72.バスケの後のストレート
久しぶりの体育館。
―――キュッ、キュッ―――
鳴り響くバッシュの擦れる音。
「はいはい! 声出していこう!」
「はーい」
「おう!」
反響する皆の掛け声。
それは久しぶりで、長いようで短い帰省の終わりを告げる様だった。
ましてや、
「はぁ……はぁ……」
張り裂けそうな心臓の痛みと、筋肉痛に嫌でもそう思い知らせる。
いっ痛い! きっ、キツい!
実家で正月を過ごし、戻ってきたのは昨日の夜。
新幹線の中では、どこか実家の快適さが思い出されて……それは良い感じだった。
しかし、黒前駅に着いた途端にそんなものはどこかに吹っ飛んだ。
そう……ありえない程の雪の量。そして猛吹雪。
駅前だというのに、目の前は真っ白だ。
帰省する時はサラっとしか積もっていなかった雪が、辺りを見ると腰辺りまで積もってるところもある。
流石に人が歩くところは踏み固められていたけど、それでも靴は完全に埋まる。
そんな中、アパートまで戻るのは至難の業。拷問。
青森の冬を舐めていたとしか言いようがない。
容赦なく顔に襲い掛かる吹雪。
視界を遮る暴風。
プールの中にでも居る様に、足にのしかかる雪。
まるでプチ遭難でもしたかの様な体験に、アパートについた俺は心底安堵した。
だが、次の日……つまり今日だ。全身に襲い掛かる筋肉痛は、明らかに昨日の天気の影響だった。
天気予報を遡ると、一昨日あたりから急に振り出したらしい。積雪100cmとかニュースでしか聞いた事がないよ。
まぁ今日は天気も良かったし、無事にサークルには来られたけど……
『一気に降りすぎだよなぁー』
『まぁ、毎年の事だけどな? はっはっは』
地元民の強さを目の当たりにし、尊敬の念しか浮かばなかなかった。
それに、その話題で……宮原さんとも話が出来たしね。
それこそ、あの日以来の久しぶりの会話。
久しぶりの挨拶。
久しぶりの雑談。
『おかえりー日南君』
『うん。ただいま』
『雪凄いでしょ?』
『駅からアパートまでの間に遭難しかけた』
『うそぉー!? ふふっ』
普通の自分でいようと思って、決心したけど……やっぱ本人を目の前にすると少し緊張した。
けど、宮原さんはそれこそいつも通りの宮原さんで……変わった様子はなかった。
それがどっちを意味するのかは俺には分からない。
それでも……
『青森の冬を舐めてたよ』
ミスする事無く、会話のキャッチボールが出来た自分を褒めてやりたい。
「日南ー! シュート!」
それと同時に……
「はぁ……よっと……あっ!」
「はい! 外れたー! スリーメンもう1本」
「日南ー!!!」
「おいぃ!!」
数日の癒し期間もとい、堕落した生活で体力・筋力共々落としてしまった自分を……
「すっ、すいませぇん!」
懲らしめてやりたい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さっきとはうって変わって、静まり返る体育館。
無事に今日のサークルは終了したものの、俺はミスの多さから掃除を直談判。そんなモップ掛けを終えたところだった。
疲れた。筋肉痛だ。
サークル終わりには、何とも言えない疲労感に襲われ愕然としていたけど、諸先輩方及び地元民の同学年の奴らは、涼しい顔して着替えて帰宅。
『いやぁ、雪かきが良い運動になったよなぁ』
なんて笑顔で話していた。
まじで何なのだろう。俺の中での自然災害は、彼らにとっての運動に過ぎない。
そのギャップは恐ろしい。
宮原さんも家の手伝いがあると言って、終わった瞬間に速攻で着替えて速攻で帰っていったし、本当に恐ろしい。
とにもかくにも、この後別のサークルが借りる時間までに掃除は終わった。
帰りに湿布でも……なんて考えていた時だった。
ヴーヴー
鞄の中から聞こえたバイブ音。俺は徐にスマホを取り出すと、ごく普通に待ち受け画面に目を向けた。
すると、そこに表示されていたのは……
「ん? 真也ちゃん?」
あの日以降、特に連絡もなかった真也ちゃん。そんな彼女からのメッセージの通知に俺は画面をタップする。
【日南さん、お久しぶりです。今日登校日で黒前駅にいます。サークル終わってから、よければ会えませんか?】
「登校日で黒前駅に居るって……しかも真也ちゃんから会いたい? もしかして宮原さんの行動から、あの日の返事が分かったのかな? ……それにあれからの真也ちゃんも気になるし……」
そのメッセージを見た途端、俺の返事はほぼほぼ決まっていた。
【いいよ。今終わったところだから】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
店内に響くジャズの音。昼間だというのに少し薄暗く、アンティーク調な店内は雰囲気抜群。
