85.日城凜恋
日城凜恋。
聞こえて来た名前には……確かに覚えがあった。
ただ……
「日城……凜恋……? 日城!?」
「はっ、はいっ!!」
ちょっと待て……ちょっと待てよ?
それでもなお、頭の整理はつかない。
むしろ、逆に混乱してしまう。
その理由はまず第1に、なぜ清廉学園に通っていた日城がここ黒前大学に居るのか。
俺も通っていた清廉学園は、中高大と揃ったエスカレータ式の学園だ。もちろん俺みたいに途中で入学する外部組も居る事は居る。
ただ、俺の知っている日城は確か中等部から入学していた、いわいる進学組。そして進学組の特徴としては、高等部を卒業後はそのまま清廉大学へ進む人が大半だ。
にも関わらず、なぜ黒前?
俺の場合は苦い思い出の一掃と、姉ちゃん達の話があったからこそ決めた進学だったけど、前情報もない人が黒前大学を知る機会はほぼ無いだろう。進路指導部でも清廉大学以外は近場で、それこそ有名大学しか取り扱っていなかった気がする。
そして第2に……その外見だ。
俺の知る限り、日城凜恋は髪が長かった。それに比較的、前髪が半分位顔にかかっていた気がする。そしてどこかモジモジしている感じで……俗に言う大人しい子だと思った。
実際、何気ない挨拶をしてもオドオドしていた気がする。まぁ1個上とはいえ、先輩に対する遠慮かとは思っていたけど……
見れば見るほど、意味が分からない。
なぜ黒前に?
そして、髪の毛も前髪も短くなり……まるで別人の様に印象が変わった姿。
「えっと……お知り合いかな?」
……はっ! ってヤバい、隣に千那居たんだ!
思わず視線を向けると、そこにはなんとも言えない表情を浮かべた千那。
いきなり隣を歩いてた人が呼ばれたんだから、それもそのはず。
けど、今の状況はそれだけに留まらない。
がっつり大声だったから聞こえてるよな。あれ? しかもそもそも……
好きです! 大好きです! 私と……付き合って下さい!!
それだっ!! この微妙な空気感の原因は、その唐突な一言のせいじゃねぇか!
よりにもよってのタイミング。まずいまずい、色々誤解されかねん。ここは、穏便平和に後輩である事を全面に押し出すしかない!
「えっ? あぁ、清廉学園の後輩でさ? 久しぶりだよな日城」
「いっ、1年ぶりですかね? お久しぶりです!」
「そうなんだぁ。じゃあ東京から黒前に来てくれたんだね?」
「そう言うことになるかな? あっ、日城。こちらは宮原千那さん」
「初めまして、日城さん宮原千那です。宜しくお願いします」
「はっ、初めまして! 東京から来ました、日南先輩の後輩の日城凜恋ですっ! 突然大声出しちゃってすいません」
よっし。それとなく自己紹介の流れには持って行けたな。あとは、さっきの発言を記憶から消して行けるように、それとなく雑談して……この場から去るっ! それだ!
「千那は、俺と同じ学年でさ? 色々とお世話になった人なんだ」
「えっ? そんな……」
「おっ、お世話っ!? しかも呼び捨て……はっ!!」
うおっ? なんだよその反応。なんで顔赤いの? ……おい、違うぞ? 変な想像するんじゃないぞ日城っ!
「おおっ、お世話とはその……」
「ははっ。そんな大層な事じゃないよぉ? お話して、色々遊びに行ったり。講義も……」
「お話? 色々遊びにっ!? あっ、あの……それって本当に大学の話ですか?」
……めっちゃ赤いじゃん! その頭の中でなにを想像してんだよっ! 待て待て、色々と話が変な方向に行ってるぞ? そもそも日城、お前そんなキャラだったか? 大人しくてザ・後輩ってイメージだったんすけど!?
「もちろん! 日城さんってば、なんかその表情とか仕草とかがめちゃくちゃ可愛いんだけど?」
「かっ、可愛い!? ……はっ! もしかしてそっちもイケるのでは……」
「何言ってんだよ。素直にお前が可愛らしいって事だろ。大体な? はるばる東京から来て、ボッチ確定だった俺に救いの手を差し伸べてくれたのが千那だぞ? 入学1日目にして友達が出来た。足を向けて寝られない程の……言わば女神の様な人だ」
「めっ、めっ、めっ、女神ぃ!?」
ヤバい。記憶の中にある日城のイメージがますます壊れて行く。こんな慌てふためくテンション高い子だったか? ……って、おい!
「じーーーーー」
今度はなんだよ! 目見開いて千那の事ガン見? 舐めまわす様に見続けてる!
「えっ、今度は何? 私に興味ある感じかな? キョトンとしてる目とかやっぱり可愛いんですけど?」
……チョイ待ち。なんか千那も可笑しくね? まるで妹でも出来たかの様な振る舞いだぞ? 確かに目の前の日城は可愛いのトップレベルではある気がするけど……同性でも同じ感じなのか?
とっ、とにかくカオスになりそうなこの場を、なんとか……
「宮原さん」
「うん?」
「いえ、宮原先輩」
「せっ……聞いた? 日南君! もう先輩って呼ばれちゃったぁ」
何とかしなければっ!
「整った顔立ち。綺麗な髪の毛。高身長に出る所が出て、締まる場所が場所が締まっている。完璧なスタイル。そして、その明るい性格……」
「えっ? いっ、いきなりそんな褒められても……嬉しいけど」
「先輩として、これからも宜しくお願いします。けど、ライバルとしては……負けませんからねっ!」
「えっ? ライバル?」
「そっ、それじゃあ私は失礼します。日南先輩、宮原先輩……また明日お会いしましょう!」
そう言い残し一礼すると、日城は後ろを振り向いて行ってしまった。その速さはもちろん、それまでの嵐の様なやり取りに付いて行けず、俺に残ったのは何とも言えない空気感だけ。
……なんか行っちまったな。
とりあえず、収まるべき所に収まったと考えるべきだろうか? ただ、あの突然の告白の意味は分からない。本気なのか冗談なのか。
まぁ、隣の千那が誤解しなければそれで良いんだけど……
「あれ? 行っちゃった。私、変に絡み過ぎちゃったのかな?」
誤解どころか、変な感情抱いてないか? 日城に千那に……見た事のない姿を見た気がする。
とりあえず、一見落着と考えよう。それにしても日城凜恋。まさか黒前大学に来るとはな。
『……あっ、あの人に言われたからっ! 日城凜恋が君の事気になってるみたいだから、付き合って気を逸らせって!』
風杜の言う通り、諸見里の魔の手からは逃れられたみたい……だな。いや、確実にそうとは言えないけど、あの様子を見る限り大丈夫そうだとは思う。それだけで、少し安心する。
まぁとにかく、後輩が来るとは思いもしなかった訳で……その点に関しては嬉しい誤算な気がする。千那も気に入ってくれたみたいだしね?
……あれ? そう言えば、帰り際に日城なんか言ってたよな? 確か、
『先輩として、これからも宜しくお願いします。けど、ライバルとしては……負けませんからねっ!』
先輩はともかく……ライバルって……
何の事だろう?
次話も宜しくお願いします<m(__)m>




