167話 ロンバルディアへの旅路
私達を乗せた馬車はロンバルディア神聖国に向けて走っていた。
「ロンバルディア神聖国は、王国の首都からどのくらい距離が離れているでしょうか?」
「ホーミング王国の首都から南に20キロ地点にあるのがメビウスダンジョン。その南に国境があり、そこから馬車で数日といったところだな。神聖国の王都ヴァレスが見えて来るはずだ」
「なるほど……」
神聖国の王都ヴァレス……そこに、サンスクワット大聖堂があるというわけか。ていうかこうして考えると、ホーミング王国とロンバルディア神聖国の都は近い場所にあるのね……国境線を挟んでいるとはいえ、直線距離はそこまで離れていなさそうね。
「それからアルファさん。メビウスダンジョンは夜は危険なのでしょうか?」
「そうだな……メビウスダンジョンは夜は危険だという報告が出ているはずだ。そうだろう、シグルド?」
「ああ?」
アルファさんの質問に窓の外を眺めていたシグルドさんが面倒臭そうに反応した。
「私個人ではメビウスダンジョンに入れないのだ。お前の口から言ってくれた方が、アイラに対しても説得力が出るだろう?」
「まあ、どうでもいいが……確かにメビウスダンジョンの夜間は注意が必要だ。カイザーホーン等の凶悪な魔物が外に出て来る場合がある。ちなみにカイザーホーンはグリフォンよりも強いな、個人的には」
「グリフォンより凶悪な魔物が外に……ええ……」
それが事実なら、本気で笑えない事態だ。アルファさんが言ったように、暗くなる前にメビウスダンジョンを越えたいというのは分かる気がして来た。まあ、カイザーホーンが出て来てもシグルドさんなら簡単に倒せるんだろうけど、今回は護衛対象の私や御者の方も居るしね。
「そんなに危険な場所が、首都から南に20キロしか離れてない地点に存在しているなんて……」
「それは確かに問題だ。原因不明の瘴気が漏れ出ることもあるからな、あのダンジョンは」
「原因不明の瘴気……?」
「ああ……今のところ、その瘴気の濃度がそこまで高くないからか、上位の冒険者への被害は少ないようだが、抵抗力が低い弱者が吸うと命に関わるものだ。そう言う意味でも、メビウスダンジョンは危険な領域だ。レア素材や宝の宝庫ではあるが……命を落とした冒険者もそれに比例して多い」
想像以上に危険な場所なのね、メビウスダンジョンて……まあ、新しく見つかったダンジョンだから、まだまだ全貌が明らかになっていないっていうのもあるんだろうけど。
「ホーミング王国とロンバルディア神聖国で協力して、メビウスダンジョン周辺の封鎖も検討されているらしい。中に入れるのは上位の冒険者だけに限る、という意味だろうな」
「そうですよね……確かに、その方が良いと思います」
一刻も早く抜けた方が良い場所だということは、シグルドさんの言葉で再確認出来た。魔物からは守ってくれたとしても、霧状の瘴気からはシグルドさんといえども、守れないだろうからね……。
「話が盛り上がっているところ済まないが、見えて来たぞ。あれが、メビウスダンジョンだ」
「あれが……」
高速で移動する馬車の窓から遠目に見える程度だけれど、ドラゴンを思わせる入り口の文様は非常に禍々しく、地獄の地下室へと誘っているようだった。メビウスダンジョンの周囲はフェンスと思しき物で遮られていた。冒険者の人達の姿も見えたけれど、彼らは挑戦者なのかしら?
どのみち、夜間に魔物が出現した場合は、周囲のフェンス程度では役に立たないのでしょうね。表に出て来る例は稀だとしても、私だったら怖くて近寄れないわ……。
「アイラ、どう思った? メビウスダンジョンを見て」
「アルファさん……正直、グリフォンに襲われた時か、それ以上の恐怖を感じました」
「うん、その反応は正しいと思うよ。ただ、君の場合は圧倒的な錬金術の才能があるだろう? 本当に羨ましいよ」
「えっ、そうですか……?」
冒険者ランキング3位の「聖獣騎士団」のリーダーを務めるアルファ・ルファさん。彼女の冒険者としての才能は十分すぎると思うけれど……どうして、全くベクトルの異なる私を羨ましく感じるのだろうか?
「不思議に感じているのかな? 君は錬金術の世界では最早、英雄クラスと言っても過言ではないだろう。私は冒険者という世界では既に、才能の限界を感じてしまっているからな……誰かさんのせいで……」
アルファさんは皮肉っぽくそう言うと、シグルドさんに目を向けていた。
「あ、どういう意味だ?」
「いや……なんでもない」
そういうことか……アルファさんの目から見ても、シグルドさんの冒険者としての才能は底なしなわけね。だからこそ、自分の限界を感じてしまっていることに悔しさみたいなものを持っているということかしら。その辺りの複雑な感情があるから、私の錬金術の才能に羨ましさを感じていると……。
う~ん……難しい、人間って本当に難しい生き物だわ。今の私にはアルファさんを納得させられるだけの答えの用意なんか不可能だった。人生経験からして違い過ぎるのだから、前提が間違っているけれど。
シグルドさんがそんな気の利いた言葉を言うとは思えないし……やっぱり、人間って難しいわね。
そんな風に考えている間にも、馬車はメビウスダンジョンを無事に抜け、国境に近づいていた。
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