148.青森の夏①
時間はとっくに夕方だというのに、治まる事を知らない暑さ。
それに加えて大勢の人達の熱気も混ざり合う光景は、なぜか苦しさよりも楽しさを感じさせてくれる。
笛や太鼓に摺り鉦の囃子は、それぞれの町会の予行練習だろうか。
とは言え、それらが大きく響き渡るにつれて、今年もこの祭りに参加できた事が嬉しく思えた。
30近いの町会や有志会らが、ここ更紗公園に集結する石白めぶり祭り。
その合同運行の場に、俺は今……
「おいおい若いの! もっと食え食えー」
「もっ、もう食べれませんよ~」
昨年同様の熱い歓迎を受けている。
ブルーシートに置かれた、焼きそばやら焼き鳥といった品々。1年前にも見た事のある光景に懐かしさを感じつつも、流石にお腹は限界だった。
それに光景こそ同じだけど、去年とは少しばかり状況も違っている。
「なんだなんだ~? おい千太! お前は行けるだろ!?」
「無理だって! てか、焼肉が終わったと思ったら、別の物出てくるってどういう事だよ!」
「お前らが肉はもういいって言ったんだろ~? だから屋台で別な物買って来たんじゃねぇか~」
「町会長の言う通りだぞぉ。大体な? 俺達が若い頃はめぶり祭りの見守り番ってなったら、腹いっぱい物食えるってんで嬉しかったんだぞ?」
「いやいや、俺達の事大食いチャンピオンかないかと勘違いしてないか? 大体昼からここに居るからって、量にも限度があるだろ」
千太の言う通り、俺と千太と町会長さん。その他数名の鶴湯町会の皆さんは、この宴会じみた事を昼過ぎから行っていた。
まぁそれにもちゃんとした理由はある。
「大丈夫か? 千太」
「おう。太陽こそ大丈夫か?」
「かろうじてな?」
「ったく、想像はしてたけどそれ以上のどんちゃん騒ぎだ」
「あぁ。去年以上だな」
「こんな事なら見守り番なんてしなきゃ良かったぞ」
……いやぁ、確かにまさかここまで食べ物の雨あられだとは思わなかったよ。
石白めぶり祭りの期間は1週間と決まっている。その中で1番の盛り上がりを見せるのが2度行われる合同運行だ。
山車燈籠の出来栄えや、その団体の勢いを審査する審査日。
審査を受けて決定した賞を受け取る表彰日。その2日間、各団体の山車灯籠のスタート地点はここ更紗公園となる。
とはいえ、石白市は意外と広い。つまり自分達の山車灯籠を保管してある小屋から、ここまで運んでこなければいけない訳だ。
車での牽引が一般的だが、もちろん通るのは車道。通常の時間帯だと渋滞の元になる為、基本的には早朝の時間帯に山車灯籠を運ぶ。
運搬作業はそれで終了だけど本番は夕方。それまで公園に山車灯籠だけを置いて行くのは色々とリスクがあるという事で、各町会で数人が見守り番として山車灯籠の近くに待機するというのが、昔からの慣例らしい。
そんな中、土曜日という事もあって白羽の矢が立ったのが……俺と千太という訳だ。
確かに俺も千太もよく食べる方ではあるけど、町会長の山さんを始めとした長老勢のおもてなしは想像を優に超えていた。
最初こそ炭をおこして焼肉を美味しく頂いていたけど、大きなクーラーボックスに用意された肉の塊を食べ切る事は出来なかった。
そもそも休憩を挟みながらここまで平らげた自分達を褒めたいくらいだけど、やはり町会長さん達は納得はいっていないご様子。肉がダメならこれでどうだ? と言わんばかりに、近くの出店から焼きそばやら焼き鳥やらを大量に買って来た訳だ。
それに町会長さん達のアルコール摂取は留まる事を知らない。去年以上に出来上がっている状態だ。
「まだまだじゃの~」
「全くだ! あっはっは~」
まぁ、変に絡んでくる訳じゃないからいいけど……流石にもうお腹がいっぱいです。
「お~い、山さん。完全に出来上がってるじゃねえか」
苦しさにお腹をさすっている時だった。後ろから聞こえてきた声に思わず視線を向ける。
すると、そこに居たのは……俺達の救世主だった。
「「透也さん!」」
「おいおい、山さん達の言う事真に受けてんじゃないだろうな?」
……結構頑張っちゃいました。
「流石にもう無理っす」
「結構頑張ったんですけどね……」
