143.ある意味真逆で、ある意味似てる
「これについてはこうであって……」
朗らかな日差しに包まれ、先生の声が響く教室。
その変わり映えしない光景には、少し退屈さを感じていたはずだった。
しかしながら、いつからだろう。
平穏に講義を受けられる事に、今は少し安堵感を覚えている自分が居た。
そもそもゴールデンウィークから立て続けに色々な事が起こり過ぎていたのが、もっぱらの要因なのかもしれない。
住み込みのバイト。
色々なお客さん。
慣れない通学方法。
迷子という名のアイちゃん騒動。
まぁ1番直近で起きて1番驚かされたアイちゃん騒動が、落ち着きを見せているのが1番大きい気がする。
アイちゃんがブログに黒前の事を綴ってから数週間。
当初の様な盛り上がりは、現状落ち着いていると言って良い。
いや、言うなれば黒前という土地が盛り上がりの熱に慣れつつあると言った方が正しいのかもしれない。
SNSやテレビにも紹介され、一躍注目の的となった黒前。
取材なんかも結構来ていたようで、現在進行形でホットな地域として取り上げられている。
まさにアイリス・グレース・テイラーお気に入りの場所として知られるようになった。
誰も表立って口には出さないが、紛れもなく黒前大学の生徒及び近隣の学校の生徒達も未だテンションは高いはず。
まぁ、そんな影響をもろに受けている人達も居るには居るんだけど……
「ふぁ……」
不意に聞こえてきたのは、隣に座る天女目の欠伸だ。
その見た目通り、天女目の講義を受ける態度は入学時から一貫して真面目そのもの。
話をしっかり聞き、ノートはバッチリ。もちろんテストの点数も優秀だ。
そんな天女目が1コマ目の講義とは言え欠伸をする状況。かなり珍しい気がするが、ここ数週間でよく目にするようになっていた。
「おい天女目。大丈夫か?」
「光、昨日のバイトも忙しかったのか?」
「まぁねぇ。でも大丈夫だよぉ~」
やっぱゴーストで働く人は、アイちゃんの影響を現在進行形で受けてるよな……
最初のブログを投稿してから、アイちゃんは黒前の事を都度投稿していた。
そんなある日話題に挙がったのがゴーストのパンケーキ。店名はもちろん、パンケーキの写真が投稿された時には驚いたもんだ。
確かパンケーキを食べていた時はスマホが充電切れだったはずだったはずなんだけど……その件を能登店長に聞くと、翌日にご両親を連れて訪れていたらしい。
その際にブログへの掲載等々の話もしていたみたいで、突然のブログ登場という訳ではなかったとの事だ。
能登店長からしてみれば、お店の売り上げアップに繋がる良いチャンスだったみたいで、オーナーでもある叔父さんも二つ返事でOKだったらしい。
結局のところ、能登店長の思惑通りゴーストには連日パンケーキを求めてお客さんが雪崩の様に訪れている。その結果が……横の天女目の状態という訳だ。
臨時のボーナスは確約されているとはいえ、前年度比300%を超えるペースのお客さんの数は想像以上のてんやわんや状態らしい。
ひたすらパンケーキを作り続ける天女目もかなり疲労が溜まっているのも頷ける。
この点については、もはや頑張れとしか言いようがない。
……がんばれ天女目。あっ、そういえば井上さんから聞かれてたお礼の件も、とりあえずは一段落したから良かったな。
世間がアイちゃんで盛り上がっている最中、俺は井上さんから聞かれていたお礼について悩んでいた。
アイちゃん一家を井上さんへ紹介した事へのお礼という話だったけど、正直そこまでしてもらう事でもないし、何が適当なのかが分からずにいた。
そうして明確な答えを出せないまま数日。井上さんとその事で電話をしていた時、井上さんの何気ない言葉にふと思いついた物があった。
『そういえば宮原旅館の半纏ってやっぱり風情あるよねぇ』
『そうですね。旅館って分かる服装の1つですし』
『もしかして半纏着てお風呂の掃除とかもするの!?』
『いや、流石に脱ぎますよ? 半袖半パンですって』
『そりゃそうか! ふふっ』
『当り前じゃないですか……って、半袖短パン……』
『ん? どうしたの? 太陽君』
『あっ、井上さん! お礼の件、お願いしたい事が出来ました!』
そう、俺が思いついたのは……宮原旅館の従業員用の半袖の製作だった。
幸いKARASUMAはファッションの会社。機能性に優れた半袖の製作はもってこいなはず。
それにワンポイントで宮原旅館の名前があれば、旅館としての統一感も増す気がした。
もちろん透也さんや巌さんにも説明をし、了承済み。むしろ喜ばれてしまったぐらいだ。
後日、正式に話をする為に井上さんが直々に宮原旅館に来てくれるそうで、色やデザイン等々今から楽しみで仕方ない。
「ふわぁ……」
いやぁ天女目……マジで頑張れよ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
辺りに夕焼けが広がる黒前駅前。
本日の講義を全て無事に終えた俺は、少し目をこすりながら駅構内へ足を踏み入れた。
ふぅ……流石にフルコマはキツイなぁ。
そう思いつつも、これからバイトだと溜息をついていた天女目の姿が頭を過る。
そう考えると、サークルがない今日の自分は恵まれていると言い聞かせる。
こうして目の前に広がる黒前駅。その時ふと視線に入ったのは、黒前市の案内マップだった。
アイちゃんの件があってから、ここを通るたびに何気なく視線に入るようになった場所。
もちろんあれ以来誰かが居る事はなかった……はずだった。
ん?