そんな光景をいつも提供してくれる喫茶店逃避行。真也ちゃんのメッセージだとここに……
「いらっしゃいませー。お1人様ですか?」
「あっ、いえ。待ち合わせで……」
「でしたら……」
店員さんの目配りした場所。
そこは例の如く、窓際の端っこの席だ。
「ありがとうございます」
俺は一言お礼を言うと、もはや慣れ親しんだといっても過言ではないその席へと足を運んだ。
そして見えてくる人影。それは勿論真也……
「えっ?」
ちゃんだと思った。ただ、その姿は俺の知ってる真也ちゃんじゃなかった。
「お疲れ様です。というより、えっ? てひどくないですか?」
正直、女の子を見てえっ? なんて失礼極まりない。でも、今日この場に限ってはそれも許されるはず。だって、
「いっ、いやだって……」
真也ちゃんは……
「髪の毛っ!」
別人の様にショートカットになっていたのだから。
「他の人の迷惑になるので、とりあえず座ってください」
そんな俺の驚きなんか気にするそぶりもなく、いつものように淡々と話す真也ちゃん。思わず、そそくさと席に座ってみたものの……その目の前にいる真也ちゃんには違和感しか感じない。
ショートカットというか、ボブといったところだろうか。宮原さんと同じくらい長い髪が短くなると一気に印象が変わってくる。
大人っぽい感じから、良い意味で子供っぽく……いや、普通に似合っているし可愛いに違いはないけど……その様変わりに動揺は隠せない。
「えっと、真也ちゃん?」
「その点についてはただのイメチェンです」
見た目は違う。ただ、雰囲気はいつもと一緒。
そんなギャップに苛まれる俺なんて、目の前の真也ちゃんはいつも通り気にしていない様子だ。
「学校でもやたら聞かれてウンザリしてるので、こんな返事でご勘弁ください」」
けど、その変わらない雰囲気に少し安心した自分が居る。
「あの、変な顔しないでくれます? 日南さん」
「ん? いや、ごめんごめん。当たり前だけどショートカットの真也ちゃん初めてだからさ」
「そりゃそうですよ。生まれて初めて短くしましたし。変で結構です」
初めて……その瞬間、頭に浮かんだのはあの光景。そしてよく聞く失恋での髪バッサリ。
ただ、そんな所まで聞けるほど……俺は図太くない。それに、見たまんまの感想を言うなら、
「そんな事ないよ。凄く似合ってるし……前より可愛いよ」
「なっ!」
以前の綺麗という雰囲気から、一気に可愛い雰囲気に。その美しさは変わってはいない。
少し顔を俯かせる真也ちゃん。その姿はどこかあの日の姿を思い出す。
俺に見せた2つの姿。どっちが本当かは分からないけど、両方見せてくれるって事はそれなりに信用してくれてるのかな?
「そそっ、その手には乗りません。あの、早速本題です!」
それはそれで良かった。
「その手って……人を変な輩みたいに言わないでよ」
「しっ、知りません! とりあえず良いですか!?」
「はいはい。んで? 俺を呼び出した理由を教えてくれるかな」
その瞬間、真也ちゃんの表情が変わる。
俺の知る限り、こんな状況から冗談を言える子じゃない。
周りの空気がピリッと変わる。
「あの日以降、千那姉の行動を、ちょっと見張ってました」
「見張ってた?」
「はい。千兄が千那姉の事好きなのはもう確定です。でも、どうしても気になったんです。あの後の千那姉の返事が」
「そういう事か」
「それで、結論からいうと……」
ゴクリ
「正直、それらしき雰囲気は分かりませんでした」
「えっ?」
「普段と変わらない様子だったし、不審な動きもありませんでした。まぁ部屋で電話とかしてたらあれですけど……初詣だって千兄と一緒に行った訳じゃなく、家族で行きました。現地で千兄と合流しましたけど、これもいつも通りなんです。お参り済ませたら私たちと一緒に普通に帰りましたし」
「なっ、なるほどね」
……分かんないな。真也ちゃんには特別勘繰られないようにしているかもしれない。初詣もその結果、いつも通りと口裏を合わせていたのかもしれない。
付き合っている事が恥ずかしい。むしろ、小さい頃から知ってる家族間にはそれが顕著に現れるモノなんじゃないか?
「今日まで確証は得られませんでした。それで……日南さんに聞きたい事があります」
「ん? 何かな?」
真也ちゃんの視線が、逸れる事無く俺へと向けられた。
その瞬間、何か重要で嫌な予感に襲われる。
とはいえ、こんな状況で席を立つ訳にもいかない俺は……覚悟を決めた。
「あの、日南さんは……千那姉の事どう思ってるんですか!?」
「……えっ?」
「どうなんですか? 好きなんですか!?」
うっ、うお……いきなりのストレート!?
次も宜しくお願いしますm(_ _)m




