253話 悪巧み 1
(ナック・バルバロイ視点)
俺とオリバは近くの喫茶店に入っていた。従業員達は先に帰している。
「へえ、素材調達屋で有名なクラフト商会から切られちまったのか」
「切られたというのはあれだが……まあ、そういうことになるな」
クラフト商会は主に薬屋への素材供給で生計を立てている。以前は大規模な薬屋事業を展開していたオイゲン商会とも契約関係にあったらしい。ヤバいことが他国で見つかってオイゲン商会自体は壊滅的になったらしいけどな。
そんなわけで素材調達屋であるクラフト商会はそこそこ大きいと言える。そことの繋がりがなくなったのは厳しい。幼馴染であるオリバの前で情けない話をするのは嫌だが……まあ、これも成り行きというやつだ。
「これも全てアイラ・ステイトの店がオープンしたからだろ?」
「それは……必ずしもそうとは限らないが」
「何を言っているんだ? クラフト商会が向こうの店に肩入れするようになったのだから、どう考えても関係があるだろう? クラフト商会としても、アイラの店に集中して素材を送った方が金になると考えたのさ」
「……」
オリバの考えはおそらく正しいだろう。クラフト商会も慈善事業で営んでいるわけではない。より、儲けになる方に傾くには自然なことだ。特に最近はオイゲン商会という強力なパイプが途絶えて、焦っていただろうからな。
「それで……儲け話っていうのは一体、なんなんだ?」
俺は少し話の流れを変えて、本題に入ってみた。元々は儲け話を聞くために来たのだからな。
「ああ、そうだったな。お前はアイラ・ステイトを憎んでいる。そうだろう?」
「な、何の話だ?」
「いいから答えろよ、どうなんだ?」
「……」
いきなりの質問に俺はどう答えて良いか分からなかった。この質問の答えも儲け話に関係しているのか?
「まあ、そうだな。少しは恨みがあるかもしれない……」
「そうだろう、そうだろう? それなら少しだけ痛い目を見せたいと思わないか?」
「な、何を言ってるんだ? 痛い目?」
オリバの言っている意味がよく分からなかった。それと、そこはかとなく犯罪の臭いがしてくるが……。
「いいか、良く聞けよ」
「あ、ああ……」
俺達の雰囲気も自然とシリアスなものへと変化していた。一体、何を言うつもりなんだ? オリバも周りに聞こえないように声を落としている。
「アイラ・ステイトを誘拐して身代金をいただくんだ」
「な、なんだって……!?」
「おい、声は落としておけよ」
「わ、わかった。だが、何を考えているんだ? 誘拐って……」
オリバから出て来た提案は正気の沙汰とは思えなかった。アイラ・ステイトの誘拐……本気で考えているなら異常だ。
「まあ、驚くよな」
「当たり前だろ、俺達二人で誘拐なんて……」
「まあ、実際に誘拐するのは俺達の仲間でお前はアイラを人気のない所に連れ出して欲しいんだ。同じ薬屋という点を利用すればできるだろ?」
「い、いやそれは……可能かもしれないが」
確かにアイラを少し離れた場所に連れ出すのは可能かもしれない。俺は彼女と同じく薬屋の店主だ。色々と理由を付けることは出来るだろう。だが、正気の沙汰じゃないのは確かだ。
「心配することはねぇさ。別に命を奪おうってわけじゃねぇ。ただ、2000万スレイブ程の身代金を貰おうって寸法だ」
「2000万スレイブ……?」
とてつもない身代金の額が飛んできた。一般人の給料が1万スレイブ程度と言われているが、その2000倍になるのだから。普通は一生かけてもそこまでの額は稼げないだろう。
「アイラ・ステイトの店はそれ程に繁盛しているからな。2000万スレイブが消えたからと言って、その後に少し影響があるくらいだ。あの女ならまたすぐに稼げるだろ」
「そ、それは確かに……」
アイラの店が2店舗でどれだけ稼いでいるのかは分からないが、彼女の人脈を考慮すれば2000万スレイブは出せない金額ではないだろう。いや、誘拐された場合の身代金としてはむしろ安いのかもしれない。アイラは「奇跡の錬金術士」なのだから。
「ま、待て……そんなことをして捕まったら、大変なことになるぞ?」
「そんなヘマはしねぇさ。十全に準備を進めている。お前の取り分は1割の200万スレイブだ。あの女を目的地まで誘い出すだけでその額なら十分だろ?」
「200万スレイブ……」
「200万あれば急場は簡単に凌げて、これからの運用資金にもなるんじゃないか?」
200万スレイブを即金で貰えれば十分すぎるだろう。ブレイン子爵への借金を返してもお釣りがくる。俺の店は現在月に10万スレイブも稼げていないのだからな。俺の店にはライナのような接客をしてくれる従業員と薬の調合をしてくれる数名の薬士がいる。彼女達への給料もしっかりと払って行かないといけないからな。
「どうだ? 乗ってみる気になったか?」
「ほ、本当に200万スレイブを貰えるんだな? 俺が彼女を目的地まで連れて行けば」
「ああ、勿論だ約束は守る。目的地に誘い出すまでが一番難しいからな。そこさえクリアすれば、あとは簡単だよ」
「それともう1つ……アイラを傷付けないと約束してくれ」
「そっちも分かってるって。俺達としてもアイラ・ステイトを殺してメリットなんざないからな。なんせあの女はロンバルディア神聖国の瘴気事件を解決した存在なんだぜ? 他にそんな偉業、誰ができるって言うんだ」
瘴気事件か……つい最近の話ではあるが、あれを解決してくれたのは本当に良かった。下手をしたら俺の店も潰れていたかもしれないからな。
「よ、よし……それなら」
「いい答えだ、ナック。お前ならそう言ってくれると思ったぜ。あの女を攫うにはまだ障壁があるんだ。アイラの護衛達がウザい」
「そうだったな。そっちはどうする気なんだ?」
「ああ、良く聞いてくれよ。ここからも重要な話だぜ」
アイラ・ステイトを守る強力な傭兵の存在。噂では聞いていたが、話はさらにディープな世界へと歩み出していた。




