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125.宮原家の朝

 



 住み込みのバイトを始めてから、俺の食事事情は安定している。

 栄養バランスはもちろん、朝晩に出来たて熱々を頂けるのは非常にありがたい。

 それに食べる時間帯もほとんど同じという事もあって、必然的に規則正しい生活リズムが守られていると思っていた。


「ん? 準備してないよ?」


 ついさっきまでは。


「えっ?」


 今までも、いや昨日もこの時間帯に朝ご飯は準備してもらっていた。それにも関わらずなぜなのか。バイトを始めてから初めて告げられた源さんの言葉に、戸惑いを隠せない。

 とはいえ、目の前の源さんの表情もまた、俺と同じ様に感じる。もしかして昨日、朝ご飯は要らないと言ったのだろうか? 晩ご飯を頂いた記憶を呼び覚ましても、残念ながら思い当たる節はない。

 じゃあ、透也さん達だろうか? やはり俺のバイト条件が甘すぎるとの判断で、食費は別途必要と判断したのでは?


「いや、だって千那ちゃんが……」

「ん?」

「あっ、居た居た~! 太陽君、おはよう」


 最悪の展開に悲壮感を感じていた時だった。後ろから聞こえたのは千那の声。思わず顔を向けると、にこやかに立つ姿がそこにはあった。

 いつもなら、おはよう! なんて元気に挨拶をするんだろうけど、現状とさっき源さんの口から出た千那の名前に思わず口がどもる。


「朝に呼びに行こうと思ったんだけど、太陽君もう部屋に居なくてさ。遅くなってごめんね?」

「ごめんって、なにがなんやら……」


「ふふっ。今日からご飯はここでじゃなくて、うちで食べよう?」

「うち?」


「早速、朝からどうかなって。源さんには伝えてたんだけどさ? じゃあ源さん、今日もよろしくね?」

「はいよ~」

「じゃあ、太陽君はこっちこっち」


 千那は源さんにそう告げると、俺の顔を見て手招きをする。正直理解はできていない。ただ、その笑顔と勢いに体が反応していた。


 とりあえず質問は後にして、とりあえずついて行こう。

 俺もまた源さんに一礼すると、千那の背中を追って歩き出す。厨房を出て、旅館のエントランスへ。そして更にまっすぐ進めば、そこには宮原家の母屋に繋がっている扉がある。

 前を行く千那は慣れたように扉を開けて、中へと入っていくものの……俺としては若干の戸惑いがあった。いくら良くしてくれているとはいえ、バイトと家族には線引きがある。そこに安易に踏み込んでもいいものか……


「太陽君~早く早く」

「わっ、分かった」


 そんな一抹の戸惑いを感じつつも、俺はゆっくりと敷居を跨いだ。


「お邪魔します……」


 前を歩く千那の背中越しに、朝の陽ざしが目に入る。そしてそれと同時に徐々に映し出されたのは、初めて見る千那の家だった。

 長い廊下が続き……その先には2階へと続いているだろう階段が見える。そのまま進むと、左側には玄関があり、より一層強い日差しが差し込んでいた。


 外観通りといえばそうだけど、やっぱり広いな。

 ここまで来ると最初の戸惑いより、まるで引っ越しの内見に来たかのような好奇心が勝ってしまう。


「こっちだよ?」


 とはいえ、あまりジロジロ見回すのはよろしくない。自分の自制心に感謝しつつ、俺は言われるがに部屋へと足を踏み入れる。


「どうぞー?」


 こうして千那に案内された場所は、広々とした1室だった。

 システムキッチンに大きなテーブルは、一目見ただけで宮原家の食卓なのだと理解できる。そしてそこにはすでに人影があった。


「あっ! おはようございます! 太陽さん」

「おはようございます」

「おっ、おはよう……ございます」


 真也ちゃんと透白くん……朝ご飯の最中じゃんか。

 梅干しに納豆と漬物、大皿に盛られた卵焼きに焼き魚。食卓を囲んでいる真也ちゃんと透白くんの姿は、まさに宮原家の朝食風景そのもの。より一層自分の存在が異質に感じてしまう。


「太陽君ご飯は? 普通? 大盛り?」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、響き渡るのほほんとした千那の声。良い意味マイペースというかなんというか……場の雰囲気を自分のペースに持っていくのが上手いと常々思う。


「大学の講義には頭を使うから、大盛りでしょ?」


 あの真也ちゃん? なに普通に答えてるの? その前に色々と千那に向けて聞くことがあるんじゃないかな?


