138.テイラー家
喫茶店逃避行。
つい先日も訪れたこの場所は、今日もいつも通り落ち着いたBGMが流れていた。
もやは指定席の様になった端っこの4人掛けの席。
隣に座るのは千那。
向かいに座るのは真也ちゃんとフェリスちゃん。
さらにバイトの制服に身を包んだ算用子さんが、どこからか持って来た丸椅子に座って居る。
いつもであれば、ケーキセットでも頼んで優雅に過ごすのが定石だろう。けど……どうやら今日はそんな雰囲気ではなさそうだ。
テーブルに置かれたアイスコーヒーの氷の音が涼しげに聞こえる中、口を開いたのは算用子さんだった。
「んでー? フェリスー? これからどうすんのー?」
この5人が逃避行に集まったのは、日中に天女目から聞いたアイちゃんのブログの件がきっかけだった。
やはりと言えばそうなんだけど、あの記事と写真を見た瞬間に千那と算用子さんも驚いたようで、講義の合間に秘密裏に3人のグループメッセージを作成。
幸い算用子さんも、フェリスちゃんとは従弟繋がりですでに見知った仲になっていたらしい。
あの時の尾行のおかげで従弟の拓斗君の在らぬ疑いが晴れた点について安心しつつも、おかげで状況の整理は思いの他スムーズだった。
しかしながら、そもそもブログのアイリス・グレース・テイラーがアイちゃんと同一人物なのかという根本的な疑念は晴れなかった。
という訳で、そこについては千那がフェリスちゃんに連絡。
ブログの件については、フェリスちゃんも気が付いていなかったようだったけど、さっそく見てもらうとビンゴ。本人で間違いないそうだ。
そういった経緯もあり、アイちゃんの件も含めてメッセージより直接話した方が良いという訳で、お互いの時間が取れる夕方の時間帯にここへ集まる事になった。
丁度良い感じに今日はサークルも休みで、旅館の手伝いについては千那が透也さんに上手く話してくれた。
算用子さんはバイトだったけど、集合場所が逃避行なら大丈夫らしい。
本当に大丈夫なのかは、不明だけれど。
とまぁそんな具合で、フェリスちゃんと仲が良い真也ちゃんも含めた5人が集合して今に至る。
今後の対応等、ちゃんと話をしなければなるまい。
「いや~、アイリスがご迷惑をお掛けしました」
……いやっ、反応軽っ!
どことなく緊張感があった場の空気をかき消すかのようなフェリスちゃんの言葉に、あっという間に雰囲気が変わってしまった。
俺としてもイギリスではすでに有名な子役に対して、単なる迷子として接していた事に焦りを感じているのは確かだっただけに、その思わぬ反応に拍子抜けしてしまう。
「いやいや、フェリス? せめて妹さんのブログやらSNSはちゃんと見ておいてよ。ましてや有名人なら、黒前に来た時点で誰かの目に触れる可能性だってあったでしょう?」
そんな中、真也ちゃんがごく当たり前の事を口にした。
全くもってその通りだと思ったけど、フェリスちゃん曰くまさかブログに載せるとは思ってもいなかったそうだ。
それに日本ではアイちゃんはほとんど知られていない事もあり、変に俺達に教えると要らぬ心配を掛けてしまうと思ったらしい。
まぁ、結果的にそうなってしまったのだけど。
「ごめんって真也~。それにアイリスの件については全然気にしてないんですけど、皆さんにご迷惑お掛けして……」
そもそもアイちゃんがネットで話題に挙がった云々以上に、俺達に対する申し訳なさの方が勝っているような気がする。
俺的には身バレの方が恐ろしのではと思ったけど、とりあえず今後の対応について足並みを揃えるのが先決だろう。
「えっと、アイちゃんが有名な子役だってのは分かった。それにフェリスちゃんの反応的に、ブログに載せても知名度のあるイギリスならまだしも、日本ではそこまで注目されると思ってなかったって事だよね?」
「そうですね。その点については私自身アイリスの人気とSNSの影響力を見くびっていました。すいません」
「いやいや、フェリスちゃんが謝る事じゃないって。まぁとにかく、重要なのは今後についてだよ」
