131.救世主の登場
アイリスちゃんと一緒に映画館を後にすると、来る時には暗かった商業施設クロロンへ続く廊下部分に光が満ちていた。
約70分弱の映画が終わったとなれば現在の時刻もなんとなく分かるのだが、店長からの連絡を確認する為に俺はスマホへと手を伸ばす。
時刻は10時半過ぎ。そして残念ながら店長からの連絡はない。ただ、その代わりに画面に表示されていたのは千那からのメッセージだった。
【太陽君、迷子さんの件大丈夫? 2コマ目の選択講義、今日急遽休講になったんだ。だから手助けできると思う。今どこかな?】
そんな内容を読むにつれて千那は勿論千太らにも要らぬ心配をかけてしまったのではないかと、今更ながら申し訳なさがぶり返す。
やっば。とりあえず心配ないって伝えなきゃな。それに皆にも後で謝らないと……
そうと決まれば、早速返事をしなければ。俺は手早くメッセージを打ち込み始める。
【心配かけてごめん。とりあえず今は映画観終わって、このまま隣のクロロンで時間潰そうかと思ってる】
「これで送信っと。いやぁ……マジで千那には後で謝らな……」
「あっ! 居た!」
メッセージの送信ボタンを押した瞬間、耳に入ってきた誰かの声。
思わず視線を向けると、そこに居たのはまごうことなき宮原千那だった。
えっ? 千那? いやいや、メッセージ送ったのはたった今だぞ?
「ちっ、千那? どうしてここに?」
「電話でゴーストに居るって言ってたでしょ? だから行ってみたら能登さんからお出かけ中だって聞いたの。それに駅前で……って、あれ? ストメ…………ふふっ。太陽君が驚いてる理由分かっちゃった」
手に持っていたスマホに目を向けると、少し笑みを浮かべながら俺の方へと視線を戻す千那。どうやら俺の送ったメッセージが届いたのだろう。まさにしてやったりと言わんばかりの表情には何も言い返すことはできない。
「あれ? 電話でゴースト居るって言ったっけ? 大分焦ってたから覚えてないよ」
「とんでもなく早口だったもんね? 事故じゃない。迷子と遭遇してゴーストに居る。午前の講義は無理かも~って!」
言ってたのか? それにしてもピンポイントで映画館に来るなんて……
「まじか。でもよく映画館に居るって分かったな?」
「駅前で時間を潰すってなったら、ここでしょ? でも多分時間的に開いてはないし、となれば私だったら映画見て時間潰して、そのあとクロロンで色々店見て回るかな? ってね」
「いや、恐れ入ったよ」
「えっへん」
千那と合流できたのは、俺としてはとんでもなくありがたいことだった。正直このまま1対1で時間を潰せる自信はある。ただ、アイリスちゃんを楽しませられるかと言われたら答えは変ってしまう。所詮は男の思考で女の子が興味ある事なんて分かる訳がない。映画が終わってからの行動に関しては、ハッキリ言って未定のままだった。
ありがたい! 千那が居れば……ん?
千那がこちらへ近付いてくるにつれて、左手に覚えた違和感。ほんのり感じていた体温が消え、代わりに袖口を引っ張るように腕が後ろへと向かう感覚。思わず視線を落とすと、アイリスちゃんが俺の後ろへと隠れるような行動を取っていた。
俺は千那を知っているが、アイリスちゃんにとっては初めまして状態だ。警戒するのも無理はないだろう。
「あれ? その子が迷子ちゃんだね? ブロンドの髪……外国の子かな?」
「あぁ。駅にある市内の案内マップの前に居たんだ。店長と話したって事は……」
「大丈夫! バッチリ把握済み。えっと、日本語はダメっぽいよね?」
「おそらくそうだと思う」
「了解! じゃあ、まずは私の警戒心を解いてもらわないとっ」
千那はそう言うと、ゆっくりと俺の横辺りまで歩み寄ってしゃがみこんだ。その行動にアイリスちゃんは更に隠れるように横へと移動する。
どことなく、自分が最初に声を掛けた時の様子が一瞬思い出されたものの……恥ずかしながら、千那の襟元から見える谷間に思わず生唾を飲み込む。
やっぱデカ……って! 馬鹿野郎何見てんだ! ごほん。とっ、とりあえず千那は怪しい人じゃないって知ってもらわないとな。
「アイリスちゃん? この人は怖くないよ? 知り合いなんだ」
「知り……合い?」
「そうだよ? ねっ? 千那?」