「ったく、話半分に聞いといて大丈夫だっての。ほらほら長老方? 出陣の準備するよ~」
そう言うと透也さんは手を叩きながら、鶴湯町会の長老方に声を掛ける。
「なんだ透也かぁ~まだ大丈夫……」
「はいはい。ブルーシート片付けるから立った立った」
「いや、ちょっと待てって……」
「そうだぞ? 大体まだ出発までは……」
「あと、バーベキューコンロも片付けて~」
「こっ、これ飲んでから……」
「じゃあコップ持ってとりあえず立つ。あと、水飲んで酔い冷まして」
雰囲気が一変するとはまさにこの事だろうか。
さっきまでどんちゃん騒ぎをしていた長老達が、一気に大人しくなってしまった。
というより、まんまと透也さんのペースに飲み込まれたと言った所だろうか。
そもそも、透也さんとて長老方から見れば若いはずなのに、なぜここまで場の掌握が出来るのか……それは不思議な光景だった。
「なっ、なぁ千太? 町会長さん達一気におとなしくなってないか?」
「まぁ、透也さんにとっては見慣れた光景だから、対応も慣れたもんなんだろ?」
いや、それにしてもなんか凄いけどな。
「それに透也さんが来たって事は、バスも到着したって事だろ? そうなれば長老達も出番に向けてスイッチ入ったのかもしれないしな」
「バスって……」
「やっほー! 太陽さぁん! あっ、千ちゃんも居る~!」
ん?
透也さんの指示で、せっせと片付けを始める長老達の姿を千太と眺めていた時だった。なんとも元気な声が耳を通ったかと思うと、反応する間もなく姿を見せたのは……笑顔全開の花那ちゃんだった。
「あっ、花那ちゃん!」
「おぉ花那」
「やっほ~! 鶴湯のムードメーカー花那がめぶり祭りにやって来たよ~? ふふん? どう? この祭り衣装似合うでしょ?」
勢い良く目の前で止まると、自信ありげなポーズをとる花那ちゃん。
確か去年は体調不良で参加できなかったとあって、前々から祭りへの意欲はひしひしと感じていた。
そんな状況もあってか、今朝もすこぶるテンションが高かったのを覚えている。
しきりに真白さんに衣装のあれこれをお願いしていた結果は、その姿を見れば一目瞭然。袖をまくった半纏に白い短パンと足袋。色鮮やかな髪飾りはまさに祭りの相応しく、花那ちゃんに似合っていた。
「おぉ、似合ってるよ~」
「本当? 気に入ってるのはね……」
俺の反応が期待通りだったのか、満面の笑みを浮かべる花那ちゃん。その姿を微笑ましく感じていたのだけど……次の瞬間、俺の意識はその後ろから近付く人影に向かってしまった。
流石に気合入っていただけの事はあるな。それにかなり似合って……はっ!?
花那ちゃんには申し訳がない。ただ、その姿に目を奪われない方が難しかった。
「あっ、太陽く~ん」
合同運行に参加する人達は、俺達の様な見守り番を除いて、基本的には町会で用意したバスで更紗公園まで来る事になっていた。
そんな中、バスの責任者を担っているのが透也さん。つまり透也さんがここに来た瞬間、大勢の町会の人も到着した事になる。
俺自身、それを忘れていた訳ではなかった。事前にバスで真也ちゃん、花那ちゃんと一緒に来る事も知っていた。
ただ、それでもなお……その姿には見惚れてしまう。
「ちっ、千那……」
宮原千那のお祭り衣装に。
「見守り番お疲れ様ぁ~!」
その姿自体は、去年も見ていたはずだった。
ただ、目の前の千那は何と言うかやはりと言うか……綺麗で仕方がない。
足袋と祭り用の短パン姿は、そのスラッとした足を引き立たせる。
サラシ姿は、半纏を手に持っているの事もあってか体のラインが強調される。
アップに纏められた髪型は、花那ちゃんと同じ色合いの髪飾りも相まって華々しく感じ、チラリと見えるうなじにドキッとしてしまう。
「あっ! やっぱり太陽君、半纏似合う!」
「そっ、そうか? 千那もかなり似合ってる」
「本当? 3人で気合い入れちゃったもんねぇ~」
そしてトドメと言わんばかりの笑顔が、とんでもなく眩しく見える。
まてまて、千那ってあんなに足長かったのか? それにウエスト細くね? めちゃくちゃくびれがヤバいんだけど? それにサラシだからおへそが……ってか、色白っ!!
