つめた。


 マディラを助けたい。でもそれ以上に、ジェイドを救いたい。今ここでヌーマイトを捕まえなければ、ジェイドはきっとこれからも、苦しい想いをし続ける。そんなの私には我慢ならないのだ。



 ジェイドが戸惑いの表情を見せる。その力が一瞬だけ緩んだ時、私は彼の手を振り払って歩いた。



「ヒスイ!!」


「王子は動くな!ラズリもだ!!この娘二人を、今すぐ殺しても構わないんだぞ?」


「くっ……!」


「ヒスイに手を出したら絶対に許さないわよ!」



 後ろから師匠の脅す声がした。周囲の空気がさらに緊迫する。



「うるさい!俺のやることに口を出すな!……さあ娘!早くこっちに来るんだ!」



 ヌーマイトは師匠を一睨みしてから、大声で急かす。私がすぐ側まで来ると、彼はマディラの背中を思い切り突き飛ばした。勢いよく私の横を通過するマディラ。そしてこちらに伸びてくる、ヌーマイトの左手。思ったより遅い。



 よし!隙あり!



 私はそれをかわし、ナイフを持つ右手に蹴りを食らわせた。



「せいやぁ!!」


「う!」



 カシャーンとナイフが床に落ちた。スカートの破れる音がしたけど気にしない。ヌーマイトが驚き怯んだ隙に、みぞおちへ一発パンチをお見舞いした。



「おりゃあああ!!」


「ぐっあ……!」



 苦しそうに身体を丸めるヌーマイト。そこへすかさずジェイドが走って来て、長い足で彼の背中にかかと落としを食らわせる。その後すぐに私の腕を引いて、ヌーマイトから離した。


 うつ伏せに倒れたヌーマイトは、顔を上げ私を憎らしげに見た。



「……娘っ……お前、何故そんなに強い?」


「ラズリ様に教えてもらった護身術ですわ!女だからって弱いと思ってもらっては困ります!」


「ぐうう、あの女め……!俺よりも劣っているくせに!くそ!捕まってたまるかぁあああ……!!」



 ヌーマイトは床を這いずって逃げようとする。その行く手に師匠がやって来て、彼の胸ぐらを乱暴に掴んだ。



「よくもわたくしの可愛いヒスイを、危ない目に遭わせたわね?地獄に堕ちる覚悟はよろしくて?」



 どす黒いオーラを放ちながら、師匠は冷酷な瞳で問いかけた。ゆるりと吐き出された言葉に、怒りと殺意が溢れている。ヌーマイトは顔を引きつらせ震え声で言った。



「す、すまん。俺が間違っていた。ラズリ。許してく……」


「お黙りなさい!この!嘘つきの!極悪非道の!下衆野郎が!」



 言いながら、師匠はヌーマイトに往復ビンタを繰り返した。バチンバチンと派手な音が鳴っている。あまりの恐ろしさに私はドン引きした。横に居るジェイドもぽかんとしている。



「あの、ラズリ様!」


「ん?なあに、ヒスイ?」



 師匠は振り向き、にっこり笑う。私は恐る恐る言った。



「その人、たぶんもう気絶してます」


「あら、本当。意外と打たれ弱いわね。情けない男」



 師匠は蔑むように吐き捨て、パッと手を離し、ヌーマイトを床へ落とした。ゴンッと鈍い音がして、私は眉をひそめた。



「ええと。魔術師は他人を傷付けたらダメなんじゃ……」


「ああ。魔術は使ってないから、大丈夫よ」



 何が大丈夫なんだろう、と疑問が浮かんだが、怖いので黙っておいた。ヌーマイトの様子を確認すると、顔がパンパンに腫れている。ざまあみろと思ったけど、わずかに気の毒な感じもした。



「さて。魔術のかかった道具を持ってるかもしれないから、この男の身ぐるみを剥いで、牢屋にぶちこみましょう。わたくしがたっぷり拷問するわ」



 師匠が縄を拾ってきて、良い笑顔でヌーマイトをぎゅうぎゅうに縛り上げる。


 すると、長い時間、空気と化していたサルファーが、急にバタバタと師匠に近づいてきた。



「待て!ラズリ殿!その男は非常に危険だ!目を覚ます前に、早く始末するんだ!」


「あら、サルファー殿下。残念ながらそれは出来ませんわ。この男は、我が国と隣国で様々な罪を犯しています。ですからそれらを全て、自白させなければなりません」


「それならば、僕がその仕事を引き受けよう。美しい女性に下劣な犯罪者の相手をさせるには忍びないからね。ラズリ殿は、食事をした者たちの診察を頼む」


「これだけ時間が経っていて異常がなければ、大丈夫です。わたくしには始めから解っておりました。先ほどこの男は、皆を動揺させ、逃げる隙を作ろうとしたのです。それでとっさに、あのような嘘をついたのですよ」