しかしながら、今日はその前に誰かが居た。
とはいえ、その光景はアイちゃんの時とは随分違っている。
まずマップを見ている訳じゃない。背を向けている。
それに大きな赤いキャリーバックと背中には小さな赤いリュック。
そもそもキャリーバックに座って居て、身長の大きさは分からない。
真っ黒な髪の毛に、肩まで届かない位のボブカット。
外見としては目立たないけど、全体的には今の時間帯には浮いている存在。
ただアイちゃんとは違って、おそらく日本の方で、どこか旅行に行くんだろう。
特段困っている様にも見えなかった為、俺は視線を戻していつもの改札へと向かおうとした。
「……どうしよう」
「まいったな……」
その声が耳に入るまでは。
近付いた瞬間聞こえてきた声。横を通過する時にも聞こえる辺り、なにやら独り言のように呟いているんだろう。
「さすがに……」
「いや……それは……」
いやぁ……何か困っているのか?
一旦聞こえてしまえば気になってしまう。ただ今までだったら、率先して話し掛けには行かなかった。
周りに居る人達も同じ気持ちなんだろう。一旦視線を向けるもののその足を止める気配はない。可哀そうだけど仕方がない。
帰宅ラッシュの構内ならなおさらで、そんな人達を責める事なんて出来ない。
そしてそれは自分にも当てはまる……はずだったのに、その足は止まっていた。
いやいや、誰かを待っているだけじゃ? 俺じゃなくても誰かが……けど、滅茶苦茶独り言呟いてるよな?
なんて考えていると、その子が不意にこちらに視線を向けた。そして偶然にも……目が合う。
ぱっちりとした二重瞼の大きな目、透き通るような瞳。まだあどけない顔立ちは小学生くらいの歳だろうか?
あちらは振り返った瞬間にまさか俺なんかが居るとは思わなかったんだろう。一瞬驚いた表情を見せた。
そしてその後……まるで何かを言いたそうな、何かを訴えるような表情を浮かべる。そしてその顔はどこか見覚えのある様な気がした。
ん?
ただ、そんな疑問が浮かんだ途端、その子は笑みを浮かべると視線を落としてしまった。
こういうシチュエーションに遭遇したらなら、相手の意を汲んで静かに去るだろう。ただ、どこか気になるのは、女の子のあの表情だった。
助けを求めるような、何かを訴えるような表情。勘違いだったら恥ずかしい所ではあるけど、どうしても引っかかってしまう。そして何より、浮かべた笑顔がわざとらしく感じてしまう。
それに、やはりどこかアイちゃんの面影を思い出してしまった。
はぁ……目合っちゃったもんな。しかも、絶対助け求めてる気がする? けど話し掛けていいものか? 自ら足を踏み入れてもいいものか?
そんな感情が入り混じる中、俺は息を吐いて……1つの答えを出した。
ゆっくりと足を進めると、近すぎず遠すぎない距離を保って、女の子の斜め前に。
そしてなるべく同じ視線になるようにしゃがむと、思い切って声を掛けた。
「何か困りごと?」
その声に驚いたのか、一瞬でこちらに顔を向ける女の子。目は大きく見開き、完全に驚いた表情を見せていた。
やっば。完全に不審者じゃないか?
そんな不安を感じていた時だった。
「いやぁ~もしかして聞こえちゃってましたか? お気遣いさせてしまってすいません~」
その女の子の第一声は……意外なものだった。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