「どんだけ準備に時間掛かってんだよ……お疲れっす! 太陽さん、千兄!」
「ちょっと太陽さん? 話聞いてます?」
「ひどいよ太陽さん! 花那達だって気合い入れたのにぃ~!」
「えっ!? そりゃ2人もバッチリだよ~ははっ! あぁ! 透白君も似合ってるぞ~! ははっ」
ヤバいヤバい。完全に見惚れてた。
「ふふっ。あっ、千太もお疲れ様」
「おう! ん? なんだ真也。今年はいつになく気合入ってるなぁ~」
「なっ! いっ、いつも通りだけど!?」
「花那は~? 花那は~?」
こうして、まるでいつもの宮原家の様な雰囲気のまま……めぶり祭りは幕を開ける。
「よっし! 鶴湯行くぞ~!」
「「「「「おぉ~!!」」」」」
その蒸し暑さに、汗は止まる事を知らない。
太鼓の台車を引く腕には、常に力が入っている。
喉はカラカラで、呼吸も荒い。
キツくて暑い。そんなの普通なら最悪としか言いようがないはずなのに、不思議とそれすら清々しく感じていた。
賑やかな祭囃子。
町内の皆さんの掛け声。
沿道の見物客達からの激励。
それらが混ざり合って、言いようのない高揚感が沸き上がる。
流石に審査日とあって、かじった程度の太鼓は出来ない。
とはいえ、大人の手が要る太鼓の台車の引手を任された時は、町内の一員として認めてもらえたのかと嬉しかった。
だからこそ、精一杯やろう。そう思っていたのに……いざ祭りが始まると、そんな責任感の様な気持ちは、あっという間に楽しさへと変わってしまった。
それにいくら審査日だと言っても、審査が行われる区間が終われば表彰式と同じ。参加団体は沿道の皆を巻き込んで大盛り上がり。
その雰囲気を肌で感じるたびに、自分自身もテンションが上がる。それは去年参加した時以上のものだった。
「ヤーレ、ヤーレヤー!!」
「ふふっ。やっほー太陽君」
「あれ? 千那? 囃子の人って太鼓の後ろじゃ……」
「基本的にはそうだけど、審査も終わったしこういう所で笛吹いてたら、見てくれてる人達も喜んでくれるんだよねぇ。実際近くまで行く事もあるし」
なるほど。そういうテクニックもある訳か。そもそも、千那は太鼓も笛も摺鉦も出来るらしいから凄いよな。
「なるほど! 流石長年祭りに参加してる経験者だ」
「でしょ? それより太陽君めちゃくちゃ楽しそうだね」
「いや、去年より断然面白い」
「本当~? 良かった、今年も来てくれて!」
そう話す千那の笑顔に、思わず本音が出そうになる。ただ、俺はそれをぐっと飲みこんで……ゆっくり言葉を返した。
祭りは勿論楽しい。ただ、俺にとって1番は……
「こっちこそありがとう。また来年も、再来年も……ずっと参加したいよ」
「えっ!? ……ふふっ。じゃあ今年は去年以上に楽しまないとね? そして来年は今年以上に!」
「そうだな。楽しみが増えたよ」
「良かったぁ。じゃあ、祭りはまだまだこれから。張り切っていこ~! せ~のっ!」
今年も隣に千那が居る事が、何よりも嬉しかった。
「「ヤーレ、ヤーレヤー」」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




