129.店長の妙案
≪そういう訳だから、心配掛けてごめん!≫
話を終えると、俺はゆっくりとスマホをテーブルに置いた。
電話の相手は千那だったのだが、なんともまぁ時間は講義の1分前。開始前という事と、開口一番に心配をされた事に申し訳なさを感じる。
しかも時間も時間という事もあって、かなり端的に説明するしかなかった。事故ではないから安心して欲しい。ちょっと迷子と遭遇して、今ゴーストに居る。おそらく午前中の講義は無理かもしれない。
言うだけ言って電話を切ってしまった行動にも、やってしまった感が否めない。
とはいえ、最低限の生存報告は出来たと考え、隣のアイリスちゃんへと視線を向ける。
相も変わらず美味しそうに頬張る仕草に、しょうがないかと思ってしまった。
あとでちゃんと千那に説明して、お礼の1つでもしないとな。
「連絡は大丈夫か?」
「はい。とりあえず千那には伝えました。かなり端的ですけど……」
「まっ、講義を1回くらいサボっても罰は当たらんだろ」
「はは」
今年に入りさくら祭りの場所取りの時と合わせて3~4度目のサボりだという事は言えずに、とりあえず笑ってごまかす。店長経由で姉達に伝わらないとも限らないし、あえて口にする必要もないだろう。
「それにしても、迷子って言ってたよな? なんで黒前駅に居たのか理由は分からないのか?」
「その手の質問には答えてくれないんですよ」
実際に返事らしき反応をしたのは、名前を聞いた時とお腹がすいたかどうか。それ以外の件に関しては無反応……というより、言いたくないという反応の方が正しい気がする。
どちらにせよ本人の口から聞くのが1番だと思うのだが、パンケーキで機嫌が良くなったら言ってくれるのだろうか?
「なるほど。ちなみスマホとか連絡手段は? このくらいの子が1人で黒前に居るとなると、状況的に持っていてもおかしくはないけど」
それは確かに盲点だった!
「聞いてみます!」
「おうよ。……ん? アイリスちゃん? お代わり必要?」
そんな店長の声に、笑顔で大きく頷くアイリスちゃん。その様子に待っててと言わんばかりの表情を浮かべ、店長はキッチンへと向かって行った。
そうなると、自分のすべきことは1つ。
「あの、アイリスちゃん? スマートフォンとか携帯持ってる?」
俺の質問を聞いていたアイリスちゃんの反応は、意外にもあっさりしたものだった。
小さく頷き、隣に置いていたリュックのチャックを開けると何かを探すような素振りを見せる。そしてしばらくすると、その手にはスマートフォンが握られていた。そして迷うことなく俺に差し出す。
えっ……良いのか?
「ちょっと見てもいい?」
アイリスちゃんが頷くのを確認してから、そっと受け取った俺。おそらく電源ボタンであろう部分を押してみるも画面は真っ暗のままだ。
ん? ボタン押しても反応しない。まさか……充電切れ?
「もしかして充電切れ?」
コクリ
その予感は的中する。
充電が切れてしまえば連絡も出来ない。誰かと待ち合わせするにしても、場所を覚えていなければ意味がない。黒前の案内マップの前で立ち尽くしていた理由が分かった気がした。
そういうことか。でも、とりあえず充電して起動しないとな。ただ、あいにく充電ケーブルは持ち合わせてない。
「はいよ~お代わりだよ~」
その時、丁度良いタイミングで店長がお代わりのパンケーキを持って来てくれた。追加のパンケーキに目を輝かせているアイリスちゃんを横目に、期待を込めて聞いてみる事にする。
「店長、これアイリスちゃんが渡してくれたんですけど、充電のケーブルってあります?」
「ん? あぁやっぱ持ってたか! 充電切れとなると、どれどれ……バッチリ! 持ってくるからテーブル下のコンセント使って充電しよう」
「お願いします」
こうして無事に充電問題を解決した俺達は、電源が入るまでの間美味しそうにパンケーキを頬張るアイリスちゃんを眺めていた。
まさに微笑ましい光景なのだが……不意にとある疑問が頭に浮かぶ。
あれ? 充電が復活したらとりあえず親に連絡だよな? けど下手したら誘拐と勘違いされる可能性も……
「店長? スマホが復活したら、もちろん電話帳なりで親御さんに連絡するじゃないですか? とはいえ、一応交番に行って事情説明した方が良いですよね?」
「だな。残念だが世の中には色々な親が居る。変に文句言われない為にも、交番で待機していた方がのちのち説明しやすいかもしれない」
だよな……ん?
