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147.始まりを感じて

 



 なんてことのない日。

 大学での講義を終えた俺は、何時もの様にバスに揺られながら帰宅していた。


「ご利用ありがとうございました」


 こうしていつものバス停に到着すると、運転手さんへ軽く会釈をしてゆっくりとバスを降りる。

 ある意味見慣れた風景。とはいえ、とっくに夕暮れの時間帯だというのに、思いの他辺りは明るいままだった。


 今だ姿を見せている太陽の方へと視線を向けると、額から一滴の汗がこぼれる。

 バスの中とは違う暑さが体全体を覆っているのが分かると、滴る汗を手で拭いながらしみじみと感じてしまう。


 あぁ、今年も夏が来たんだなぁ。


 個人的に、夏という季節は結構好きだ。

 夏休みの存在も大きいのだけど、お祭りや花火といったイベントなんかも多いし、出かける足が軽くなる。

 もちろん暑さという天敵も存在する訳だけど、その点に関しては長年東京の夏を経験してきた俺にとって、去年もそこまで暑さを鬱陶しく感じた気はしなかった。

 そんな夏の訪れを感じながら、俺は通い慣れた道をゆっくりと進んでいく。


 そういえばあっという間に7月だな。となると花那ちゃんが帰って来てから1ヵ月くらい経つって事か……


 偶然に偶然が重なったような出会いに加えて、まさかの宮原家の1人だったという事実。

 今でもあの日の事は鮮明に覚えている。

 それに花那ちゃんが加わった当初の宮原家の雰囲気は、それまで俺が感じていたものとはまた違う様にも感じた。大人の皆さんはそうでもないけど、真也ちゃんや透白君なんかは顕著に見える。


 まずは花那ちゃん。

 最初に話をした時は、妙に冷静なのにどこかとっつきやすさを感じていた。

 実際この1ヵ月の間も、俺に対する振る舞いはあまり変わっていない。週1で最新の東京での流行の報告をお願いされた時は少し躊躇ったけど、今となっては俺もあっちの情報を少なからず把握できる良い機会になっている。現在東京に居る希乃姉と詩乃姉も快く引き受けてくれた事には感謝しかない。


 そんな機会を作ってくれた花那ちゃんだけど……宮原家ではやはり一種のムード―メーカー的な立ち位置の様だ。

 ただ、透白君や真也ちゃんにはには少し生意気なところも見せ、兄妹喧嘩や姉妹喧嘩もちょいちょい起こっている。もちろん本気の喧嘩ではないものの、より一層宮原家が賑やかになった感は否めない。


 次に透白君。

 今まではそれこそ年相応の子だって印象だった。それに同性という事もあってか、よく俺に話し掛けてくれて、俺もまるで弟の様な感覚を持っている。

 ただ花那ちゃんが来てからは、それこそお兄ちゃんという雰囲気が強くなった。今まで見られなかったそういう光景に、最初は珍しさを覚えたっけ。まぁ今となっては慣れたものだけど。


 最後に真也ちゃん。

 今までクールな印象で、透白君との間でも大人な雰囲気だったのだけど……花那ちゃんとのやり取りではその印象が少し変わった。透白君と同じくお姉ちゃんという雰囲気が強くなり、それこそ姉妹喧嘩も度々。それでも意外と寛容な部分が多くて、結局許してしまったり、自分が折れたり。そういった意外な姿を見せている。


 ……いやぁ、俺としては新たな姿を垣間見る事が出来て嬉しかったな。そう言えば、千那は全然変わってないな。


 真也ちゃんや透白君が花那ちゃんの存在で見た事のない姿を見せた。となると千那はどうなんだと思っていたけど、ぶっちゃけそこまで変わった様子はない気がする。

 言うなればますます3人を見守るお母さんチックな雰囲気が強くなったくらいだろうか? それぞれのやり取りを優しく見守り、時に優しく声を掛ける。心なしか花那ちゃんも千那には従順と言うか、妙に懐いてる感は否めない。


 やっぱりこの感じが本来の宮原家なんだろうな。まっ、それはそれで賑やかで楽しいけどさ。


「ははっ」


 不意に笑みが零れると、目の前に立派な門がお目見えする。

 何度も見慣れたその下を潜ると、正面には宮原旅館が姿を現した。夕日に照らされた建物は、その光も相まってより荘厳に見える。


 やっぱ綺麗だな……


 その外景はそれこそ何度も見てきたはずだった。ただ、それでも尚感じ続ける美しさに、俺は常々感じてしまう。


 ここでバイトして良かったなぁ。


「おっ、太陽!」


 なんて美しさに魅了されて居ると、不意に声を掛けられた。反射的に視線を向けると、そこには透也さんが立っていた。


「あっ、透也さん」

「大学お疲れさん!」


「ありがとうございます。透也さんはお出掛けですか?」

「あぁ。集会場までな? めぶり祭りの山車燈籠製作が今日からなんだ」


 めぶり祭りって……あぁ! 去年参加させてもらった祭りだ!


 めぶり祭りは、それこそ去年千那と千太に誘われて参加した祭りだった。

 色々な時代の武将を模った人型や武者絵の描かれた山車燈籠を作って引いて街を練り歩く祭りで、ここ一帯の夏の風物詩でもある。

 しかも突然の参加にも関わらず、太鼓まで叩かせてもらっただけでなく、町会長さんを始め色々な方に良くしてもらった思い出がある。


「そうなんですね! いやぁ、制作ともなると結構疲れそうな感じです」

「ここ一帯の連中は慣れたもんだよ。それに祭りの雰囲気は毎年味わいたいしな?」


「確かに去年は滅茶苦茶楽しかったです」

「だろ? 今年も合同運行参加しろよ? じゃあな?」


「はい! 気を付けてください」

「はいよ~!」


 駆け足で駆けていく透也さん。その姿を見送ると、俺はゆっくりと体の向きを変える。

 すると先程まで夕日でオレンジ色に照らされていた旅館が、日が落ちた事で淡いライトの光で優しく照らされている。

 それはまるで、めぶり祭りの山車灯籠の様な姿にも見えた。


 ……あれからもう1年経つのか。懐かしくも感じるし、それこそ俄然楽しみになって来たな。


「さて、でもとりあえず今日も仕事を頑張らないとな」


 俺はそう呟くと、足早に旅館へと足を運ぶ。

 これから始まる夏の楽しみを……確信しながら。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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