127.青い瞳とブロンドヘアー
その眼差しはとんでもない破壊力だった。
ただでさえ大きな目と青い瞳に、トドメの上目遣い。これを目の前にして、立ち去ることが出来る人は存在するのだろうか。
良心が訴えている。ここで手を貸さなければ男じゃないと。
俺は体の向きをゆっくりと戻すと、目線に合わせてしゃがみ込む。その行動に女の子も安心したのか、袖口から手を放して俺の顔をじっと見ていた。しかしながら不安そうな表情は変わらない。
どうして引き留めたのかは分からない。ただ、なにかしら伝えたいことがあるはず。それを聞き出すためには、ある程度会話のキャッチボールが必要だと思った。
えっと、英語は理解できてた見たいだから……普通に話しても大丈夫か? 一般的な会話だったら、何とかいけそうだ。
「こんにちは。僕の名前は太陽。君の名前は?」
明るい表情でゆっくりと話し掛けると、女の子の表情が少し和らいだ気がした。
しかしながら、その目は俺をじっと観察しているような……そんな風にも見える。怪しいのは重々承知。けど、挨拶と自己紹介から始めなければ会話なんて無理だ。
「アイ……リス……」
おぉ! しゃべった!
その声はか細く小さい。けど、声を聞けたことと名前を知れたことは大きな一歩だった。
この調子なら、ここに居る理由や何に困っているのかを聞ければことが早い。
「アイリスちゃんか。アイリスちゃんは1人なの?」
アイリスちゃんは頷く。
自分の拙い英語も通じるものだと嬉しさを感じつつも、俺はあくまでゆっくりと話し続ける。
「どうして1人なの? お母さんやお父さんは?」
その言葉に、少しだけ表情が曇った。そしてまたもや顔が俯いてしまう。
好調な滑り出しを見せたキャッチボールは、早くも失敗してしまった。なんとか軌道修正しなければ。
「えっと、じゃあどうしてここに居るの? 誰か待ってた?」
やばい! 俯いたままなんですけど?
「えっと、どうして黒前駅に?」
名前は教えてくれたのに、両親の話になると顔を俯かせる。それに誰かを待っているのか、どうしてここに居るのか。それらの質問には答えたくないようだ。
こちらとしては、それが本題だっただけに完全に行き詰った展開となってしまった。
これはまずいな。何か話題を変えるか? 朝のこの時間帯に駅に居るってことは……
「ねぇ、アイリスちゃん? 朝ご飯食べた?」
その言葉に、アイリスちゃんが顔を横に振る。
なるほど。そこに付け込む訳じゃないけど、とにかく会話をして信用してもらわないと。
「お腹すいてない?」
その反応は、まさに期待通りのものだった。
俯いていた顔が再度俺の方を向いたかと思うと、驚いたような表情が見える。
けど、それも一瞬だった。アイリスちゃんはまた顔を俯かせると、今度は一生懸命に顔を左右に振り出す。
何とも分かりやすい反応だ。
お腹はすいているけど、それを必死に隠そうとしている。
まぁ何処の誰か分からない人に、そんなこと聞かれても普通ならこう答えるはず。けど、目の前の女の子が空腹だと分かっていて、無視できる訳がない。
なんとかできないものか。とりあえず、もう1回聞いてみようか。
「アイリスちゃん? 別に……」
ぐぅ~
その時だった。目の前からどこか聞き覚えのある音が聞こえてきた。それも聞き間違えることなんてない程の結構大きな音。
ん?
こちらが呆気にとられていると、アイリスちゃんが慌てた様子で顔を上げる。その表情は言っちゃ悪いけど年相応の女の子が、必死に恥ずかしさを堪えているようなものに感じた。
ただ当の本人は俺と目が合って気まずかったのか、またしても顔を俯かせてしまう。ただ、その音の大きさに相当な空腹であることは間違いない気がする。
ここまで大きな音ということは、相当だぞ? もう1回聞いてみるか。
「お腹、すいてるの?」
俺の問い掛けに、アイリスちゃんの反応はない。
あんまりしつこく聞き過ぎたかと、自分の経験不足を嘆いていると……
ぐぅ~
またもや大きなお腹の音が耳を通る。
うおっ。めちゃデカイ……
2人の間に何と言うか絶妙な間が訪れる。俺はアイリスちゃんを見つめ、アイリスちゃんは俯いたまま。
傍から見たら、良く分からない光景だと思う。ただ、その静けさにも終わりが訪れた。
コクッ
アイリスちゃんが顔を上げたかと思った瞬間、大きく頷いたのだから。
その光景にホッとしたのは言うまでもない。
「そうなんだね。分かった」
そうと決まれば、どこかご飯を食べれる場所に連れて行かなければ。俺はここ1年で培った黒前市情報をフル回転させる。
駅と隣接してる店舗はまだ空いては居ない。いや、コンビニがあったか? けどコンビニか……出来ればご飯を食べつつ少しでもアイリスちゃんと話が出来る場所の方がいい。となればカフェやファミリーレストランなんだけど、流石にこの時間はやっていない。
カフェかレストラン……カフェかレストラン……はっ!
