128.これが妹萌え!?
「なんだよ~そうだったのかぁ」
満面の笑顔を見せながら、ソファーの背もたれに仰け反る能登店長。
対面に座っているとはいえ、その豪快な行動と話し方にはアイリスちゃんも驚いているだろう。座っていても離さない袖口に、力が込められるのが分かる。
ゴーストに来てから、とりあえず情緒不安定な店長に事の顛末を説明したものの、最初は全く耳に入っていないようだった。
必死に、犯罪は犯してない。
誘拐じゃない。
名前はアイリス。
迷子です。
居ないはずの希乃姉と詩乃姉に向かって土下座するの止めてください。
その点を繰り返し話すことで、ようやく意識を取り戻してくれた。
こうして入り口近くのソファに案内してもらったけれど、アイリスちゃんと対面で座るつもりだったのに、袖口を頑なに放してくれないもので結果的には隣同士に座ることになった。
まぁ、その結果が隣にアイリスちゃん、対面に能登店長……という状況な訳だ。
とりあえず、誤解が解けて良かった。
「落ち着いてくれて良かったです」
「ごめんごめん。けど、いきなり金髪美少女連れてこられたら焦るでしょ?」
その点ついては否定できない。
「それは……すいません」
「でもまぁその他色々と聞きたい事はあるけど、とりあえずなんか飲まない?」
そんな能登店長の提案に、俺はここに来た本来の目的を思い出す。
店長を落ち着かせることに精一杯で頭から抜けていたけど、ゴーストに来たのは落ち着いてアイリスちゃんと話せる場所だと思ったからだ。となれば、店長の提案は実にありがたい。
「すいません。お願いします」
「はいよ~! どれがいい? アイリスちゃん」
そう言うと、店長はメニューを広げ、アイリスちゃんの目の前に移動させる。そして笑顔を見せながらドリンクメニューを指さした。
ここゴーストのメニュー表の良い所は、日本語の下に英語表記もあることだ。なんでも春の一大イベントである黒前桜まつりに来る外国人観光客が増えたことで、数年前からメニュー表を一新したらしい。
もちろんドリンクメニューも同じで、アイリスちゃんにも理解はできるはず。指先に書かれたドリンクメニューをゆっくり目で追っているのが何よりの証拠だ。
一通り目を通したのか、今度は俺の顔に視線を向けるアイリスちゃん。その表情は「選んでいいの?」と問いかけているような気がした。
俺がゆっくり頷くと、少しだけ笑顔を見せたアイリスちゃんが指さしたのはリンゴジュースだった。
「おっけ~リンゴジュースね?」
「俺はブレンドコーヒーお願いします。ちゃんとお金は払いますんで」
「おっ? じゃあ私もブレンド飲もうかな? 太陽のおごりで」
「えっ? 俺のですか?」
「なに~? 時間外にお店開けてあげたんですけど?」
「うっ……分かりました! ぜひ奢らせてください!」
「ありがとさんっ!」
なんてどこか懐かしいやり取りを交えながら、店長は厨房の方へと向かって行った。
とりあえず、これで落ち着けるか? なんて考えながら、ふとアイリスちゃんに目を向けると、少し背伸びをしながらしきりに店長と俺を交互に見ていた。
さっきのやり取りを不思議に思ったのだろうか? いや、そもそも能登店長が誰なのかを説明してないし、説明をしなければ???状態にもなるはずだ。俺はアイリスちゃんに向かって話し掛ける。
「アイリスちゃん。あの人は店長……この店で1番偉い人なんだ。変わった人だと思ったかもしれないけど、信頼できる人だから安心して?」
その言葉に1つ頷くと、テーブルに向かい姿勢を正すアイリスちゃん。どうやら疑問が解決したようで何よりだ。
そんなやり取りも束の間、あっという間に用意を終えた店長が、飲み物をお盆に乗せてやって来た。
相変わらずの提供の速さに感心していると、
「ちょい太陽? さっきなんか私のこと言ってなかった?」
店長から思わぬ言葉が飛び出した。
さっき? えっと、言っていないと言えば噓になるな。でも本当のこと言ったら面倒くさくなりそうだし、黙っておこう。
「えっ? 何のことですか?」
「ほほう? シラを切る気かね?」
だってさっきの話聞いたら、店長色々と……
「こう見えて、私もちょっとは英語分かるんだよね? いいかいアイリスちゃん? 私は真面目な店長だよ? 超真面目な店長なんだ。そして、ようこそゴーストへ」
その瞬間、流暢な英語を話し出す店長。まさかとは思ったものの、あの会話まで聞こえていたことに驚きを隠せない。
しかもアイリスちゃんには笑顔でリンゴジュースを。俺には目の笑っていない笑みにシフトチェンジし、ブレンドコーヒーを雑に提供。そんな姿に……やっちまった感が否めない。
やばい。完全に店長を甘く見ていた。ともかく、ここは何とか機嫌を治してもらうことが先決だ。
「いやぁ……そう言えば店長? 他に何か要りませんかね? 奢っちゃいますよ?」
「ほほう。まぁいいよ。色々話しながら、都度必要なら頼もうかな? いいでしょ?」
「はっ、はい!」
アイリスちゃんを目の前に、不毛なやり取りはご法度だと感じた俺の提案に、店長が乗ってくれたことで……その場はことなきを得た。なにはともあれ、とりあえず飲み物を飲んで落ち着こう。話を聞くのはそれからだ。
「アイ……」
「アイリスちゃん? 飲んで飲んで?」
飲み物を前にしていたアイリスちゃんへ言葉を掛けようとした時だった、被せるように聞こえてきたのは店長の声。
いやいや、さっきまでの反応を見てたでしょ? なんて一抹の不安がよぎったものの、当のアイリスちゃんの反応は意外なもので、ゆっくり頷くとストローを口にしていた。
さっきの説明が功を奏したのか、店長もまた英語を話せることに安心したのか……どちらにせよ驚きよりも、少しは安心できたのだと嬉しく感じる。
いや、それにしてもやけに美味しそうに飲むな。
「おぉ、アイリスちゃん良い飲みっぷり」
「お腹もすいてたみたいですけど、喉も相当乾いてたんでしょうね?」
あれ? なんか目見開いてない?