アイちゃんが有名人である事はもはや事実でしかない。それに日本での認知度も結構な状態だとなれば、気にするべき点は今後についてだった。
そもそも黒前でアイちゃんと関りがあったのは、フェリスちゃんら親族を除けばここに居る4人と能登店長だけだろう。
それに俺と千那に至っては連絡先まで知っている。
別に週刊誌に売ろうなんて下衆な考えは微塵もないけど、アイちゃんの事を考えると念には念を込めて面識があるという事自体を伏せるべきだと思った。
「えっと、俺的には誰も面識がなかったって事にしといた方が色々と良いと思うけどな?」
すると、どうやら皆も同じ考えだったようで、全員が頷いてくれた。
「じゃあ、とりあえず黒前に来たアイリス・グレース・テイラーとは何も関りがなかったいう体で……各々の胸にしまっておこう」
「もちろん! 太陽君の考えに賛成。下手に自慢なんてしたら、逆にアイちゃんにも迷惑掛けちゃうかもしれないしね?」
「アタシは写真撮っただけだしー。むしろフェリス大丈夫? 妹さん、ネットで話題の子になんか似てない? とかって言われないかなー?」
「そういう話題になったら私がフォローしますよ? 寿々音さん」
「本当にご心配掛けてすいませーん」
よっし。とりあえず話はまとまったかな。あっ、千太と天女目……
「千那。とりあえず千太と天女目にもにも黙っておかないとな」
「だね? 真也と寿々ちゃんも良いよね?」
「分かった」
「了解―」
2人が本当の事を知っても話を広めるとは思えない。ただ、情報を共有するなら少人数の方が良いのは間違いないだろう。
それにどこから話が漏れるかは分かったもんじゃない。そして、その広まる速度の恐ろしさは自分自身が良く知っていた。
いや……すまん! 千太、天女目!
そんな申し訳なさを感じる俺を横目に、一通りの話を終えた女子達の雰囲気は一気に明るさを取り戻していた。
「いやぁ~なんか安心したら甘い物が食べたくなっちゃった! ケーキセット頼まない?」
「やった~!」
「そうだね。注文良いですか? 寿々音さん?」
「はいよー」
千那の一言に、嬉しそうに反応するフェリスちゃんと真也ちゃん。
そんな切り替えの早さに、どことなく女子の強さを感じてしまう。
……なんというか凄いな。
「決まり~! 太陽君は?」
まぁとりあえず、アイちゃんの事実確認と今後の流れも決めた事だし、この4人があれこれ周りに言いふらすって事も考えにくいから……一件落着か? となれば、少し息抜きしても良いよな?
「もちろん頼みます!」
こうして一段落した俺達は、ケーキを頬張りながら楽しい時間を過ごした。
最初の空気はどこへ行ったのか、ある意味いつも通りの雰囲気に包まれたテーブルは、女性陣のおかげもあって随分華やかに見えた。
こうして見ると、女子3人とテーブルを囲んでお茶をするなんて状況は普通はあり得ない。
アイちゃんと出会ったからこそ、こうしてフェリスちゃんとも知り合う事が出来たと考えると、人との繋がりの大事さに気が付く事が出来た気がする。
……ん? そういえば待てよ? アイちゃんが黒前に来ていた問題はどうにかなったけど……俺、そうとも知らずにモデルの話したんだった! 井上さんは知ってたみたいだけど、そっちも色々と面倒な事になってないかな?
「そういえばフェリスちゃん?」
「なんですか~?」
「あのさ? 俺、アイちゃんの事全然知らなかったせいで、安易にファッションモデルお願いしちゃったんだけど……」
「あぁ! KARASUMAの件ですよね?」
「そうそう! その……事務所関係とか面倒な事になってるんじゃないかと思ってさ?」
「それでしたら問題ないと思いますよ?」
「えっ?」
「アイリスは一応個人事務所所属となってます。社長は一応パパで、ママがマネージャーなんですよ? だから、2人がノリ気なら全然大丈夫です」
えぇ……ビルさんとマリアさんってそんな肩書だったの!?
