91.虎穴に入らずんば虎子を得ず
≪……じゃあ先輩? いっその事、自分の小学校時代を思い出してはどうですか?≫
≪日南先輩、小学校の時好きな子くらい居ましたよね? だったら、自分の過去を振り返って、どうやって過ごしたか思い出してみるのはどうです?≫
その真也ちゃんのメッセージの意味が、重くのしかかる。
気にしない。終わった。
そう思っていたにも関わらず、ふつふつと湧き上がるやるせない気持ち。
それが本心。
自分の本当の気持ちなんだと思い知らされる。
そもそも、真也ちゃんには立花の事は話していても、澄川の事は言っていない。だから、本心で……俺の為を思って、そう送ってくれたんだと思う。
結果として、乗り越えたと思っていたのは、勘違いだっと認識させられた。
約8年前……今よりも子どもだった小学校の出来事さえ。
思い出すたびに、吐き気がするよ。だから、なるべくあの時の事は思い出さないようにした。
ただ、真也ちゃんの言う通りなら、今の俺にとって必要なのは小学校時代の……好きという気持ちに対する行動らしい。
けど、最悪な事に小学時代。その感情を向けていたのは……澄川燈子だ。
つまり……思い出せって事か。澄川燈子と過ごしてきた何気ない日常。行動を。
それから俺は……覚えている限り、澄川燈子との記憶を思い出してみた。
最初は、正直印象になかった。
けど、3年の時だ。1度きりならまだしも、次の日も、その次の日も……毎日せっせと花の世話してる場面を目にして、少し気になった。結局、ボールが花壇に転がって行って、初めてまともに話をしたんだ。
それからどうした? あれだ、ごく普通に雑談をしてた。
自分の事、相手の事。
そりゃ、最初は俺もあいつも知らないことだらけだった。相手を知る為に、自分の事を話す。
自己紹介って奴か?
自己紹介?
その瞬間、ふと頭の中に浮かんできたのは、大学に入学して早々の光景。
最初は千那と、それから算用子さん、千太、天女目。いろんな人へ自己紹介した。
……大学に入ってからの行動と一緒じゃね? 小学校の時の俺。
まさか、大学入ってから無意識のうちに小学校の時と同じことをしていたとは思わなかった。
けど、思い起こせば今の俺は、そんな行動すら出来ていない。見方によっては小学校の自分に負けている。
その事実に、途端に感じる恥ずかしさ。それと同時に、今の自分が馬鹿らしく見える。
小学校の自分に負けてるってヤバいな。けど、それだけ今の自分が馬鹿だって事だ。
嫌われるのが嫌で、言葉が詰まる。
会話がしどろもどろ?
マジで初恋相手に対する小学生の反応だな。
なんてことは無い。普通に話す。
じっくり考えれば簡単な話だよ。実際、大学入ってから、自分はごく普通にそういう行動をしている。
けど、それすら分からなかったんだよな……こうしてまじまじと小学校の自分の事を思い出してなかったら。
「はぁー」
ベッドに横になり、思わず大きく息を吐く。
じゃあ、普通に話が出来る様になる。その次はどうなんだ?
始まりは小学校。じゃあ次は……中学? 澄川の次は……
必要とはいえ、結構来るものがあるけど……仕方がない。
中学時代、俺が感情を抱いていたのは……立花だ。
家が近いって事もあって、小さい頃から仲は良かった。ただ、明確にそういう感情を抱いてからも、その行動自体は変わりはなかった気がする。
けど、要所要所で格好つけていたかもしれない。
何気なく遊びに誘ったり、相手の好きな事を探ったり……相手が喜ぶことを、悟られないように実行していた気がする。
……やべっ。これも何気なく大学でやってたことじゃね?
仲の良いグループができ、冗談も言い合えるようになった。
その中で千那の好きな事とか、そういう事を探っていた気もする。とにかく、笑顔を見たくて……そうなるように格好つけていた?
サークルに誘われた時とか、断る事もなく一緒に行ったよな? 単に断るのが悪いと思ってたけど……
今思えば、あの時点で俺は意識していたのかもしれない。
ただ、自分でもその感情に気が付いていないだけで。
冗談も言える。
ただ、会話の中で相手の出方を伺う。
中学時代の行動を、俺は無意識に大学1年の中期で実行していた。
「なんだ。こうしてみると、年を重ねて……恋愛の重みを感じるにつれて、自然にしていた行動。大学入ってからも無意識にやってたんだな」
「けど、結局中学までは付き合うには至ってない。となれば、今の俺の心境に近いのは……やっぱ高校か?」
……清廉高校。その相手は風杜雫。
その背景に別な何かがあったとしても、その感情が偽物だったとしても……俺は確かにそういう関係になった人達が行う、そういう行為をした。
抱擁。キス。体の交わり。
ただ、今の俺はその前の段階。
風杜と付き合う前に、どんな事をしていたかが重要だ。
初めて出会ったのは、生徒会前。何気なくボーっと見ていると、突然扉が開いて誰かが出て来たのが風杜だった。
そのまま生徒会室に招かれ、話す内に仲良くなって……ここまでは中学と一緒。
けど、年が重なる内に……色んな行為の意味が分かってきたんだ。
冗談を言い合い、笑い合う。
その内、自分の事や相手の話を聞いて……受け入れる。
そして最初は大人数で遊びに行く。次第に2人で。
そして、ここぞというタイミングで……
『先輩……俺と……付き合ってくれませんか?』
『……はい。……んっ』
思い出せば出すほど、その行動のいくつかに思い当たる節はある。
冗談を言い合える中になり、最初は大人数で遊びに行く。
千太や光、算用子さん達と遊びに行ったりしてたな。
次第に2人で。
2人でご飯食べに行ったりしてたけど、ここ1ヶ月はめっきり数が増えたよな?
そしてここぞというタイミング。
タイミング? ……っ!! もしかして、俺が遊びに誘った時が、そのタイミングだったのか!?
「はぁ~」
またしても、口から零れる溜息。
考えれば考えるほど、勇気を出して遊びに誘ったあの日が……告白のタイミングだったに違いない。
ただ、慎重になり過ぎた故に……最悪な方向へと思考が向かってしまった。
好きだから嫌われたくない。
好きだから、慎重になる。
まさに表裏一体。
ただ結局、俺は不正解の回答をしてしまったんだ。
「あぁ、ある意味自分の保身の為に行動したんだな。それで結局、関係を気まずくしてた。過去の……あいつ等の事が頭の片隅に全くなかったと言えば嘘になるかもしれない。いや、あったからこそ失敗しないように慎重になってしまったのかも」
結局、過去のトラウマに捕らわれて……行動が出来なかった。
気にしない、振り払ったとは口で言えても……完全には無くなっていなかった。
けど、今こそ……過去の忌々しき記憶を振り払う時なのかもしれない。
背を向けて、知らないふりをして歩くんじゃない。
前を向いて、堂々と真っすぐに突き進む。
それが出来る事で、俺は初めて……過去のトラウマを乗り越えられるのかもしれない。
だったら……
俺は体を起き上がらせると、スマホを手に取る。そして画面をタップし……あるボタンを押した。
鳴り響くコール音。そしてしばらくすると、
【もっ、もしもし!?】
聞き覚えのある声が、耳を通った。
【もしもし? ごめん、こんな時間に突然】
【ぜっ、全然大丈夫だよ? どうかしたの?】
【あのさ? 明日のサークルって、昼からだったよね? 終わったらさ……】
【もう1度、遊びに行かないか? 千那】
次話も宜しくお願いしますm(_ _)m