「ふーん。そうなのか。なかなか頭の回る男だな、ヌーマイトは」


「……あら?サルファー殿下。どうして、その人の名前を知っているのですか?」



 私は違和感を覚えて聞いた。サルファーはせわしくまばたきをし、口角を引き上げた。



「何を言うんだ、ヒスイ嬢。さっきラズリ殿も言っていたじゃないか」


「……いいえ。わたくしは貴方の前で、この男の名を一度も口にしていません。おかしいですわね。どうしてご存知なのかしら?」


「衛兵!サルファーを取り押さえろ!」



 師匠の言わんとしていることに気付いたジェイドが、側で待機していた衛兵に素早く命じる。サルファーは衛兵二人に両脇を掴まれた。



「何!?ジェイド!貴様、この僕が何をしたと言うんだ!!」


「分からないのか、サルファー。貴様には失望した」


「わたくしが説明して差し上げましょう。二国を暗躍していた魔術師『ヌーマイト』。その名を知る者は、わたくしとヒスイ、ジェイド殿下の三名のみ。……あとは汚い()()()を命じた依頼者だけです」


「あ……」


「ご自分の罪が明るみになると思って、冷静さを欠きましたわね?貴方もわたくしが、直接ゆっくりとお話をうかがいますわ。堅く冷たい牢屋の中で、ね」



 サルファーは真っ青になって首を横にブンブン振った。



「僕は何も頼んでない!あいつが勝手にここに来たんだ!僕はヒスイ嬢を殺せなんて頼んでない!誰か!信じてくれ!」


「騒がしいわね。早く連れて行きましょう。じゃあヒスイ。また後でね」



 師匠は私にウインクをして、衛兵とサルファーに続いた。延びているヌーマイトを、ずるずると引きずりながら。



 ……終わった。無事に事件は解決したのね。



 私とジェイドは師匠たちをぼんやり見送った。みんなもホッとした顔で、大広間へ戻っていく。



「ヒスイ様!」



 後ろからマディラが走ってきて、私の手を強く握った。



「助けてくださりありがとうございます!」


「ええ。マディラ様、おけがはありませんでしたか?」


「はい!少し転んだくらいですわ!ヒスイ様は?」


「私も大丈夫ですわ」


「そう。安心いたしました。他の方のように、大ケガをされなくて」



 ん?大ケガ?誰かシャンデリアに当たった人が居たんだろうか……?



 不思議に思っていると、マディラは口元を両手で押さえ、驚いた顔をした。



「まあ、大変!ヒスイ様のお召し物が、裂けておりますわ!」


「あ」



 ヌーマイトに蹴りを食らわせた時、スカートの裾に靴が引っ掛かって、破れてしまったのだ。



 やばい。忘れてた。ラズリ様に怒られるわ……。



「わたしのドレス、サイズが合うか分かりませんが、お貸ししましょう。一緒にわたしの部屋へいらしてくださいませ」


「いえ。私はもう少ししたら、帰りますから」


「遠慮なさらないでください。助けていただいたお礼ですので」


「ヒスイ嬢。そうさせてもらうといい。ラズリ殿が戻るまで、そのままの格好では居られないだろう」



 確かに。結構、思い切り破いちゃったから、目立つわね。



「分かりました、マディラ様。ではお言葉に甘えて、ご一緒させていただきます」


「私はここの客人たち全員に、事情を説明してくる。用が済み次第、すぐ迎えに行くから、マディラ嬢と共に待っていてくれ」



 ジェイドは私の肩に手を置き、いつにも増して柔らかく微笑んでいる。彼も犯人たちが捕まって、安堵したのだろう。



 怖かったけど、頑張って良かった。



 私はジェイドに満面の笑みを送ってから、マディラの居住塔へ向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒスイちゃあああん!? 物理なの!? この世界、簡単に魔術使えないんですもんね。身代わりになると言い出したときにはジェイド同様ヒヤヒヤしました。最終的には護身術を教えたラズリ様が最強。 マ…
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