140.想起
アイリスちゃんと連絡が取れないと知ったのは、講義中のフェリスからのストメだった。
どうやらサプライズの為に1人で黒前に向かったそうだけど、電話もメッセージも繋がらなくなったとご両親から連絡があったそうだ。
予定ではすでに到着している。
伯父さんの家の住所は知らせてあったものの、未だに不思木家には来ていない。
ましてや、スケジュールやらを記録していたスマホに電話が繋がらない。ストメの既読も付かないとなると、単純に充電切れしか考えられない。
つまりどこかで迷っている。
見ず知らずの場所で、イギリスの女の子が1人きりとなればどれだけ不安かは想像もつかない。
本当なら講義なんてスッポかして探しに行くべきだった。
でもその日の講義は必修のモノばかりで、昼休憩や講義が終わってから、とりえず駅周辺を探してみるという返事しか出来なかった。
フェリスからアイリスちゃんが見つかったと連絡が来たのは、最後の講義が終わる少し前。
結局私は何も出来なかった。
せめてと思い、アイリスちゃんが保護されている場所に向かい……フェリスと一緒に無事を喜ぶ事しか出来なかった。
そしてその場所に……太陽が居た。
最初はどういう事か分からなかったけど、その理由はすぐに分かった。
その日の夜、伯父さんの家では盛大にアイリスちゃんの歓迎パーティーが行われた。
人懐こくて可愛いアイリスちゃんとはすぐに仲良くなれた気がする。
フェリスとは違う、年の離れた妹の様な感覚は……なんとも言えない嬉しさを感じたのを覚えている。
そしてそんな中、話題はアイリスちゃんが黒前に来てどう過ごしたかという事だった。
スマホの充電が切れ、伯父さんの家の住所も分からない。連絡手段もない。
誰かに話し掛けるのが急に怖くて、マップの前で立ち尽くしていた時に、声を掛けてくれたのが太陽だった。
それからゴーストに連れて良いってもらい、パンケーキを食べた。
前から見たかった映画を見せてくれて、ポップコーンまで買ってくれた。
その後は色々買い物に付き合ってくれて、お昼ご飯までご馳走になった。
『タイヨーとティナ大好き』
満面の笑みでそう話すアイリスちゃんの様子に、私は嬉しかった。
太陽は昔と変わらずに優しい人のままだったんだと。
高校の時、太陽と過ごした記憶は常に笑顔だった。
思い出す全てが楽しくて、温かい気持ちに包まれていた。
その全てが気持ち良く。
多幸感に包まれる。
あの時の自分は、それを十分に感じていたのに……結局裏切ってしまった。
そんな自分とは違って、太陽は変らずにいてくれる。
その事実が嬉しくて仕方なかった。
その後アイリスちゃんのご両親も、伯父さんの家へ到着。
初めましての状態だったけど、2人共明るくて話易い人柄もあって、あっという間に時間が過ぎた。
見送りの時は寂しさを感じたのを覚えている。
それから数日経った今日。
私は黒前駅の中にある喫茶店に向かっている。
バイト終わりにスマホを見ると、フェリスからアイリスちゃんの件で話をしているとメッセージが届いていた。
子役の件についてはサッと話の中で出てきてはいたけど、SNSで話題になる程の知名度だとは思いもしなかった。
当然ブログも見てみたけど、閲覧者の人数は恐ろしい数になっている。
となれば、必然的に今後の対応についての話し合いは必須だと思った。
……っと。時間的にまだ大丈夫かな? 確かフェリスの話だと、あの日にアイリスちゃんと関わりがあった人達と喫茶店に居るって話だったよね? ……えっ?
こうして黒前駅へ入ろうとした時……私は太陽の姿を見つけた。
あの日から何も変わらない。
その嬉しさがこみ上げてしまって、私は無意識に声を掛けてしまった。
「たっ、太陽?」
こっちを見た太陽は、少し驚いたような表情を浮かべていた。
ただ、それも一瞬。すぐに今までと同じような冷めたような顔を覗かせる。
でも、せっかく会えた。話だけでも……したい。
「……風杜先輩」
「あっ、あの太陽。アイリスちゃんの事、ありがとうね? えっと、バイト終わったら、今黒前駅の喫茶店に居るってフェリスからメッセージ届いてたから来たんだ。太陽も一緒だったの?」
「まぁ」
その端的な返事は……自分の中の太陽とは違っていた。
ただ自分は理解している。それはあくまで自分に対してであって、本当の太陽は変っていないのだと。
「そっ、そっか。フェリス達まだ居るかな?」
「おそらく。それじゃあ、俺は失礼します」
まっ、待って! もっと、きちんと話をしなきゃ……
「あっ、太陽!?」
「はい?」
「アッ、アイリスちゃんから聞いた。太陽がアイリスちゃんに声を掛けてくれて、1日中一緒に居てくれたから凄く嬉しかったって」
「へぇ」
「ゴーストでパンケーキ食べて、映画に連れて行ってくれて、買い物まで……普通は迷子相手にそこまでしないでしょ? でも、太陽はアイリスちゃんにそこまでしてくれたんだよね?」
「それが何か?」
ちゃんと伝えなきゃ。
「あのね。その話聞いて、太陽は変わってないって……その……」
「意味が分からない。何を言いたいのかも分からない」
「ごっ、ごめん。その、太陽はやっぱり優しいって事が分かったの」
「はぁ?」
あの日から太陽は変っていない。私に対してはそっけなくても、根本的な優しさは……変わってない。だから、そのままの太陽で居て欲しいって。
「あの、私が言える立場じゃないのは分かってる。でも、太陽はこのまま変らないで居て欲しいなって……」
「変わらない? 何言ってんだ?」
「あっ、違……」
「あのな? 何を勘違いしてるか分からないけど、俺はお前の知ってる日南太陽じゃない。お前なんかと付き合ってた日南太陽とは違う」
違う。そんな事を言いたい訳じゃないの!
「たっ、太陽……」
「俺は黒前に来て変わった。知ったような事言うな」
「話を……」
「俺に黒歴史を思い出させるんじゃねぇよ」
黒歴史……?
それからの事は良く覚えていない。
ただ、このまま優しい太陽で居て欲しい。私の様に変わって欲しくないと伝えたかったはずなのに、それは太陽にとって不快な言葉だった事だけは分かった。
『あのな? 何を勘違いしてるか分からないけど、俺はお前の知ってる日南太陽じゃない。お前なんかと付き合ってた日南太陽とは違う』
太陽と再会して、その態度も言葉も全て自分がしてきた事への当然の報いだと受け止めてきた。
ただ、こうして目の前で言われると……改めて自分の愚かさが身に染みる。
どれほどの事を太陽にしたのかという……罪悪感に苛まれる。
……何やってんの私。
太陽と女の子が歩いていく姿を見ている事しか出来なかった。
ただただ1人。
茫然と……その背中が消えてなくなるその瞬間まで。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




