表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/149

126.今日こそは万全?

 



 相変わらず静けさ漂うバスの中。

 俺は昨日と全く同じ席に座り、窓から差し込む朝日を浴びている。


「ふぅ……」


 思わず零れた声は、今日もまた乗り遅れずにバスへ乗車できた安心感か、想像以上の朝ご飯を平らげた事によるキツさからか。おそらく、後者の比率が高い気がする。

 思わず手を触れると、腹部の形が見なくとも分かる。

 ……あぁ、苦しい。


「太陽さん。そんなに苦しいなら、残せば良かったじゃないですか? ふふっ」


 そんな苦しみに耐えている横から、笑いを含んだ声が聞こえてくる。

 ゆっくりと視線を向けると、予想通りの顔をしている真也ちゃんが俺を見ていた。こちらとしては、思わぬ形とはいえ、ご招待された食卓。更に宮原家のご飯盛り攻勢と、極め付けは千那のあの満面の笑顔。

 それらを前に残すという選択ができるものか。そう問い詰めたい気持ちはあったものの、今は出来るだけ口を開ける動作は控えたい。俺は簡単に「無理だろ?」と吐き捨てると、その光景がよほど面白かったのか、真也ちゃんの笑顔は続くばかりだった。


 そもそも、なぜ真也ちゃんは今日もまたこのバスに乗っているのだろう。昨日の話だと、1度きりのはずだったのでは? そんな昨日の言葉を無下にしてまで俺をからかいたかったのか。

 それに前から疑問に感じていたのだが、2人になった時の俺に対する呼称が日南さんだったり太陽さんだったり、都度変わっているのはなぜだろう?

 まぁ、最初にお目見えした時の冷たい視線に比べれば、だいぶマシなのは間違いないにしろ……真也ちゃんの本性は未だに掴めてはいない。


「そういえば、やりますね? 太陽さん」

「なんかやりましたかね?」

「またまた。宮原家の事知りたいなんて言ってくれて、千那姉を動かすなんて」


 実は千那の勘違い……なんて言える訳もなく、とりあえず当たり障りのない返事を返す。


「……まぁ、予想外の展開だったけどね?」

「最初は驚きましたよ? けど千那姉がもうニッコニコでお爺ちゃんやお婆ちゃん、父さんと母さんに言うもんだから」


「ニッコニコって……漫画以外でそんな表現聞くの初めてだぞ」

「いやいや、誇張無しですよ? まぁ皆、太陽さんの事知りたがってたみたいで速攻でOKしてましたけど」


 一体俺の何が知りたいのか。その為にバイトを食卓に招き入れる宮原家の面々に唖然としながらも、千那の様子に少しだけ嬉しさを感じる。

 もしかして、その名残が今朝の食卓でも垣間見えたのだろうか? そう考えると、いつも以上にテンションが高めだった理由も頷ける。


「満場一致って……大丈夫か?」

「だから、朝も言いましたけど今更料理1人分増えたところで問題ないんです。それに朝も晩も皆食べる時間はバラバラですので、そうそう全員勢ぞろいなんて事はないんですよ」


 言われてみれば、朝も夜も宿泊者達への提供が最優先だし、巴さん達も色々動き回っている。そう考えると、意外と全員から集中砲火というタイミングはないのかもしれない。


「それ聞いたら、少し安心した」

「でもまぁ、一緒の時間になったら注意ですかね? 特にお爺ちゃんとか?」

「ははっ。気を付けるよ」


 真也ちゃんの言うお爺ちゃんとは、巌さんの事だ。威圧的とか怖いとかそういう事はないけど、突拍子もなく甘いバイト条件を言い出す場合がある為、ある意味要注意人物という認識になっている。

 俺自身のバイトに関しても、透也さんを始めとする大人組の皆さんで吟味してくれたはずだけど、最初に言われた条件は甘いも甘い。砂糖マシマシ並みの甘さだった。そもそもの時給換算だけでも結構なのに、大学までの送迎付きとかヤバいだろう。更には土日休みとか……サークルでの活動を認めてもらっているのに、それだとただの居候になってしまうところだった。

