139.遭遇と助け船
カランカラン
心地良いドアベルを背に受けながら、俺はゆっくりと逃避行を後にしていた。
そしてドアの閉まる音を確認すると、思わず大きく息を吐く。
「ふぅ。とりあえず、アイちゃん関係はOKかな」
逃避行では、未だ4人が楽しそうに過ごしている。
最初の緊張感が漂っていた空気から、一変した女子達の明るい雰囲気。
途切れる事を知らない会話に自分も楽しさを感じていたけど、残念ながら石白行きの電車の時間が近づいてしまった。
という訳で、後は女子会を堪能して欲しいという事で途中退席。もちろん自分のケーキセットを含めて、少し多めにお金を置いてきたから、色々と大丈夫だと思う。五千円もあれば、更に追加でケーキも食べれるだろうし。
皆からは多すぎじゃないかと言われたけど、そこは俺の顔を立てて欲しいと思い無理やり置いて来た。
『太陽さん! アイリスの件、本当にありがとうございました。これからも色々とよろしくお願いします』
なんて最後にフェリスちゃんに言われたけど、今後自分が役に立てる事なんてあるんだろうかとは思った。
……まぁ、何かあればもちろん協力するけどさ。
なんて思いながら、駅の改札へと歩いていると、ふとポケットの振動に気が付く。
思わずスマホ取り出すと、画面には井上さんの名前が表示されていた。
そういえば昼に電話でやり取りはしていたけど、井上さんの勢いに押されて会話という会話が全く出来ていない。
色々と迷惑を掛けてしまった点も含めてちゃんと話をしないといけないだろう。
そうと決まれば、一先ず駅の中で電話をするのはマズい。
出入り口方面へと進行方向を変えると、そっと画面をスワイプした。
≪もしもし、日南です≫
≪あっ、井上です! 太陽君、今電話良いかな?≫
電話越しの井上さんは、ほぼ昼と同じようなテンションの高さだった。
正式にテイラー家からモデルの承諾を得た事。今後色々と進めていく事が決まったそうで、何度もお礼を言われてしまった。
もちろん井上さんの役に立てた事は嬉しかったものの……それはそれとして、事情が知らなかったとはいえ有名な人達をモデルに推薦してしまった事。井上さんに迷惑を掛けた事については話をしなければと思った。
≪いやいや、なんで太陽君が謝るのよ~。世界的に有名な人がモデルをしてくれるんなら、これくらい迷惑でも何でもないから。むしろ感謝の方が多いわよ!≫
なんて豪快に笑われてしまったけど。
そんなやり取りを終えると、その後には推薦してくれた人という事で、今後の撮影スケジュールなんかをざっと教えてもらった。そこについてはビルさんやマリアさんも慣れているそうで、滞りなく決まったそうだ。
正直、自分が余計なおせっかいをしたのではないかと思っていたけど、井上さんの言葉に本当に役に立てたのだと思うと、ようやく安心出来た気がする。
≪じゃあ、また何かあれば連絡するから。あと、お礼についても考えておいてね?≫
≪分かりました≫
こうして電話を終えると、無意識に辺りを見渡していた。
その薄暗さに、どうやら話をしながら駅の外にまで来てしまったようだ。時間帯もあってか人通りの多さが感じられる。
その光景にアイちゃん騒動から始まった今日という1日が終わるのだと、しみじみ感じてしまった。
……なんか今日も色々あったな。
「たっ、太陽?」
ん?
