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137.一瞬の平穏から

 



 週も半ばの水曜日。

 何事もない講義の合間を、俺はいつものメンバー達と一緒にラウンジで過ごしている。


「なんでだよ~!」

「そういうとこだって千太」

「まぁまぁ、算用子さん」

「ふふっ」


 何かと色々あった週末に比べると、ここ数日は驚く程平穏だった。


 もちろん月曜日には、千太や天女目に散々迷子騒動の事を聞かれたけれど、事の顛末を話すと2人の反応は意外にも感嘆に近いものだった。

 天女目はまだしも千太も同様だった事は少し驚いた。もちろんその後にはバッチリイジられたけど。


 ちなみに、算用子さんについては逃避行で行き会った時にザックリと説明はしていたとあって、2人の様子をいつもの様に眺めていた。

 流石に記念撮影のシャッターをお願いした時は驚いていたけど、翌日にはいつもの算用子さんに戻っていたのは流石としか言いようがない。


 そういえばアイちゃん一家は、逃避行でお茶をした翌日に東京へと戻って行ったそうだ。

 流石に講義があったから見送りには行けなかったけど、黒前駅を後にするアイちゃんからはメッセージが届き、また来て欲しいと千那と一緒に返信。


 思い出深いアイちゃんとの1日に感慨深さが蘇ったけど……東京へ到着したという報告を始め、結構な頻度で届くメッセージに、どこか感じていた寂しさも薄れてしまった。

 遠く離れても、連絡は容易にとれるという文明の偉大さを改めて思い知った形だ。

 まぁ、東京観光を楽しんでいるアイちゃんのメッセージと写真を見ると、こちらまで楽しい気分になってしまうので何ら問題はない。


 ちなみに、逃避行でビルさんとマリアさんにお願いしたKARASUMAのファッションモデルの件については、早速井上さんに連絡をした。

 要らぬお節介とは思ったけど、事情を説明すると思わぬモデル候補の発見に電話越しでも喜んでくれたのが分かった。


 とりあえずお互いに連絡先を教えたという事で、あとは上手く調整するって話だったけど……東京でちゃんと会えているのだろうか。

 いささか不安ではあるけど、井上さんなら大丈夫だと信じたい。


 ……まぁ、ビルさんもマリアさんもやる気は十分だし、何とかなるか。


 なんて事を上の空で考えていた時だった。


「そういえばさ? なんかネットでまた黒前が取り上げられてるみたいだよ?」


 思い出したかの様に切り出した天女目の言葉に、俺達は一斉に視線を向ける。


「ん~? 黒前が? またかよ」

「そうそう! なんでもぉ、海外の有名な子役さんが観光で来たって話なんだけどぉ……」


 おいおい。つい1週間前も日城の件で盛り上がってたよな? 流石に続けて話題になるなんて……勘違いか何かじゃないのか?


「それマジかよ光!」

「うん! ほらぁ!」


 そういうと天女目はスマホを取り出してある画面を見せる。そこにはいつぞやと同じネットニュースの記事が書かれてあり、天女目の話していた件について掲載されていた。

 確かに見出しは、イギリスの有名子役お忍びで青森黒前市観光と書かれていたものの、天女目が次に見せたのはそのコメント欄だった。


 ❝イギリスの天才子役、日本観光だって❞

 ❝しかも青森だってよ? 黒前って、前もネットで話題に上がってなかったか?❞

 ❝いや、それマジの情報な訳?❞

 ❝マジも何も、本人のブログで言ってるぞ?❞


 ブログで言ってる? マジかよ。


「ブログって……光。その子のブログって見れるのか?」

「えっとぉ、これだよぉ」


 そんな千太の言葉に、天女目は記事に張られていたリンク先をタップする。すると、表示されたのは間違いなく誰かのブログサイトだった。

 ブログはもちろん全て英語で書かれている。ただ、その一番上に書かれた名前は……どこか見覚えがあった。


「ん? なんて子なんだ? アイリス……」

「あっ! アイリス・グレース・テイラー! 僕知ってるよぉ!」


 そうそれは……まさかのアイちゃんと同じ名前だったのだから。


 はぁ? アイちゃん!?


