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135.繋がる縁

 



 まだ少し肌寒さを感じる朝。

 目の前には女将の巴さんと千那、更に2人と談笑をしている井上さんの姿が見える。

 もちろん朝一の飛行機で東京へ戻るという、井上さんのお見送りの為だ。


 昨日の時点で、朝早くチャックアウトする事や朝食時間についても確認済み。

 しかもいつもならこの時間は、撮影スタッフの皆さんの朝食時間と被っているけど、今日は撮影が休みという事でいつもより遅くなっている。

 結果的に朝食の用意もスムーズに出来たという訳だ。


 とはいえ、今まさに忙しさの真っ只中という事で、見送りも俺達3人だけになってしまったのは申し訳ない。

 そもそも俺なんかで良いのだろうかと思ったが、千那と巴さんに声を掛けられたからには断る理由もなかった。


 にしても、昨日は焦ったな……


『千那ちゃんと一緒に、KARASUMAのファッションモデルやってみない?』


 昨日の井上さんの何気ない一言は、あまりにも現実離れしていた事だった。

 千那ならまだしも、容姿が中の中以下の俺にファッションモデルなんて務まるはずがない。


『何言ってるんですか? 飲み過ぎですよ?』

『いや? 本気なんだけど?』


『だったら見る目ないですよ? お声掛けは嬉しいですけど、お断り致します』

『そっかぁ……それなら仕方ないな』


 多少の申し訳なさはあったものの、丁寧にお断りすると思いの他すんなり諦めてくれたのはありがたかった。

 まぁ、念の為という事で連絡先の交換をしたおかげかどうかは分からないけど、それ以降は一切そんな話もなく、何度かお酌した後に俺は井上さんの部屋を後にした。


 ちなみに、その後何気なく千那にもファッションモデルの事を聞いてみたのだが、井上さんは本当に千那にも打診をしていたらしい。

 ただ、千那の答えは俺と同じだった。


『いやいや、太陽君ならまだしも、私なんて無理だって~』

『いやいや、俺の方が無理だろ!』


 千那の容姿なら、モデルとしても十分活躍出来る気はした。

 とはいえ、以前の映画の件も考えるとその返事には納得せざる終えなかった。


 そんな経緯が昨日あったもので、井上さんが本当に満足してくれたのか不安だったのだけど……3人の様子を前に、十分楽しんでもらえたのだと嬉しさを感じる。


 とりあえず良かったな。……っと、タクシー来たな。


「あっ、タクシー来ました」


 井上さんを乗せるタクシーが旅館へ来たのを確認すると、俺は前に出て誘導をする。

 すると3人の前に停まり、ゆっくりとドアが開かれた。


「大変お世話になりました。今度は家族で来ますね? 巴さん」

「楽しみに待っております」


「色々とありがとうね? あと気分が変わったら連絡ちょうだいね? 千那ちゃん?」

「いやいや、私なんかよりふさわしい子居ますから。でも、また来てくださいね?」


「太陽君も、試着とかしてくれてありがとう。あとお酌も最高だったわよ?」

「とんでもないです。またのお越しをお待ちしてます!」


 そんな言葉を後にして、タクシーに乗り込む井上さん。

 車内で一礼する姿に俺達はお辞儀で答えた。


 エンジン音が聞こえなくなるまで、ずっとずっと。


「さて、じゃあ仕事に移りましょうか?」


 しばらくした後、聞こえてきた巴さんの声で俺は頭を上げる。

 もちろんそこにはタクシーはなく、井上さんが帰ってしまったのだと実感した。


「じゃあ、私は先に手伝いに行くわね?」

「は~い」

「了解です!」


 マジで色々な事が起きるし、色々な人と出会えるな……


「ふふっ。行っちゃったね? 井上さん」


 聞こえてきた千那の声に、ふと視線を向ける。


「だな。モデルの件は申し訳ないけど、楽しんでもらえたみたいで良かった」

「そうだよね? 良かったぁ」


 そう口にしながら見せる笑顔に、旅館の仕事の醍醐味を見出したような気がした。


「さて、じゃあ私達も朝食の……って、ん?」


 そんな時だった。

 疑問の声を上げながら、徐に千那がスマホを手に取った。

 画面をタップする姿を何気なく見ていると、千那が俺の方へと顔を向ける。


「あっ、太陽君?」

「ん?」


「フェリスちゃんからメッセージ来たんだけどね?」

「フェリスちゃん? なんて?」

「えっとね? アイちゃんの件で、ご両親が是非お礼したいのですが……今日とかお時間どうですか? だって!」


 おっ、お礼? しかも今日!?