 結局今の条件にしてもらったけど……とにかくある意味でヤバい。


「そう言えば、朝ご飯どうでした?」


 なんて警戒心を再認識していると、続け様に真也ちゃんから声を掛けられる。正直現状を察してほしいものだけど、その表情は変わらず笑みを浮かべていた。

 まさに悪魔の様な微笑みに、どことなく嫌な予感が拭えない。そもそも、朝ご飯に関して言えば量は別として、味は最高の一言だ。それは素直に伝えても問題はないだろう。


「ご飯? 美味しかったよ?」

「ほうほう。最高でした?」


「最高だった」

「ほほう!」


 言葉を返すたびに、わざとらしい反応を見せる真也ちゃん。ここまでくれば、抱いていた疑念も確信に変わる。

 なんだなんだ? 何かあるのか? それともストレス発散の如く、俺をおちょくりたいだけか? 悪いけど、気の利いた答えは今出せないぞ?


「ちなみに、お味噌汁は?」

「出汁とかいい塩梅で最高だった」

「2杯は飲んでましたもんね? ふふっ」


 そりゃ千那にお代わりどう? なんて言われたら、お願いするでしょうよ。塩分過多を心配したけど、2杯目以降は流石に言われなかったけど。


「卵焼きはどうでした?」

「あれにもなんか出汁入ってるよな? ネギも入ってて抜群に美味しかった」

「結構食べてましたもんね? ふふっ」


 いや、美味しいのは美味しいんだけど、卵焼きを食べてると千那が滅茶苦茶目をキラキラさせてたんだよな。食べてるところを見るのが好きなのかと思って、結構食べちゃったよ。

 それにしても、さっきから見せてるその笑顔は何なんだ真也ちゃん?


「さっきからどうしたんだ? ニヤニヤして」

「ふふっ。晩ご飯も期待してくださいね?」

「はぁ?」


 ―――次は石白駅前、石白駅前です―――


 バスのアナウンスが聞こえると、真也ちゃんはゆっくりと立ち上がる。そして停車を確認すると、俺を見ながら口ずさむ。


「味噌汁と卵焼きは……千那姉が作ったんですよ?」

「えっ?」


 反応する間もなく、バスの先頭へ歩いて行く真也ちゃん。

 そんな背中を俺はただ見ているだけだった。そして我に返ると、心の中で大いに叫んだ。


 それをもっと先に言えよぉ!!




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 電車に揺られる事30分。どうやら俺は今日も無事に大学へ来られたらしい。

 そんな少しばかりの安心感に包まれながら、黒前駅構内を歩いていた。

 昨日と同じ光景だが、その手にはきちんと鞄を携えている。流石に2日連続だと話のネタどころか呆れられてしまうに違いない。


 ちなみに、バスで散々俺をからかい続けた真也ちゃんは、バスを降りると昨日と全く同じ素振りで淡々とした様子で、友人らと話し込みながら電車へ乗り込んでいた。そこからは車両も別々で、その姿を見る事はなかった。

 そもそも黒前駅に到着してからも、向かう出口は全く違う。黒前高校へは電車から降りてすぐの東口。黒前大学へは近くの階段を上り、別路線の入り口前を通過。さらに階段を下りた先にある西口から出るのが一般的だ。

 流石にここまでくると、お腹の膨れ具合もほぼほぼマシになっていた。階段の上り下りも苦にならないだろう。


 こうして昨日と同じように構内を進み、階段を下りて西口へ。ここまでくれば大学への道のりの約9割は終了したと思ってもいい。

 それに今日はサークルもないし、帰りはまた電車とバスを乗り継いでの帰宅。注意するなら、帰宅路だろう。あとで、帰りの電車とバスの時間再確認しておこう。


 そう思い、ポケットのスマホを手に取った時だった。黒前市の案内マップの前に立っている人影が目に入った。

 ブロンドでウェーブがかったロングヘアー。身長は小さめで、茶色のリュックを背負っている。

 東京でならまだしも、ここに関して言えば結構目立つ容姿だ。しかも、それだけじゃない。マップを指さし、分かりやすくオドオドしている姿は……明らかに何か困っている人の手本の様だった。


 ……何か困っているのか?

