悩みも過ぎてしまえば思ってたより単純なもの (2)
この場にいる人間。
そして、この中に潜伏しているであろう人間ならざるもの。
一緒に遊んでいたベルと子供たち。
会話を続けていた修道士の男とアリア。
そして俺と、目の前の修道女。
ベル。
その近くにいた子供たちが、ゆっくりと眠るように、一斉に倒れこむのが確認できた。
すぐそばにいたベルがそれを冷静に、危ない倒れ方をする子供に絞って受け止めて回るのが見える。
そちらは任せて大丈夫だろう。
アリア。
瞬時に警戒していたはずの修道士の男の背後へと回り、流れるような動きで取り押さえたのが見える。
前衛の俺と比べても遜色無い、完璧な対人捕縛だ。地に伏せ上を取られた修道士の男には抵抗の余地も無い。
エステル。
その手にはいつの間にか杖が握られており、俺たちの方へと向けられている。
「――アルさん!!」
聖剣を振るった。その剣筋に一切の迷いは無い。
考えて振るう剣は遅すぎる。剣士の剣は思考に先立たなければならない。
冒険者ギルドで昔そう教わってから俺は愚直に、剣の動かし方を身体に刻み込んできた。
それはまるで、決まった線をなぞるような、最短で最適な光の道筋。
一本の糸を引くかのように、聖剣の刃は真っ直ぐその先へ。
首から血を流す修道女の胸へと吸い込まれる。
「……!?」
あまりにも一瞬の出来事。
ついさっきまで話していた修道女の背後に突然、短刀を持った小柄な金属鎧が現れ、音もなく修道女の首に刃を滑らせた。
その鎧はいつかの帝国魔術院でエステルが使ったものと意匠が似ており、おそらくはエステルが召喚したもの。
同時に子供たちが一瞬で眠るように倒れたのも、エステルの魔術だろう。それは残酷な場面を見せないための配慮だったのかもしれない。
このような高度な魔術の同時行使、並の魔術師には不可能だろうがエステルなら可能なのだろう。
そう。つまり、エステルがこの修道女を敵と判断した。
だとすれば、俺が迷う必要はない。
俺は、今この場のエステルが、絶対に間違いないと判断を下したことが、必ず正しいと確信している。
少なくとも俺の考えるよりそれはずっと、圧倒的正確さに違いない。
俺がそう決めたこと。
ならば、決めた通りに動く。俺が悩むことは動かない理由にならない。
それは決断の放棄かもしれない。責任の押し付けかもしれない。
その行動の結果により、後悔するかもしれない。
だとしても俺は、何もしないでただ後悔することだけは絶対に嫌だと思っている。
ならばこれは俺の決断で、俺の責任だ。誰のせいでもない。
振りぬいた剣の手応えは軽かった。
人間の姿をしたものを切りつけるのは初めてだったが、思ったより内心の抵抗は無い。
「何故っ……このようなっ……」
重心を崩しながら素早く離れようとする修道女に対し、エステルの鎧と俺は追撃を仕掛ける。
多少の疑問はある。エステルの攻撃と俺の攻撃に対し、修道女はほとんど無抵抗だった。
これで魔族じゃなかったら大問題だ。俺たちの旅はここで終わりとなってしまうだろう。
最悪の場合それは、俺の判断の未熟さ、では済まない話だ。
だけど俺の勘はそれを否定している。聖剣からもそのような意思は伝わってこない。
立ち止まる理由は無い。
「なんと酷いことをっ……」
良心に訴えかけるような修道女の呟きを無視し、追い詰める。
致命傷を負っているとは思えないような動きで外へ外へと逃げていく女を追いかけ、鎧が退路を塞ぎ、俺が剣を振り下ろそうとする。
その瞬間。
「まだかなり早いですが致し方っ……『安らかなる収穫』」
聖剣が、修道女の姿をした魔物を肩口から両断する。
聖剣の輝きが、修道女の呟きに何も起こさせない。
そして、鈍く倒れる音が、静寂を作る。
「……あ、……何、故?」
孤児院の入り口。外の通りからはギリギリ見えない惨状の現場。
血だまりに沈む修道女が疑問を漏らす。
その姿はとても痛々しく、正直に言えばあまり気分は良くない。
どう見ても人間にしか見えない。だが、今となっては人間とも思えない。
人間なら間違いなく致命傷だ。即座に治癒を受けなければ間もなく死ぬ。
しかし、この女は肉体を分割されたにもかかわらずまだ少し余裕がある。
……魔族は、頭を潰さないといけないのだったか。
「……」
「……」
「……私は助からない、……のでしょうね」
「そうだな」
思わず答えてしまった。
魔族との問答は意味が無く、むしろ害でしかないとアリアが言っていたのに。
「何故……、分かった、のでしょう……。ああ……、いや、それはどうでも、いいですね。……しかし、何故?」
「……」
魔族の死に際の呟き。
視界の端でエステルの鎧がとどめを刺すべく動きだすのが見える。
「あなた方は、損を、してないのに?」
「……」
「私たちは、捨てられたものを有効活用していただけ、なのに?」
「……」
「人間たちの望みを叶え、人間たちの利益にもなっていた、というのに?」
先んじて、聖剣を振る。
その美しい顔が二つに分かれる。
そして静かに、死体が魔力に還り始めた。
とどめを奪われ敵のいなくなった鎧が動きを止め、静かに佇む。
……確信していたが、やはり魔族で間違いではなかったようだ。
聖剣のちょっとだけ興奮したかのような反応も少し収まり、周囲の気配を探っても他の敵はいなさそうに思える。
これで事後の処理が終われば、このクエストも終わり、だな。
「全然、違ったな」
思わず呟いてしまう。
そうか。これが魔族、か。
あいつはこれと間違えられていたのか、と思う。
見た目は人間であり、人間の言葉で語りかけてくる。
一見正しく、百聞をもって相手を納得させてしまうような言動。
しかしその声は良心に訴えかける声色でありながら、その言葉のどこにも心は見当たらない。
最期の表情にも怯えは無く、ただ疑問だけが浮かんでいた。
感情も無く、求めたのは口先の正しさの証明。
どこが似ているというのだろう。全然違うじゃないか。
あいつは悩んでいた。怖がり、怯え、涙を流すこともあった。
……。
納得はいかない。いかない、が。
……ここで俺一人考えても仕方ない、か。
魔族の死体が全て魔力に還るのを見届け、戻ることにする。
あの修道士の男、そして子供たちの処遇も決める必要があるだろう。
アリアが大変だろうから俺も手伝わなければな。
・・・