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 お昼も過ぎて少し経った頃。

 場所は、いつも通り落ち着いたBGMが流れる喫茶店逃避行。

 その店内に俺と千那は座って居る。


 そして目の前に座るのは……


「いやぁ~本当にありがとうございました~」

「本当にこの子ったら……ちゃんとお礼言いなさい?」

「む~! ティナ、タイヨーありがとう!」


 アイちゃんとそのご両親、ビルさんとマリアさんだ。


 いや……まさか昨日の今日でこうなるとは……


 朝一のフェリスちゃんの連絡に、俺と千那はとりあえず巴さんに相談を持ち掛けた。

 時間帯は何時でも良いという話だったけど、流石に旅館の仕事が立て込んでいたら元もこうもない。

 事情を説明すると、午後であれば問題ないという事でその旨を連絡。

 こうしてお目に掛かる事が出来たという訳だ。


「全然ですよ。それにそんなにかしこまらないでください。大体、時間と場所までこちらで決めてしまって、ご配慮いただきありがとうございます」

「そうですよ。それに私は全然何もしてません。太陽君が声を掛けてくれたから、アイちゃんと出会えたんですし、お礼なら太陽君に是非!」

「いやいや~大変お世話になったと聞いてますし~これくらい合わせるのは当然ですよ?」 

「そうですよ。ゴーストの能登さんも良い方でしたし、この子は本当に恵まれてます」


 落ち合う場所も、本来なら店長も居るゴーストが良かったと思う。

 ただ、今日に関して言えばあいつ等が居る可能性もあっただけに、千那と場所の話になった際、口には出さなかったけどゴーストだけは嫌だった。

 ただ、そんな俺の様子を千那は察してくれたのだろう。すかさず逃避行を提案してくれた。

 幸い午前中にゴーストへ行き、店長へお礼をしたらしいので、結果的には良かったのかもしれない。それでも千那には後でお礼はするべきだろう。


 こうして、無事にアイちゃんのご両親と会う事が出来たのだが……こうして見れば見る程、お二方共顔立ちが整いすぎている。

 まぁアイちゃんやフェリスちゃんを見れば、その両親の容姿も容易に想像は出来るのだが、喫茶店というシチュエーションも相まって、目の前の光景はかなり絵になっていた。


 なんかここだけ外国に居る雰囲気だな。でも、なんだろう? 不思議と緊張とか何も感じないな。


 本来なら外国の方を目の前にすれば緊張でもするんだろう。

 ただ、人間とは不思議なもの。

 おそらくここ数日アイちゃんを皮切りに、フェリスちゃんや井上さんといった似た容姿の人達と関わったおかげで、その姿に慣れたのかもしれない。


「さあさあ~丁度良い時間ですし~甘い物でも食べませんか?」


 ビルさんはどこか穏やかなイケオジの雰囲気が漂う。


「そうですよ? お好きなケーキをどうぞ?」


 マリアさんは明るくて、それこそとんでもなく若く見える。


「アイちゃんはリンゴジュース~!」


 アイちゃんは相変わらず。

 それに全員が流暢な日本語を話せるおかげで、知り合いのご両親と話している感覚に近いものがあった。


「えっと、それではお言葉に甘えて」


 そんなこんなで、ビルさんとマリアさんに進められるがままに、俺と千那もそれぞれケーキセットを注文した。


 その美味しさはもちろんなのだが、


「おいし~!」


 口いっぱいにケーキを頬張るアイちゃんに、千那共々癒されっぱなしだ。


「そう言えばお二方。アイリスがお世話になったので、何かお礼をしたいのですか……」


 ケーキを食べ終え、コーヒーを口にしている時だった。

 不意にビルさんが口を開く。

 思わず千那と顔を合わせたけど、正直俺としてはこのケーキセットをご馳走してくれただけで十分だった。

 そして千那もどうやら同じ気持ちだったようで、小さく頷く。


「いや、ケーキセットをご馳走になったので、それで十分ですよ?」

「そうですよ~」

「いやいや、これじゃ~全然ですよ~?」

「そうです。せめて他に何かでお礼を……」


