悩みも過ぎてしまえば思ってたより単純なもの (1)
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実際問題、魔族以外に人間の言葉を使う魔物もごく一部に存在する。
例えば吸血鬼。ヴァンパイアとも呼ばれる魔物。
例えば夢魔。サキュバス、インキュバスと呼ばれる魔物。
身体特徴は多少異なるが、どちらも言葉を操り、魅了の魔法を持つ。
冒険者ギルドでは上位の討伐指定を受けている危険な魔物だ。
ここで言いたいのは、例外的に人間と意思疎通できるのは人型の魔物だという話。
もっと言えば獣国で一部信仰されている竜神のような、悠久の時を生きたエンシェントドラゴンなども人と言葉を交わすことができるらしいが、それは例外中の例外としよう。
ともかくとして。
人型の魔物は、角や翼、肌の色など、いくら人に似ていても一目見て魔物とわかる特徴を持っているとされる。
それが魔族には存在しない。見た目は完全に人間でしかない。
だからこそ人間と区別がつかず、別次元の脅威とされている。
……という話をギルドでは聞く。
今まで魔族を見たことがないので、どれほどの脅威かは伝聞でしか理解できていない。
あいつはかつて、村で魔物として扱われた。
村では魔物、と言われたがそれは魔族を指していたのだろう。あいつの身体に魔物としての特徴は何もなかったのだから。
王国では、魔物に対してもだが特に魔族への忌避が非常に強い。
だからこそ片田舎の小さな村だった俺たちの故郷の対応は、酷く苛烈ではあったが王国の常識としては至極当然のことでもあった。
だが、だとしたらなぜあいつへの対応が監禁のみで済んでいたのか。
いや、そもそも本当に監禁のみで済んでいたのか。
子供のころの俺が知っている範囲では、あいつに直接的な何かがされていたことは無い。
報復を恐れて? 確かにあいつはあの時点で、村人全員を合わせたその何万倍も強かったに違いない。
抵抗されなかったとはいえ、村人の恐怖は計り知れなかったはずだ。
じゃあなぜ追放されなかった?
なぜ、村に留めておかれたんだ?
当然俺はあいつへの仕打ちを酷いものだと認識していたし、今でも一切納得はしていない。
それでも、あの時の村での出来事には今考えるといくつも謎が出てくる。
実際に何があったのか、何が行われていたのか、それを調べることはもう不可能だし、正確なことは今やあいつしか知らない。
……。
……。
あいつは決して見逃されていたわけではない。
王都の冒険者ギルドの期限切れ依頼には、あいつを対象とした討伐依頼がいくつもあった。
ギルドではその依頼を悪戯だと見なしていた。本当に魔族なら、そもそも何年にも渡ってそんな依頼出せることなど有り得ない。
普通に考えて、正体のバレた魔族が大人しくしているはずがないのだから。そんな事態に陥ったなら、依頼を出す隙もなくとっくに村は滅んでいただろう。
魔族は並の冒険者では太刀打ちできない強大な魔物だ。辺境の片田舎で対処できるレベルを超えている。
だから、有り得ない。誰もがそう思っていた。村の調査依頼が出たのは、定期的に出されていた討伐やそれ以外のあらゆる依頼が途絶えたから。
冒険者の俺が見つけたのは、その調査依頼の方。その依頼を調べる中で、あいつを討伐する依頼が村の住人からいくつも出されていたことを知った。
結論から言えば、村は魔族ではなく吸血鬼によって滅ぼされていた。その吸血鬼はあいつによって滅ぼされた。
吸血鬼の襲撃から生き残ったあいつに対する、王国の人間の目は優しいものとは到底言えなかった。
……もしもその調査依頼を、俺じゃなく他の冒険者が受けていたならば。
きっと、どのような結果になっても取り返しのつかないことになっていた。
俺は、あの時あの時点に限っては、最も正しい選択ができていたはずだ。
しかし、何度だって考えてしまう。
俺はもっと早く、もっと前の段階で、あいつを助けられなかったのか。
……。
あいつから表情を奪ったのは、本当に村での監禁と吸血鬼の襲来だけが理由、だったのだろうか。
俺も大人になり、想像の幅が無闇に広がり、最悪な考えがいくつも頭をよぎった。そのいずれも、現実であってほしくない。
あいつは、俺がいない間の詳細は、ほとんど何も俺に教えてくれなかった。
――その場の正解がその後の正解とは限らない。まぁ当たり前の話だけどね。
――私が魔物扱いされたとき、私にはいくつかの選択肢があった。敵対するか服従するか懐柔するか。当時の私にあった選択肢は他にもあるけど大体こんなとこ。
――その結果として私はあの牢にいた。私以外の処遇に大きな変化は無く、私は私の処遇を許容してた。丸く収まったともいえる。だからその時の選択は、今でも間違ってるとは思えない。
――それからも上手いことやれて、それなりにあの村の平和も保てた。アルがいなくなってからも、ずっと平和ではあったんだ。
――だけど、そうだなぁ。平和だったからこそ、というか。あの人たちも……。
――まぁいいや、終わったことだ。肉じゃがもどきのおかわりいるか?
……いつだったか。あいつと旅をしている道中の食事中。その時、少し口の軽くなったあいつが語ったのは、これだけ。
その時の何が切っ掛けであいつが語り、それに俺はなんと応えたのだろうか。そして、その答えは本当に正解だったのだろうか。
あいつの話し方も行動も、男の子のようなものからだんだん女の子らしく変わってはいたものの、旅の中で少しずつ昔のように元気さを取り戻していったから。
だからあの時の俺は、ちゃんとあいつを助けられたのだと思い込んで勘違いしていた。
だけど、その後のあいつには笑顔どころか、表情が戻ることはほとんど無かったんだ。
そして、あいつと一緒にいた間のやり取りの中で、きっと俺は何度も間違えていたんだろう。
……。
もし、あいつともう一度再会できたら。
俺は、これから先、間違えることなくあいつの隣にいられるのか?
「お悩みの様子でおられますね」
柔らかな声が聞こえた。見えた美しい顔は先ほどにも話した、この孤児院の修道女のもの。アリアたちとの話から戻ってきたのだろう。
ふと、遠くの修道士の男とアリアの方を見るとまだ話は続いている様子。ベルは子供たちをまとめている。
少し離れたエステルを横目で見るも……集中しながら何やら顔をしかめている。
「迷いは視座の揺らぎ。祈りは心を照らす導き。貴方の悩み、もしよろしければお聞かせ願えますか?」
「……」
……その、優しく美しい語り口に一瞬、言葉を吐き出しそうになったが止めた。
これは俺の中で解決すべき問題だと思ったから。
これだけは、自分で正解を見つけなければならないのだと、強く感じたから。
違うのか? いや、違わないだろう。
俺は、俺が認めるべき俺にならなければならない。
「大丈夫だ。ところで……」
さっきから少し気になっていた。
修道士の男はどうも俺たちから離れるように、少しずつ動き回りながらアリアと話をしている。
もちろんアリアも気づいてはいるだろうが、俺たちも警戒するに越したことはない。
なので俺は、この修道女に先ほどまで話していた内容について問い返そうとした。
――聖剣が光った。
直感。
冒険者としてこれまで何度も危機を乗り越えた、信頼に値する無意識の動き。
強い集中によりゆっくり動く視界の端で、遠くのエステルが何かを口ずさんだ瞬間。
状況が、一変した。