「そうだよ~? 初めまして。私は千那と言います。太陽君とは知り合いで、さっきパンケーキを作ってくれた能登店長さんとも知り合いなんだよ?」
笑顔で優しく問いかける千那。その英語の発音に、自分の英語力のレベルの低さを痛感してしまう。
うおっ。千那は総じて頭が良いのは知ってたけど、英語の発音もすげぇ……
「そう……なの……?」
「うん。もし良かったらお名前教えてくれるかな? 私、君と仲良くしたいんだ~」
「アイ……リス……」
「アイリスちゃんっていうの? 可愛い名前だ~! 私の事は千那って呼んでね?」
ゆっくりと、優しく声を掛ける千那。そんな姿に徐々に警戒心が薄れていくのが分かる。その表情なのか雰囲気なのか、俺とのファーストコンタクトとは明らかに違うアイリスちゃんの様子に、少しばかり妬ける部分もあった。ただそんなことよりも、明らかに少女の扱いに慣れている千那の凄さに感心せざるを得ない。
「チ……ナ……ティナ……ティナ……チ……ティナ……うぅ……上手く言えない……」
あっ……発音的に難しいのか? なかなか手間取ってる感じだ。あまりの言えなさにテンション下がらないと良いけど……
「全然ティナで大丈夫だよ? なんか愛称みたいで可愛い~!」
「本当?」
「うんうん。もう1回呼んでみて?」
「ティナ……」
「キャー、可愛い! ありがとう~!」
感嘆の声を上げながら、アイリスちゃんの頭を優しく撫でる千那。その行動に最初は驚いていたものの、満面の笑みを浮かべるアイリスちゃん。正直、この短時間のやり取りでここまで距離を縮められるなんて想像以上だ。
「えっへへ……ティナ……」
「は~い。あっ! じゃあさ? お友達になった記念に、アイリスちゃんの愛称も考えちゃお」
はい? アイリスちゃんの!?
「アイリスも?」
「そうそう! アイリスちゃんだから……アイちゃんはどうかな?」
「アイちゃん?」
「そう! アイちゃん! 凄くキュートで可愛いよ? ねっ、太陽君?」
「タイヨー?」
急にきた!
なんとも息ぴったりに、俺の方を見上げる2人。その行動に否定的な言葉なんて言える勇気はない。そもそもアイリスちゃんが笑顔の時点で、俺の返事は決まっていた。
「うん。可愛いよ? アイちゃん?」
「うわぁ~。アイちゃん。私アイちゃんね? えっへへ」
「ふふっ。喜んでくれて嬉しいよ~」
「ありがとう! ティナ!」
千那の愛称作戦がよほど嬉しかったのか、俺と居た時以上の笑顔を見せるアイリス……いやアイちゃん。しかも、どういう訳かお礼と同時に千那へ抱き着くという行動まで見せていた。まさに小さな女神と大きな女神、2人の女神が戯れる光景は、神々しさを感じる程に輝いて見えた。
「キャー可愛い~! じゃあアイちゃん? 時間まで、太陽君と一緒に遊んでもいいかな?」
「うん! いいよ!」
「ありがとう~どこ行こうか?」
今まで千那の独特な雰囲気は感じていた。初対面でもすぐに打ち解けられるのは天性のものなのか、昔から宿泊客へ接してきたから身に付いたものなのか、それは良く分からない。
ただ、ここまで来ると……もはや恐ろしくも感じてしまう。
そして、ふと頭に浮かんでしまった。
『あっ、そういえば千那ちゃん? 考えてくれた? 映画出演の話!』
沢山のフラッシュに照らされて笑顔を見せる千那の姿を。
贔屓目なしに千那は綺麗だ。そして人を惹きつける魅力はもちろん、その雰囲気は目の前で何度も目にして感じてきた。もしかすれば……
「太陽君?」
「えっ? あぁ、ごめんごめん!」
「アイちゃん、色々とお店見てみたいって」
「そっか! じゃあクロロンの中見て回るか?」
って、何考えてんだよ。今はアイちゃんを楽しませるのが先決だっての。
「アイちゃん? 太陽君良いって! 一緒に見て回ろう?」
「やったぁ! いっぱい見てみたい~!」
少し飛び跳ねながら、千那と一緒にハイタッチするアイちゃんの姿を目にし、改めて千那が来てくれて良かったとしみじみ感じた。
…………あれ? アイちゃん、なんか俺と居る時より圧倒的に会話してない?
「太陽君? 行こう~?」
「タイヨー早くー!」
えっと、まぁ……いいか。
「はいよ~」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




