252話 とある薬屋の悩み
(視点変更)
「ちっ、本当に参ったぜ……」
「ナック店長、今日の売り上げって……」
「ああ、予想通りだと思うよ」
ロンバルディア神聖国の都内で俺は薬屋を経営している。中央通りの角に位置する場所で立地条件は悪くない。俺の名前はナック・バルバロイ。この薬屋「ライトアンバー」の店長だ。
今年で32歳になるが薬屋を始めたのは3年前。それなりに売り上げは上がっていたんだがな……。
「はあ、なんでよりにもよって……」
俺は中央通りから少し離れた場所で露店をやっているお店を思い出していた。ここからそれほど距離が離れているわけではない。その名も薬屋エンゲージだ。2号店ということだが、アイラ・ステイトという少女が経営者で、ほぼ個人経営みたいな店だ。個人経営という意味合いでは俺もそう変わらないが、その売り上げ規模は天地の差だった。
「確実にエンゲージが来たせいで、このお店の売り上げ落ちてますよね……」
「……そうだな」
俺は再び頭を抱えた。店員の1人であるライナは俺を心配してくれているようだ。俺の故郷の領主様に昔のツテで借金をして始めたって言うのに情けない話だ。あんな少女の店に負けてしまうとは。
「何もこんな近くで店を営業することないのに……アイラさん」
「しかしまあ、俺だけの店が被害を被っているわけじゃない。この店だって3年間も続いているんだ。簡単に潰れはしないよ。頑張っているライナ達の給料分はしっかりと稼がないとな」
「店長……」
「それに品揃えの良い店が上に行くのは当然のことだ。俺の店の品揃えが悪いからといって、他店を批判しても意味ないだろう?」
「それは……そうかもしれませんが……でも、アイラさんは奇跡の錬金術士とか言われて調子に乗ってますよ。きっと、周りのお店のことなんて考えてないでしょうし」
ライナの言い分も一理はあるかもしれない。アイラ・ステイトが調子に乗っているかどうかはともかく、周りに気を遣っていないのは確かだろう。
「周りに気を遣う余裕はまだないんじゃないか。彼女は17歳なんだろう?」
「私より歳下ですもんね……でも、納得できないです」
「……」
ライナはまだ20歳と若い。アイラ・ステイトの気持ちを考える余裕はないのだろう。確かに働いている俺の店の経営が悪くなってきてるわけだし、当然と言えば当然なんだがな。俺だって焦り始めている。
「仕入先の1つがアイラさんのお店との契約に切り替えたんですよね?」
「ん……まあ、そういうこともあったな……」
素材の調達先である商店の1つが、アイラのお店と契約をしたのだ。気持ちは分からなくはないが、これによってアイテム精製に支障が出ようとしている。この辺りは普通に洒落にならない。なんとかしないといけないのだが……う~ん、どうしたものか。
「よう、ナック。久しぶりだな」
そんな時、覆面をした男が姿を現した。外見上は怪しい人物に見えるが……。
「その声はオリバか?」
「ああ、その通りだぜ。久しぶりだな」
「どうしたんだよ、こんなところに? 本当に久しぶりじゃないか!」
数年振りの再会だった。彼の名前はオリバ・ドーイ。俺の幼馴染である。
「ははは、久しぶりだな本当に。しかし、お前が薬屋を始めたとは聞いていたが……どうなんだよ、最近は?」
「ん? まあ、そうだな……ボチボチってところかな……」
本当は売り上げは渋くなっているが、幼馴染であるオリバの前で弱音は吐きたくなかった。少しだけ強がってみる。
「おいおい、俺の前で嘘を吐くなよ。大体、周辺の薬屋の経営状況から分かってるんだぜ? この店だって危ないんだろう?」
「……それは……」
俺はオリバの言葉に詰まってしまった。事実を告げられたからだ。しかし、なぜそんなことを彼は知っているんだ?
「やっぱりな、薬屋エンゲージに押され始めてるってわけか。そんなところだろうと思ったぜ」
「仕方がないだろう? 相手は3大秘薬すら容易に調合できると聞いている。そんなお店に俺みたいな弱小商店が勝てるかよ」
しまった……少々、悪態を吐いてしまったかもしれない。幼馴染の前だから逆に本音が言えるのだろうか。
「なるほどな、まあ気持ちは分かるぜ。俺も店が上手く行かなくなったからな」
「そうなのか?」
「まあ、昔の話だけどな。それで、借金とかもあるんだろう? 返せる当てはあるのか?」
「そうだな……今のところは厳しいかもな」
借金の相手は領主様であるブレイン子爵だ。遅れるのはかなりマズイと言えるだろう。貴族階級を怒らせると平民なんて簡単に投獄される。それはどの国家でも同じだろうからだ。クレスケンスへの信仰が厚いこの国でもそれは変わらない。
「どうだよ、ナック。1つ儲け話に乗らないか?」
「儲け話?」
「ああ、上手く行けば結構な金が手に入るぜ」
「冒険者になって危険なダンジョンに行くとかじゃないだろうな?」
俺は10年ほど前に同じような儲け話でそれを言われたことがある。目の前の男に……あの時は危うく命を落としかけた。
「魔物と戦うとかそんな危険な話じゃないのは保証するさ。どうだ? 興味があるなら近くの喫茶店で話そうぜ?」
「……」
おいしい話には裏がありそうだが、わざわざ俺を訪ねてくれた幼馴染だ。無下に断るのも考えものだった。しかも、俺が金に困っているのは事実だしな。
話くらいは聞いても良いかもしれない。