 思わぬ展開に、俺は反射的に千那の方へと視線を向ける。すると、同じ事を考えていたのかゆっくりと目が合った。


 いや待て! たまたま名前が似ているだけかもしれない。


 そう思ったのも束の間、


「えっとぉ、最新の記事は……これだね? あぁ!」

「うおっ、これってマジじゃねぇか?」


 千太達の声にスマホの画面へ再度顔を向けると、そこにはあるものが映っていた。

 題名は日本の青森県黒前市観光。そしてその後の本文にも、間違いなく観光で黒前に来たと書いてあっる。

 そして添付されている画像には、映画館のバケット付きポップコーンを持ちながら笑顔を見せるアイリス・グレース・テイラーと思われる女の子の姿があった。


 日曜日に放送されている女の子向けのアニメが描かれたポップコーンバケット。

 アイリス・グレース・テイラーと思われる、ブロンドでウェーブがかったロングヘアーと青い瞳の女の子。


 それが目に入った瞬間、俺は思わず息をのんだ。

 だってそのどちらも、俺は見た事があったんだから。


 ……はい? これって……


「これマジで黒前駅の中じゃね?」

「絶対そうだよぉ!」

「しかもタイヨー、ティナありがとう。大好きって…………一体誰の事だ?」


 アイちゃん!?


 予想外の展開に驚きを隠せない。

 確かにブログに載っている画像には、アイちゃんが映っていた。

 それにティナという呼び方は、アイちゃんが千那を呼んでいた時の名前だ。

 きわめつけは、その手に持つポップコーンのバケット。まさしく映画館で俺が買ってあげた物で間違いない。


 嘘だろ? アイちゃんって……有名な子役だったの!?


「誰か分からないけどぉ……確かに黒前に来てたのは確かっぽいよぉ?」

「おいおい、どうしたんだ黒前! 最近話題沸騰じゃねぇか! なぁ!」

「そっ、そうだね」

「うっ、うん!」


 千太と天女目はさておき、不意に話を振られた千那と算用子さんの返事が鈍い。

 算用子さんはバイト先に来て、シャッターを押した相手。

 千那に至っては、俺と一緒に迷子だと思い、買い物やらなにやらで楽しく過ごした相手。

 画像の女の子が、おそらく同一人物なんだとこの2人は気が付いたんだろう。


「たっ、太陽君……」


 小さな声で千那が呟きながら、俺の方へ再度視線を向ける。

 その表情からは、一体どうしようという不安が見て取れる。正直、自分でも現状を理解するには少し時間が必要だった。


 いやいや。落ち着け……そもそも千太と天女目に本当のことを言うのはどうなんだ? 流石にここじゃ……


 そんな動揺を感じていた時だった。テーブルに置いていたスマホからテンポの良いバイブの音が聞こえて来る。


 全く、こんな時に誰だ?


 そう思いつつスマホを手に取ると、画面に表示されていたのは井上さんの名前だった。

 思わぬ相手に少し驚いたものの……このタイミングでの着信に、俺はハッと思い出す。


 井上さん!? ちょっと待てよ? 俺が井上さんにモデル候補で紹介したのって……アイちゃんとビルさんにマリアさんじゃん!


 その事実を思い出すと俺は、


「ごめん! ちょっと電話!」


 皆にそう言うと席を立ち、ラウンジの外へと足を進める。

 そして画面をスワイプすると、ゆっくりと耳へと当てた。


≪もしもし、日南です≫

≪あっ、太陽君! 井上です! ごめんね講義中だった?≫


≪いえ、今休み時間です≫

≪良かった! あのね太陽君、紹介してもらったテイラーさん御一家なんだけど……≫


 やっぱりその事ですよね……


 井上さんからの着信に思い当たる節はあった。

 知らなかったとはいえ、俺が紹介したのはイギリスで有名な天才子役。詳しい事は分からないけど、契約関係云々の面倒くさい事があるんだと思う。

 それに巻き込んでしまった件に対する電話に違いない。


≪あっ、あのすい……≫

≪本当にありがとう~!!!≫


 えっ?


≪いやいや、実際に会った時びっくりしちゃったよ! まさか太陽君推薦の子が、イギリスで有名な天才子役のアイリスちゃんだとは思わなかった! てかどこで知り合ったの? もうめちゃくちゃびっくりしちゃったんだから!?≫

≪えっ? あっ、その件については……≫


≪まぁそこは置いて置いて……聞けばビルさんとマリアさんにもモデルの話してくれたんでしょ? いやぁ、子どもモデルに紳士服・婦人服モデルまで……嬉しくて倒れるかと思っちゃった≫

≪あの、井上さ……≫


≪ビル・グレース・テイラーとマリア・グレース・テイラーはアイリスちゃんの両親でもあるけど、そもそも2人共モデルとして有名だった人達よ? KARASUMAとしてはもう願ったり叶ったりの人選なの~≫

≪はい? ちょっと……≫


≪兎にも角にも、本当にありがとうね? まずは感謝を伝えたくてさ? それにこの件については、後日会社としても別途御礼したいと思ってるから! それじゃあ、また連絡するね? 失礼しま~す!≫

≪井上さ……≫


 瞬き間に静かになるスマートフォン。

 まさにあっという間の出来事に……俺は思わずその場で立ち尽くしていた。


「…………ふぅ」


 えっと……とりあえず皆の所に……戻ろうかな……




次話もよろしくお願いします<(_ _)>

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