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141.悠々閑閑

 



 車内に響き始める音楽と、ふわりと香る優しい匂い。

 それらを感じながら、俺は千那の運転する車の助手席に座っている。

 いつもなら喜ばしい時間なんだろうけど、今は素直にそう思えない自分が居た。


「じゃあ出発するよ~」

「おっ、お願いします」


 風杜との間に千那が来てくれた事はありがたかった。

 ただ俺が店を出る時、千那に帰ろうとする素振りは見えなかった。ましてや俺が電車で帰る事も知っていたはず。

 そう考えると、どうして千那があの場に来たのかが分からない。


 たまたま用事を思い出して逃避行を後にした。

 偶然駅の入り口辺りに俺が居るのが見えた。


 でもなんか良く分からないよな。それに……俺と風杜の話聞こえてなかったかな?


 別に聞かれてマズい事はない。とはいえ、千那は俺と風杜の関係を知らない。

 一方で、千那は風杜がフェリスちゃんの家に居候していると知っている。

 その関係の話をしていたと思えば、不思議な光景ではないはず。だとすれば、いつも通り接するのが1番無難だろう。

 そう思い、俺はとりあえずいつも通り千那へ話し掛けた。


「千那、乗せてくれてありがとう」

「ん? いやぁ余計なおせっかいじゃなかった?」


「全然だって」

「本当? 太陽君の姿見つけたからさ? まだ改札通ってないなら、車の方がお金掛からないと思って。まだ定期買ってないでしょ?」


「実はそうなんだよねぇ。助かりました」

「いえいえ、お安い御用だよ~」


 千那の反応は、それこそいつもと変わらない様な気がした。

 とはいえ、これからだと言わんばかりの雰囲気だった女子会をなぜ後にしたのか……もちろん理由があるのだろうけど、流石に口にする勇気が持てなかった。


 いや……このタイミングで下手に詮索するのはダメだよな。


 そこまで空気が読めない訳じゃない。

 ここは心の中に留めておいて、普通に過ごそうと会話を続けた。


「千那もケーキ堪能した?」

「バッチリ~! あっ、でもさ? 太陽君お金置いて行き過ぎだよ? だから流石に悪いと思って、追い掛けて来ちゃった」


 するとどうだろう。千那から思いがけない一言が飛び出した。


 ん? 


「えっ? じゃあ……」

「電車代まで払うのはダメだと思ってね? 間に合って良かったぁ~ふふっ」


 マジか? だからわざわざ?


 置いてきたお金については、いわば男としてのプライドの様なものだった。幸いバイトもしている事だし、金額的にも手痛い訳じゃない。

 ただ、千那からして見れば流石に五千円は多かったんだろう。だからこそ、これ以上の出費を抑える為にわざわざ来てくれたらしい。


「そうだったのか。でも女子会は良かったの? まだまだ盛り上がってそうだったけど……」

「十分お話ししたよ? それにまたいつでも会えるじゃない?」


 ハンドルを握りながら、少し笑みを浮かべる千那。

 その優しさに何も感じない訳がなかった。


「そっか……でも、ホントありがとう」

「全然だよ~」


 それからの俺達は、逃避行での話を続けるかのように盛り上がった。

 フェリスちゃんから聞いたアイちゃんの事。

 ビルさんやマリアさん、フェリスちゃん自身の話と話題は尽きず、心から楽しい時間の様に感じた。

 まさに千那が追い掛けて来てくれたおかげだと思うと、改めてありがとうと思わざるを得なかった。


「凄いよな~?」

「そうだよね~ふふっ」


 やばい。マジで楽しいな。出来ればこのまま宮原旅館に着かなきゃ良いな……


「あっ、そういえば……フェリスちゃんと拓都くんの話、すごかったよねぇ」


 っと、何考えてんだよ。えっとフェリスちゃんと拓都君の話しね?


「あぁ、あれは凄いというか奇跡としか思えないな」


 千那が口にしたフェリスちゃんと算用子さんの従弟である拓都くんの件は、逃避行で一番の盛り上がりを見せた話だった。

 そもそも、なぜフェリスちゃんがここ黒前に来たのかという話から始まったのだけど、その内容は想像を遥かに超えるものだった。


 確かフェリスちゃんが小さい頃、ご両親の仕事の都合で一時的に黒前の不思木さんの家に住んでいたんだよな?


 幼少期に黒前を訪れたフェリスちゃんだったけど、家の中に居るのもつまらなくて……そんな中見つけたのがあの駅近くの公園だったらしい。


 ただ、その容姿もあって近所の子ども達に注目され、色々とイジりの様な反応をされた。

 それが怖く感じてしまい泣き出しそうになった時に現れたのが、小さい頃の拓都くんだった。


 そこからはあっという間に仲良くなったそうだけど、フェリスちゃんが黒前に居たのはあくまで一時的。お別れする時が来た。


 悲しくて仕方がなかったフェリスちゃんに、拓都くんが渡したものが……劇熱戦隊バトルレンジャーの変身ベルト。

 フェリスちゃんの好きなものに、劇熱戦隊バトルレンジャー書かれていた理由が分かったものだ。


 そして勘違いとは言え、結婚の約束をして……フェリスちゃんはそれを叶える為に、黒前高校へ来たと。いやいや、思い出せば出すほど漫画の様な出来事だぞ。


「だよね? 小さい頃の約束を守って、わざわざ……フェリスちゃんってすごいよね?」

「あぁ。拓都くんも俳優としてのティー・キュロチャーチのファンだったらしいからな。ティー・キュロチャーチ=小さい頃に遊んだフェリスちゃんだっていう事は分からなかったみたいだけど、何か感じるものがあったんだろうなぁ」


「なんか……運命だよね?」

「だな。それ以外の言葉が見つからないよ」


「……ねぇ? 太陽君も運命って信じる?」

「えっ?」


 その言葉に、俺は思わず千那の方へ視線を向ける。

 ただ千那は運転中って事もあって、前を向いていた。

 とはいえ、その横顔からでも分かる優しい雰囲気に、純粋な問い掛けなのだと理解する。


 正直、黒前に来るまでは運命なんて信じたくもなかった。

 何が悲しくて3度も辛い思いをしないといけないのか。

 これが運命だとしたら、前世の俺はとんでもない悪い奴だったとでも思わなければ、やっていけないと思っていた。


 けど……今は……少しだけ信じている。


 あの日。あの時。あの瞬間。

 正直……めちゃくちゃキツかった。

 でも今思えば、それらがなければ俺はここに居なかった気がする。


 ……多分普通に清廉大学か都内の大学に行っていたよな。でもその全てを忘れる為に、ここ黒前に来た。

 千太や天女目、算用子さんと仲良くなって、沢山人との繋がりも増えた。

 そして、なにより……千那に出会えた。


 これが運命だとしたら……


「運命か……信じてるかも」


 信じても良い気がする。


「本当? 実はね? 私もなんだ~」

「おっ、マジか?」

「うん! だってね? 私今、とっても楽しくて嬉しくて幸せなんだもん」


 千那の顔に優しい笑みが浮かぶ。

 そんな表情を見ながら、俺も思わず頬が緩んだ。


「そっか……俺もだよ」


 こうして俺達は心地良いBGMを聞きながら……夜のドライブを楽しんだ。




次話も宜しくお願いします。

また、フェリスと拓都のお話については別作品『ある日突然、金髪美少女にプロポーズされまして 』で描かれております。

お時間がございましたら、ぜひご覧いただけると嬉しいです<(_ _)>

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