「そうかぁ。だとしても、こんなにおいしそうに飲んでもらえるなんてね?」
「ですね」
あの? もう半分なくなるぞ? このコップって350mlくらいだったはずなんだけど……
「えっと……太陽?」
「……はい?」
まてまて、呼吸してるか!?
「アッ、アイリスちゃん、大丈夫……」
「ちょ、アイリ……」
「ぷはぁぁぁ」
それは何とも眩しいものだった。
一心不乱にリンゴジュースを飲み、そのあまりの光景に俺も店長も不安になっていた。そしてやっと顔を上げたかと思うと、その目はキラキラと輝き、その表情は見たことがないくらいに笑顔で溢れていた。
うおっ! 眩しい!
その眩しさに、思わず目を手で隠す俺と店長。
そこまで喉が……なんて一瞬感じたものの、
「美味しい?」
俺の声に大きく頷くアイリスちゃんの嬉しそうな姿を目にすると、どうでも良く思ってしまった。
なんか、やっと笑顔見れた気がするな。
「いっ、良い飲みっぷりですね」
「まぁ、うちのリンゴジュースは青森県産100%だからね? 味には自信あったけど……想像以上の反応で嬉しい限りだよ」
流石りんごの名産地。てか、この様子だとおかわりも欲しそうだ。
「アイリスちゃん。おかわりは?」
目をキラキラさせて、大きく頷くアイリスちゃん。その姿は何と言うか愛くるしいの言葉以外思い浮かばない。そして俺と同じ気持ちなのか、不意に目が合った店長と……シンクロするかのように頷き合っていた。
なっ、なんという眩しさ。いや、おかわりは勿論だけど、そうだお腹減ってたんじゃないか。朝の時間帯にこの年頃の女の子が好きそうなもの……はっ!
「店長!?」
もはや歯止めが利かない様子で、一目散におかわりを持ってこようと動き出す店長を呼び止め、俺はある食べ物を追加でお願いする。
「ゴースト特製パンケーキをお願いします」
「任せとけ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はい! お待たせ~!」
注文から数分。良い匂いと共にテーブルに置かれたのは、ゴースト特製のパンケーキだった。
直径14センチ、厚さ3センチのふわふわパンケーキが2枚。女性客はもちろん、甘味を求める男性にも人気のメニューだ。
ただ、店長がパンケーキを作っている間に、アイリスちゃんはおかわりのリンゴジュースを飲み干して、現在3杯目の半分。流石に本人の望むがままにやりすぎたかと思っていたものの……
「ワァァ……」
その心配はどうやらなさそうだ。
リンゴジュースと同じくらいの表情を見せるアイリスちゃん。ただ、目の前に置かれたパンケーキは俺の知るものとは違っている。
あれ? トッピングは?
本来のパンケーキには、各種フルーツと生クリームにアイスが付け合わせで乗っている。あとはお好みでメープルシロップを掛けるはずなのだが、目の前にはパンケーキのみ。もちろん美味しそうではあるけれど、どうしたんだ?
そんな面持ちで、店長の方へと視線を向ける。するとどうだろう、俺の疑問に答えるかのようにニヤリと笑うと一旦厨房の方へと戻り、お盆を携えて戻って来た。
そして、これでもかとばかりに……トッピングを置いていく。
ボールに入ったフルーツカクテル。
ホイップクリームのチューブ。
容器そのままのバニラ・チョコ・ストロベリーといった3種類のアイス。
チョコレートソースとチョコスプレー。
とどめのメープルシロップ。
その圧巻の光景には、流石の俺も圧倒される。
そして、ハッ! っと気が付く。もしや気を利かせてかけ放題、盛り放題なのでは? そしてその料金は!?
「あの、店長?」
「どうした~太陽?」
「これって……」
「別にお前のおごりだろ? トッピングし放題でも問題ないでしょ」
やっぱりかぁ!!
くそっ、いくらなんでも税込み700円のパンケーキがいくらになるんだ? 考えただけでぞっと……ん?
「アイリスちゃん? 好きなだけトッピングして?」
ぐはっ!
それはあまりの眩しさだった。店長の言葉を聞いた瞬間、アイリスちゃんから発せられたのは、さっきの眩しさを上回るもの。まさに直射日光を全身に浴びるかの様な眩しさが俺を襲う。
キラキラした目。赤く染まる頬。大きく開いた口。
そんな状況でアイリスちゃんは、確認するかのように俺を見つめてくる。
嬉しいの最上級かのような姿を目の当たりにした瞬間、自分の懐事情なんてどうでも良く感じてしまった。
それに、そんな表情で見つめられてダメだと言える訳がない。
「良いよ? アイリスちゃん」
俺の言葉に、大きく頷くアイリスちゃん。
なぜだろう。
その姿に心がとんでもなく……温かくなるような気がした。
「ふふっ……あれ? そう言えば太陽?」
「はい?」
「講義は?」
…………あっ。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