 いつもであれば、気には掛けるけど……率先して話し掛けにはいかない。そりゃ色々なリスクなんかもあるだろうけど、1番は通学途中だという事だ。

 周りに居る人達も同じ気持ちなんだろう。一旦視線を向けるもののその足を止める気配はない。可哀そうだけど、仕方がない。通勤通学ラッシュの構内ならなおさらで、そんな人達を責める事なんてできない。

 そしてそれは自分にも当てはまる……はず。


 しかしながら、俺はその人……いや? その子を見つけてしまった。そしてその足は止まっている。

 いやいや、誰かを待っているだけじゃ? 俺じゃなくても誰かが……けど、滅茶苦茶あたふたしてるよな?


 なんて考えていると、その子が不意にこちらに顔を向けた。そして偶然にも……目が合う。

 ぱっちりとした二重瞼の大きな目、透き通るような青い瞳。まだあどけない顔立ちは小学生くらいの歳だろうか? 

 あちらは振り返った瞬間にまさか俺なんかが居るとは思わなかったんだろう。一瞬驚いた表情を見せる。そしてその後……まるで何かを言いたそうな、何かを訴えるような表情を浮かべる。


 ん?

 ただ、そんな疑問が浮かんだ途端、その子はまた顔をマップに向けてしまった。


 普段こういうシチュエーションに遭遇したらなら、相手の意を汲んで静かに去るだろう。ただ、どこか気になるのは、女の子のあの表情だった。

 助けを求めるような、何かを訴えるような表情。勘違いだったら恥ずかしい所ではあるけど、どうしても引っかかってしまう。そして何より、オドオドしている女の子の姿が痛々しく見えてしまった。


 はぁ……目合っちゃったもんな。しかも、絶対助け求めてるよな? けど話し掛けていいものか? 自ら足を踏み入れてもいいものか?

 そんな感情が入り混じる中、俺は息を吐いて……1つの答えを出した。


 ゆっくりと足を進めると、近すぎず遠すぎない距離を保って、女の子の斜め後ろに。そしてなるべく同じ視線になるようにしゃがむと、思い切って声を掛けた。


「何か困りごと?」


 その声に驚いたのか、一瞬でこちらに顔を向ける女の子。目は大きく見開き、完全におびえた表情を見せていた。

 やっば。完全に不審者じゃないか? それにしても、完全に日本人じゃない顔だよな? もしかして日本語分からないのか?


 それならばと、俺はスマホを取り出し翻訳アプリを起動する。そうして改めてスマホに向けて話すと、その画面を女の子に見せた。

 最初はその行為にすらビクっとなっていた女の子も、画面に表示された文面と音声に警戒心も薄れたのか、徐々に表情は落ち着いたようにも見えた。


 これで伝わったかな?

 翻訳アプリでの質問が終わると、女の子は俺の顔を見つめる。反応的に伝わったとは思うものの、女の子からは何のアクションもない。

 もしかすると英語じゃない? そんな事を考えていると、女の子がとある仕草を見せた。


 顔を俯かせて、顔を左右に振る。

 その行動は世界共通だと思う。答えとしては、困っていない。

 しかしながら、先ほどからの様子に素直にそれが本心だとは思えなかった。


 やっぱり俺……というか大人の男だから警戒してるんだろうな? けど、あんなオドオドした状態で、小さい子を放置しておくわけにもいかない。とりあえず、駅員さん呼んでくるか。


 俺はそう思いゆっくりと踵を廻らすと、駅の窓口へ行こうとした。すると、不意に右腕が何かに引っ張られる感覚を覚える。

 それを確かめるように視線を向けると、そこには服の袖をつかむ女の子の姿があった。

 それも顔を見上げ、まるで某CMのワンちゃんの様に目をウルウルさせて。


 えぇ……いや、その……


 どうしましょう?




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=191455327&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