その瞬間、俺の頭にはある場所が浮かび上がる。この時間……もしかしてあの人ならもう……
「ちょっと待っててね?」
俺はアイリスちゃんにそう呟くと、スマホを手に取ってある人へ電話を掛ける。
≪あっ、もしもし。朝早くからすいません……≫
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
駅前から徒歩数分。
俺はとある場所の入り口前に立っている。その名はカフェ&レストランゴースト。元バイト先だ。
前に店長から基本的にこの位に出勤して色々と準備をしている話は聞いていて「通学時間と同じ感覚ですね?」なんて言っていた記憶がある。
それに朝の時間帯だったら、あの3人はシフトに入っていないだろうし、そういう意味でも理にかなった場所だ。
それにしても……
俺は視線を落とし、隣に立つアイリスちゃんに目を向ける。立っているだけとはいえ、その手はなぜか俺の袖口を掴んでおり何とも言い難い状態だ。
あらかたの説明をし、いざ行こうとした瞬間に掴まれたまま……ここに至るまでずっとこの調子だ。すれ違う人の視線が痛く感じたのは勘違いだと思いたい。いや、勘違いではないか。一般男性と、その袖口を掴んで歩く金髪少女。そんな光景を見たら誰だって、何事かと思わず見てしまうだろう。やけに長く感じたゴーストまでの道のりだった。
とはいえ、ここまで来たらもう安心。落ち着いて話が出来るだろう。
「さぁ、入ろうか」
俺はアイリスちゃんにそう言うと、ゴーストの入口へ足を運ぶ。。
自動ドアが開くと、聞き覚えのあるチャイムが鳴り響き、目の前には今や懐かしい店内が広がっていた。当然と言えば当然だけど、自分がバイトしていた時と何も変わらない姿に少し安心する。
変らないな。でも、あれ? 店長はどこだ?
「はいはーい。すいませんけど、まだ営業前……って、太陽じゃんか!」
居た居た。
従業員入り口から勢い良くその姿を見せたのは、これまたお久しぶりの能登店長だった。見た限り元気そうで変わりはない気がする。
「すいません。急に電話しちゃって」
「いやいや、全くだぞ? んで事情って…………は?」
その瞬間、能登店長の表情が一気に変わる。そしてその視線は俺の隣に向けられていた。おそらくアイリスちゃんを見て驚いているんだろう。まぁ仕方がない。ちゃんと説明しなければ。
「たっ、太陽。いくら可愛いからって、やっちまいやがったな!」
はい? なに、あちゃーみたいな顔してるんですか。しかも指ささないでくださいよ?
「何言ってるんですか。これには理由がありまして……」
「なんてこった。女児誘拐とか、マジかよ……」
あの? だから、肩落とすの辞めてください?
「ですから能登店長?」
「しかもブロンド少女。外交問題にも発展しかねない」
だから、一気に真面目な顔しないでください。
「あの? 聞いてます? 今から……」
「悩みがあるなら言ってくれよぉ。太陽~」
何なんすか! 情緒不安定なんですか? 心情に変化ありすぎでしょ!
「ですからー」
「駄目だぁ。希乃さん詩乃さんに示しがつかないぃ。すいません~お二方ぁ~」
そう叫びながら、膝から崩れ落ちる能登店長。
その姿を前にし、アイリスちゃんの袖口を掴む力が強くなった気がする。
あれ? 落ち着ける場所だと思ったんだけど……
「くそっ! 私は無力だ! 先輩方の弟を守れないどころか、犯罪者にしてしまうなんて!」
選択……間違えたかな?
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




