81.紅頬
「大っ変っ! すいませんでした!」
サークル終わり。
土曜の昼下がり。
それなりに人が居る、ここ喫茶店逃避行。
いつもの席に座り、3つ置かれたホットコーヒーを前に……
ドンッ
それなりの勢いで、テーブルにぶつかるおでこの音が響き渡る。
まるで土下座の様に深々と頭を下げる女の子を前に、俺は慌てふためく事しかできない。
そしてそんな女の子の隣に座る人物も同じなんだろう。
その一言は見事に一致する。
「「まっ、真也ちゃん!」」
ちょっと待て待て、いくら何でもやりすぎだって。
真也ちゃんの行動にはもちろん理由があった。ただ、それにしても……
「すいませんっ!」
これはやりすぎだ。
真也ちゃんが何度も謝っている理由。それはあのホワイトデーの件だ。
見事に香水を渡し、何とも言えない表情を見せた宮原さん。そんな姿を前に、行くとこまで行ってもいいのでは? そう思った矢先に登場したのが、真也ちゃんだった。
そして、彼女の目に映ったのは涙を流す宮原さん。その瞬間、鬼の様な形相が初めまして。
俺に必死の弁解もなんのその。
初めて会った時の、
『千那姉を傷付ける事だけは、何があっても許しません。それだけは……止めて下さいね』
誤解も誤解だが、その意味をこの身をもって思い知る事となった。
そんな怒涛の攻撃。それに待ったをかけてくれたのが宮原さん。
『ちっ、違うの真也ちゃん! 日南君は悪くないから』
『何が? 現に千那姉泣いてるじゃない?』
『本当に違うの! これは……その……嬉しくて……』
『……えっ?』
『嬉しくて……つい涙が出ちゃったの』
『えぇ!?』
お蔭でやっといつもの真也ちゃんに戻り、事の顛末をちゃんと聞いてくれた。
その後にも、すぐに謝って貰ったんだけど……どうやら気が済まないらしい。2人が車で帰った瞬間、直ぐにメッセージが来たっけ。
【大変すいません! 早とちりも良いところでしたっ!】
【いやいや、良いよ。ちゃんと目的の物は渡せたし】
【だからじゃないですか!! てか、私ってば登場のタイミング悪すぎですよね? 冷静に考えたら、私と日南さんの願いを叶えるチャンス……最大のチャンスを私がぶち壊しちゃったって事ですよね? うぅ……】
【まぁ……そんな時もあるさ。それに真也ちゃんの負担を考えると、怒る気にもならないよ】
【けど……けど……私が納得できません。今度ちゃんと謝らせてください! もちろん千那姉も同伴でっ!】
なんてやり取りがあって……
「ちょっ、真也ちゃん! 他の人の迷惑になるから」
「そうそう。その件については何とも思ってないから! だから顔上げて?」
今に至る。
正直、あのまま上手くいっていれば宮原さんと……なんて考えもしたけど、本当に今までの真也ちゃんの活躍を見れば怒る気にも、責める気にもならない。
とはいえ、真也ちゃんの気が済まなさそうなんだよな。何とか落としどころを見つけないと……よし。
「とりあえず、顔上げてよ真也ちゃん」
「うぅ……」
俺の問い掛けに、めちゃくちゃゆっくり顔を上げる真也ちゃん。その悲しそうな表情は、イメチェンしてショートカットになった髪の毛も相まってかなり新鮮だ。
けど、だからと言って女の子をこんな顔のままにしてはおけない。
「何回も言うけど、別になんとも思ってないから。それに宮原さんにも言ったけどさ? あの香水の事は真也ちゃんに聞いた。そして宮原さんはそれを喜んで受け取ってくれた。それだけで俺は嬉しいんだ。だから、真也ちゃんに感謝はすれど、怒る理由はない」
「ね? 真也ちゃん。日南君もこう言ってるんだし……それにね? 香水の事、ありがとうね? 日南君から聞いて……プレゼントしてくれた日南君にも感謝してるし、教えてくれた真也ちゃんにも感謝してる。だから……ねっ?」
「……分かりましたけど、前から言っている通り今日この場でお昼ご飯は奢らせてください」
おっ!?
「……分かった! じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「そうして? 日南君。私は自分で……」
「いいえ。千那姉の分も奢らせて?」
「えっ? でも……」
「いいの。お願い」
「わっ、分かったよ。じゃあ私もお言葉に甘えさせてもらうね?」
やっと、いつもの真也ちゃんに戻っ……
「あと、もう1つ。ここに2枚、今話題沸騰中の映画チケットがあります。そして上演時間は今から1時間後」
ん?
「えっ?」
「まっ、真也ちゃん?」
「私を許してくれるなら、このチケット……使ってくれますよね? 2人とも?」
「「えぇぇぇ!?」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……マジか。真也ちゃんに言われるがままにチケットを貰い、駅近くの映画館に来てしまったぞ?
でも、こうでもしないと真也ちゃんがまた……ていうか、あの姿すら演技だったのでは?
ダメだ。今はそんな事を疑っている暇はない。とにかく、隣には宮原さん。いつも通りいつも通り……
「あっ、宮原さん! ポップコーン食べる?」
「えっ!? うっ、うん! 食べたいなぁ」
「じゃあ俺買ってくるから、宮原さん椅子に座っててよ」
「そんな、私も行くよ!」
「大丈夫だって。あと飲み物は何が良い?」
「えぇ……本当に良いの? じゃあコーラでっ!」
「了解!」
「あとでちゃんと払うからね?」
「それも了解だよ」
ふぅ。とりあえず、距離は取れたな。この隙に落ち着こう。
ピロン
ん? 誰……はっ!