そんな話を店長としていた時だった。先ほどまで聞こえていたナイフとフォークの音が聞こえない事に気付く。何気なくアイリスちゃんの方へ視線を向けると、さっきまでのキラキラした眼差しは消えており、どこか心配しているような、不安そうな表情を浮かべていた。
もしかすると、店長との真面目な雰囲気を察したのか? 確かに子どもはそういうのを察しやすいと聞いた事があるぞ。
どうしたものかと店長へ視線を向ける。すると、おそらく俺と同じ事を考えているのか、少し困った表情を見せていた。
少し硬い空気になってしまったとはいえ、交番へ行く行かないは結構重要なこと。とはいえ、アイリスちゃんの不安そうな顔は、出来るならもう見たくはなかった。
「あっ、そうだ太陽。良い提案があるのだが?」
「はい?」
それは一瞬の出来事だった。アイリスちゃんの方へ少し顔を向けた途端にいつもの店長の声が聞こえる。思わず視線を向けると、なんとも不敵な笑みを浮かべて居た。
ここでバイトをしていた期間はそんなに長くはない。ただ、それでも知っている。こういう表情の時、必ずといって良いほど店長は突拍子もない事を言い出すのだと。
「ここは1つ、アイリスちゃんとデートしろ!」
「……えっ?」
「なぁ、アイリスちゃん。スマホの充電に時間がかかりそうなんだ。だからその間、この太陽お兄ちゃんが色々と遊びに連れて行ってくれるらしいぞ? どう?」
「いっ、いや、何を……って眩しっ!」
やはり飛び出した店長のトンデモ発言。しかもデートとはいったいどういう事なのか、根掘り葉掘り聞きたいところだったのだが、そんな俺の声よりも早く、隣から放たれた眩しさに目が移る。
その先に見えたのは、リンゴジュースを飲み干した時よりも、パンケーキを初めて見た時よりも、さらに目を輝かせ笑顔を見せるアイリスちゃん。
さらに追い打ちをかけるように、何度も何度も頷く姿に……もはや断る勇気はなかった。
「太陽? 良いだろ?」
いや、良いだろう? って言われても……うっ! そんな希望に満ちた目で見ないでくれよ! アイリスちゃん!
「なっ! もっ、もちろん!」
「良いってよ? アイリスちゃん。だから、いっぱい食べようね?」
そんな店長の言葉に、さっきと同じように夢中でパンケーキを食べ始めるアイリスちゃん。
元気になったのは嬉しい限りだが、交番の件はいったいどうなったのか……それを確認しない事には店長の意図が不明だ。
「店長? どういうことです?」
「私達の雰囲気察したみたいだからさ? ここは考えを変えようと思ってね?」
「考えを変える?」
「あぁ。充電が終わり次第、スマホからご両親らしき人に片っ端から連絡は取る。もちろん身分もこの場所も伝えてな? しかしながら、肝心なのは連絡が取れるまでの時間だ。そろそろゴーストも開店だし、流石に店に居てもらう訳にもいかないだろ?」
「それはそうですけど……」
「ならその間、目一杯楽しませろ。少なくともアイリスちゃんは喜ぶ。後のことは私に任せな? 逐一太陽に連絡するし、家族らと合流できるなら万々歳だ」
「ですけど、仮に誘拐犯と間違われたら?」
「そこだよ。考えてもみろ? 誘拐してる奴が身代金要求するならまだしも、身分と働いてる場所まで教えると思うか?」
いっ、言われてみれば……
「確かにそうですね……」
「だから、連絡取れ次第私は太陽に報告。太陽はアイリスちゃんが不安にならない様に、全力でデートをする。これで行こうじゃないか!」
妙に納得できる店長の話に、どこか穴がないかと必死に探す。ただ、アイリスちゃんの事を考えると、ここでジッとしているよりは気を紛らわせた方が良いのかもしれない。
そして家族との連絡は店長に一任。効率も良い気がする。
「まぁまぁ、こんな金髪美少女とデートなんて、一生に一度有るか無いかだぞ? 太陽! はっは!」
それに関しては同意見だけど……まぁ、元はと言えば駅で声を掛けた時点で俺の責任だ。だったら、出来る限りの事をしよう。
「そうですね。じゃあ、いっちょデートしてきますよ」
ひょんなことから決定したアイリスちゃんとのデート。俺は店長に出来るだけ早くご両親と連絡を取ってくれと、再三お願いするのだった。
「任せろってぇ」
…………なんだろう。全然信用できない。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