「まっ、マジか? でも俺のお願いで無理やり引き受けたり……」
「その点についても大丈夫じゃないですかね? 服に関しては妥協しない2人です。それに私もですけどKARASUMAの服の事は知ってますし、デザインも素材も結構好みなんですよね~」
「そっ、そうなの? 良かった……」
どういう事だろうか。
アイちゃん一家の事を聞けば聞く程、自分とはまるで住む世界の違う遠い存在の様に感じてしまう。
井上さんの話だと、ビルさんとマリアさんも有名なファッションモデル。娘のアイちゃんは有名な子役というとんでも一家。
……なんだろう、この嫌な予感。まさかフェリスちゃんも……
「あのさ? ここで聞くのもあれなんだけど……フェリスちゃんももしかして……」
「太陽君? 流石にそれは……」
「太陽さん。考えすぎ……」
いや、2人の反応は分かるよ? でも念の為……
「もしかしてって……あぁ! 私も実はちょこっと映画とかに出てましたぁ~」
「「「えぇ~!?」」」
マジ!?
「ちょっと待ってフェリス? それも初耳なんだけど?」
「え? だって黒前来てから誰にも聞かれなかったし……」
「映画って、俳優さんって事!? フェリスちゃん!」
「黒前に来る前に、何本か出ただけですよ~?」
俺のふとした一言のおかげで、千那と真也ちゃんに質問攻めに合うフェリスちゃん。
正直驚きのあまり、声も出ない状態の自分に変わって色々聞いてくれる2人には尊敬を抱く。
しかしながら、まさかフェリスちゃんも映画出演が有るとは恐ろしい。
「嘘でしょ?」
「真也ちゃん落ち着いてよ~! まぁ私の場合芸名使ってたからさ?」
「なっ、なんて芸名なの?」
「えっと、ティー・キュロチャーチって名前なんだけど……」
その名前を聞いた瞬間、俺はスマホを手に取っていた。
もちろん検索するのはティー・キュロチャーチ。すると検索画面の1番上にその名前は現れる。
何々? 身長172センチ。足のサイズは25センチ。好きなスポーツはバスケットボール。好きな食べ物はたこ焼き? 好きなテレビは劇熱戦隊バトルレンジャー!? そしてイギリス出身の……俳優……
出てきたプロフィールの横には、宣材写真と思われる画像が掲載されていた。
そこに映し出されていたのは……まさしく目の前でケーキを頬張る女の子で間違いない。
「ちっ、千那。真也ちゃん……」
俺はそう呟くと、スマホを千那へと渡した。
その画面をのぞき込む2人を尻目に、俺はフェリスちゃんへとある質問を投げかける。
「あのフェリスちゃん?」
「はい~?」
「身長は?」
「えっと、172センチですね!」
「足のサイズは?
「25センチです」
「好きなスポーツは?」
「バスケットボールです」
「好きな食べ物は?」
「ふふっ、たこ焼きです!」
「すっ、好きなテレビは?」
「それはもちろん! 戦隊シリーズ劇熱戦隊バトルレンジャーですよぉ!」
それはまさに、ティー・キュロチャーチのプロフィールに書いてある事だった。
容姿だけなら似ている可能性だってあるけど、好きな食べ物でたこ焼き。好きなテレビに戦隊シリーズの名前を言えるのは……限りなく本人だけの様な気がした。
そして思い出すフェリスちゃんの家族達。
マジか? 本当にマジなのか?
「えっと、フェリスちゃんってティー・キュロチャーチ?」
「はい! そうですよ?」
「映画に何本も出てる俳優さんのティー・キュロチャーチ?」
「いやいや、ちょっとだけですよ~?」
「いや、その……真也ちゃん?」
「…………」
ダメだ! 流石に言葉を失ってる!
「えっと、黒前高校の子にはバレたり……」
「それが、さっきも言ったんですけど誰も聞いてこないし話にもなってないんですよ? もしかしたら分かってるけど、私の事を思って黙っててくれてるのかもしれないですし、そもそも認知されてないのかもしれないですね? ふふっ」
そう笑顔で話しながら、またしても美味しそうにケーキを頬張るフェリスちゃん。
その姿に、俺はつくづく感じてしまった。
「んあ~ここのケーキ美味しいです~! 寿々音さ~ん、モンブランもう1個追加お願いしま~す」
「はいよー」
…………テイラー家、なんか恐ろしくない?
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