 ところが、ビルさんもマリアさんもは納得してくれる様子はない。

 千那と俺が何度言っても、話は平行線を辿るばかりだった。


「千那。何か良い案はないものか?」

「そんな事言われても、ケーキセットご馳走になっただけで十分なお礼だと思うんだけど……」

「だよな……」


 これは困った。でも、これといって良い案も浮かばない……あっ!


 そんなやり取りを何度か続けていた時、ふと1つの名案が頭に浮かぶ。

 そして俺は千那の方へ視線を向けると、少し小さい声で千那へ問い掛けた。


「千那。井上さんの話……どうかな?」

「井上さん……あっ!」


 俺が思いついたのは、昨日井上さんにお願いされた事。

 つまり、KARASUMAのファッションモデルをアイちゃんかビルさん、マリアさんが引き受けてくれないかというものだった。


 3人共、その容姿は申し分ない。

 そもそもビルさんに至っては俺よりも身長が高く、イケメンとくれば井上さんのお眼鏡にかなう可能性は十分。

 マリアさんも身長は千那と同じぐらいで、その容姿はスタイル抜群。

 もちろん、合意があってこその事なのだが、昨日千那共々お断りして申し訳なかった部分も含め、候補を伝える分には井上さんにとっても良い話だと思った。


「もちろん、ご本人と井上さんの返事次第ではあるけどさ?」

「だね? でもとりあえず聞くだけなら良いんじゃないかな?」

「おっ~! 何かして欲しい事があるのですね~?」


 こうして俺は、ビルさん達へKARASUMAのファッションモデルの件を話した。

 もちろん無理だと言われれば、それ以上お願いはしない。

 了承をいただいても、最終的にはKARASUMAの方が決定することになる。

 そこの部分についてちゃんと説明した上で、俺はアイちゃんとビルさん、マリアさんに向けて改めてお願いをした。


「……という事なんですけど、どうでしょう?」

「なるほど~KARASUMAの名前は聞いたことがありますね~」

「アイリスはどう?」

「アイちゃんが引き受けたら、タイヨーとティナは嬉しいんでしょ? だったらやる~!」


 おっ! アイちゃん的には問題なしか。でも、問題はご両親……


「だそうなので~引き受けさせてもらいますよ~」


 って! 判断早っ!


「えっ?」

「アイリスが良いと言っているのであれば、私達が止める理由はありません。もちろん、私達も協力するつもりです」


 それはなんともあっけないものだった。


「ほっ、本当ですか?」

「モッ、モデルさんですよ?」

「もちろん~。それに、私達は了承しただけで~モデルとして採用されるかどうかは、その井上さん次第ですしね~?」


 まだ子どものアイちゃんの返事に、てっきり慎重な姿勢を見せると思っていたのに、俺も千那もある意味拍子抜けしてしまった。

 とはいえ、3人の様子を見る限り……


「私達が乗り気でもね? ふふっ」

「アイちゃんは大丈夫だと思うけど、パパとママはどうかな?」

「なに~? まだまだイケるぞ~?」


 この家族の中ではごく当たり前の事なのだと、なんとなく納得できる気がした。


「すいません。じゃあ、俺から井上さんには連絡しますし、ビルさん達にも連絡先教えますね?」

「分かりました~。私達も青森から東京に戻って、2日は滞在する予定でしたので~調整しますね~」


 こうして、アイちゃん騒動のお礼も兼ねたお茶会は終始和やかなムードだった。

 最後に5人で写真を撮ろうと思って呼んだ店員さんが出勤直後の算用子さんだったり、状況が読み込めない挙動不審な姿が見られたりと、別の意味でも楽しかったのは言うまでもない。


 そしてつくづく、


「タイヨー、ティナ! アイちゃんにもっと近づいて~!」

「もっと!?」

「は~い! いっぱいくっついちゃうんだから」


 人との繋がりと縁というのは、大事なのだと思う1日だった。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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