【日南さん。これで手打ちにしていただければ。幸運を祈ります】
この文面。ますますさっきの光景が怪しくなってきたぞ? けど……考えてみれば宮原さんと2人で映画というナイスなシチュエーションを作ってくれたんだよな?
だとすれば……
【ったく、流石だな真也ちゃん。ありがとう】
この好機、無駄には出来ない。映画の良い雰囲気を、味方につける!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
なんて思っていた時期がありました!
映画が始まって約1時間。物語は大分良いところまで来ている……はずなのに、事情は大きく変わっていた。というのも……
(はぁ……はぁ……)
(ちゅっちゅっ……)
(すっ、好きぃ!)
この映画……こういうシーンが満載なんですけど!!
いやいや、通りでR指定ついてる訳だよ! これじゃ良い雰囲気どころじゃない。どんな顔で見ればいいんだよ。
ちなみに宮原さんは…………っ!
横の宮原さんの方へ視線を向けると、驚いた様な表情を見せたかと思うと、視線を下に向ける。
そしてしばらくして、もう1度スクリーンへ目を向けると、口に手を当て、そそくさと目を伏せる。
不覚にも、その行動が可愛らしく見えたのは……内緒だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ」
1つ吐いた息が、白く映る。
少し肌寒さを感じながら、無事に映画を見終えた俺達は映画館を後にした。
辺りは少し薄暗く、どれだけ2人隣り合っていたのか……まざまざと感じられる。
結局、物語の中盤。結構な割合を割いた、ああいうシーン中、ずっと宮原さんは同じ行動を繰り返していた。最終的に感動的で、思わず2人でホロっとしまったけど……正直どんな感想なんだろう。
なんて考えていると、ふと宮原さんの口から言葉が漏れる。
「すごく良い映画だったね」
「うん。感動した」
……内容自体はすごく感動モノの恋愛映画だったな。
「2人の出会いから結婚まで……すごく熱々だったねぇ」
「確かに」
「いくら映画とはいえ、純愛ってああいうものなんだろうね」
そういえば、ちらっと映画情報を調べてみたけど……真也ちゃんの言う通り、ちょっと前に流行った映画のリメイク作品らしい。けど、その映画自体はライトノベルが原作で……作者の実体験を元にしてるって書いてたな。
「そういえば、真也ちゃんの言ってた通りリメイク作品らしいけど、映画の元になった本自体は作者の実体験らしいよ?」
「えぇ? そうなの!?」
「まぁ、全部が全部じゃないと思うけど」
そりゃ美化してる部分もあるだろうしね。
「そっか。実体験かぁ」
「あぁいう体験してる人もいるんだろうね」
街灯の光が照らす中、何気ない会話を楽しむ。それだけでも、なんというか心地よい気分に襲われる。
デートと言っていいのかは知らないけど、隣に好きな人が居るのがこんなにも嬉しい事だとは思いもしなかった。
いや、正確には思い出したと言った方が正しいのかもしれないけど、こんな温かい気持ちも悪くな……
「……キスいっぱいしてたね?」
「えっ?」
「キスってどんな感じなのかな?」
はい?
その突然の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。すぐさま、ただの冗談だと思い、宮原さんの方へ視線を向けると……まさかのまさか。宮原さんは俺の方をじっと見上げていた。
それもまさに、あの香水を上げた……あの涙を浮かべた……優しく微笑んだ……あの時と同じ表情で。
これは……本気モードなのか? だとしたら下手に茶化さない方が……良い。
「ふふっ。想像つかないなぁ私した事ないし……」
っ!! なんだって? キスした事ない? これはもしや千太と付き合っていないという……いやいや。付き合っててまだしてないって可能性もある。ここは探るようにしてみよう。
「そっ、そうなの?」
「うん。変だよね? 大学生にもなって」
「全然。そんな事ないよ」
「そうかな? 日南君は……ある?」
……ヤバい心苦しい。けど、本当の事言わなきゃ。宮原さんには絶対嘘は言いたくない。
「……ある」
「そりゃそうだよねぇ。日南君モテそうだもん」
「なっ、なんでそうなるんだよ。全然モテた試しなんて……」
「ふふっ。あのね? 日南君……」
「うん?」
「私ね? 今日の今まで誰とも付き合った事ないんだ。そういう経験がないの」
その言葉は……いとも簡単に宮原さんの口から飛び出した。
そしてその言葉は、俺が……真也ちゃんが心から聞きたい言葉。
……えっ? 今なんて……誰とも……?
「えっ? 誰とも?」
「うん。やっぱりおかしいよね?」
これは……マジか? 現実か? 夢じゃないのか?
そんな考えが、頭を過るけど……
「ふふっ。こんばんわ、恋愛経験値ゼロ女です」
そんな冗談めいたことを言いながら、見せる笑顔は……夢とは到底思えない。
「何言ってんのさ。俺だったら放っておかないけど?」
「えっ……もう! 日南くんったら」
心がスーっと軽くなる。そして改めて、思い出す。
俺は宮原さんの事が……
「ふふっ。でも冗談だとしても……嬉しいな」
好きなんだって。