ふと聞こえていた声に、思わず視線を向ける。
するとそこには、正直目にもしたくない人物が立っていた。
いつもなら聞こえないふりをする事も出来たはず。ただ、今日に関していえばタイミングが悪かった。
……まさかここで行き会うとは思わなかった。
「……風杜先輩」
駅の前でこちらを見ているのは風杜で間違いなかった。髪をアップにしているという事は、バイト終わりだろうか。
そもそもこの時間帯に駅へ来る人は、大抵帰宅をする人達のはず。駅の近くに居候しているはずの風杜がなぜここに居るのだろう。
とにかくここでは誰が見ているか分かったもんじゃない。自分の運の無さにはガッカリだ。
……適当にあしらって、電車で帰ろう。
「あっ、あの太陽。アイリスちゃんの事、ありがとうね?」
アイリスちゃん? そうか……こいつも一応親族に当たるんだった。
風杜雫の母親と居候先の不思木さんは兄妹。
不思木さんの奥さんとマリアさんは姉妹。
そしてフェリスちゃんは不思木さんの家に居候している。
つまり風杜と同じ家に住んでいる。
アイちゃんやフェリスちゃんと関われば、自然と後ろにこいつがチラつく。全く厄介な存在だ。
「バイト終わってスマホ見たら、今黒前駅の喫茶店に居るってフェリスからメッセージ届いてたんだ。太陽も一緒だったの?」
「まぁ」
「そっ、そっか。フェリス達まだ居るかな?」
「おそらく」
……そろそろ良いか。
「それじゃあ、俺は失礼します」
「あっ、太陽!?」
なんだよ。
「はい?」
「アッ、アイリスちゃんから聞いた。太陽がアイリスちゃんに声を掛けてくれて、1日中一緒に居てくれたから凄く嬉しかったって」
「へぇ」
「ゴーストでパンケーキ食べて、映画に連れて行ってくれて、買い物まで……普通は迷子相手にそこまでしないでしょ? でも、太陽はアイリスちゃんにそこまでしてくれたんだよね?」
「それが何か?」
「あのね。その話聞いて、太陽は変わってないって……その……」
変ってない? 何を言っているんだ?
「意味が分かりませんね」
「ごっ、ごめん。その、太陽はやっぱり優しいって事が分かったの」
優しい? 何言ってんだこいつ。
「はぁ?」
「あの、私が言える立場じゃないのは分かってる。でも、太陽はこのまま変らないで居て欲しいなって……」
風杜の言っている意味が分からなかった。
変っていないとは、いつの話をしているのか。
やっぱり優しいとは、いつの事を指しているのか。
変らないで欲しい?
お前の言っている太陽っていつの太陽だ?
まさか高校の時の俺か?
そう思うと、心の底から何かが沸き上がる気がした。
……ふざけんな。俺はここに……黒前に来て変わった。
お前が何を思っているのか分からないけど、お前の言ってる太陽とは別人なんだよ。
「変わらない? 何言ってんだ?」
「あっ、違……」
「あのな? 何を勘違いしてるか分からないけど、俺はお前の知ってる日南太陽じゃない。お前なんかと付き合ってた日南太陽とは違う」
「たっ、太陽……」
「俺は黒前に来て変わった。知ったような事言うな」
「話を……」
「俺に黒歴史を思い出させるんじゃねぇよ」
「なっ……」
「あっ、太陽君~!」
風杜に対して、怒りにも似た感情を吐き出そうとした瞬間だった。
その聞き覚えのある声に、一瞬で冷静さを取り戻す。
「あれ? 確かあなたは……フェリスちゃんと一緒に不思木先生の家に居候してる……」
そんな声の続け様の言葉に視線を向けると、そこに居たのは……
「千那?」
やはり千那だった。
「あっ、あなたは……」
「アイちゃんと一緒に居た宮原千那と言います。えっと、風杜さんですよね? 黒前大学1年の」
「そっ、そうです。あの……」
「いやぁ~アイちゃんが無事でよかったです。あっ、フェリスちゃん達ならまだ喫茶店居ますよ? それじゃあ太陽君、帰ろうか?」
千那はそう言うと、駐車場の方を指をさした。ただ、俺としてはその行動には疑問しか浮かばない。
あれ? まだ喫茶店居たよな? それに俺が電車で帰るって事も知ってたよな? でも、どうして千那が……
「ほら~、行くよ太陽君。それじゃあ風杜さん。失礼します。ほらほら~」
「あっ、うん」
状況は良く掴めない。
ただ、俺は千那に導かれるままに……黒前駅を後にしていた。
まるで風杜なんて最初から居なかったかのように。
えっと……ちっ、千那!?
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