「何言ってんだよ真也姉。俺でも大盛りなんだから、太陽さんは特盛りでしょ」


 おい、透白くん? 俺を何だと思ってんだ? 現役スポーツマン中学生で大盛りなんだよね? 単純に年齢が上がれば食べる量も増えるとお思いですか?


「だよね? 太陽君結構食べるからねぇ。了解!」


 ……なんなんだよ宮原家。

 一連の流れに唖然とし、ご飯をよそおうとしている千那の姿を見ていると、真也ちゃんから「座ったらどうです?」と声を掛けられる。実にありがたいお言葉だけれど、初めてお邪魔する食卓でどこに座ればいいのかなんて見当はつかない。どこの家庭にも席は決まっているものであり、その場にお邪魔するのは忍びない。

 しかし、そんな俺を察してくれたのか、透白くん曰く朝は基本的に自由に座って食べているらしく、場所はどこでもいいらしい。それならばと、入り口に近い席に座らせてもらった。


 よいしょっと。それにしても、よくこんな大きな丸テーブルが売ってあるもんだ。その大きさはもしかして特注かと思うほど立派なものだ。それに椅子を数えればちゃんと10脚置かれており、一堂に会した時の食卓はさぞ賑やかだと想像できる。


「はい、どうぞ?」

「ありがとう」


 なんて考えていると、千那がご飯と味噌汁を持ってきてくれた。出来立ての湯気はやはり食欲をそそる。

 ……ん? ご飯が見た事のない山を形成している気がする。通称漫画盛りというやつだろうか? 現実で目の当たりにするとは思いもしなかった。けど、物には限度というものが……


「食べて食べて?」


 その満面の笑顔に、ご飯を減らしてなんて言える雰囲気ではなかった。俺は覚悟を決めると、お箸を手に取ると、気合を込めて声を上げた。


「いっ、いただきます」


 挨拶代わりにお椀を手にし、一口すする。温かく丁度いい塩梅の味噌汁が喉を通り、体全体に染み渡る。まさしく日本に生まれて良かったと感じる瞬間だ。源さんの味噌汁もさることながら、この味噌汁も抜群に美味しい。


「はぁ……」


 思わず声が漏れ、そんな事をしみじみ感じていた時だった。何やら多方向から視線を感じ、顔を上げると……ものの見事に3人が俺の方を見ていた。


 真正面には嬉しそうな顔。左側にはニヤニヤしている顔。右側は真顔。

 一斉に注目されることとは無縁な俺にとって、なんとも耐え難い恥ずかしさに襲われる。

 この状況に悠々とご飯を食べれる気がしない。なんとか打破しなければ。そんな思考を巡らせた末に、俺はとある疑問を千那にぶつけた。


「あの千那? 今更なんだけど、俺ここで朝ごはん食べていいの?」

「うん? もちろんだよ!」


「けど、どうして急に……」

「だって昨日、太陽君言ったじゃない?」


「俺が?」

「そうそう。宮原家の事知りたいって」


 ん?

 千那が言ったというなら、俺は確かに言ったのだろう。そして昨日、そういう話をしていたとなると、帰宅中の車内しか思い当たらない。ただ出来る限り思い出しても、自分がそういった事を口にした記憶はない。


 確かに千那の事を知りたいと口にはしたけど、宮原家とは一言も……いや、待てよ? もしかして勘違いでは?


 俺としては、言葉そのままに千那個人の事を知りたいという意味で話したつもりだった。ただ、その後の宮原家の話が結構盛り上がったのは事実で……千那としては、千那の事=宮原家の事という捉え方をしたんじゃ? いや、流石に…………有り得るかもしれない。


「ふふっ。こうやって皆とご飯食べたら、色々と話しやすいでしょ?」


 はい。確定だ。

 とんでもない勘違いに、それなりの勇気をもって言葉にした自分が恥ずかしく思える。とはいえ、目の前の千那は満面の笑みでこちらを眺めながら、卵焼きを頬張っていた。そんな普通の食事風景さえ可愛く見えてしまう子の前で、その勘違いを訂正するなんて到底無理な話だ。結局俺は、ぎこちない笑顔で感謝を伝えた。


「そっ、そうだった。いやぁ、ありがとう」


 にしても、千那は良いとして本当に巌さんや巴さんが許可してくれたのか?


「でも、本当にいいのか? 俺バイトだぞ? なのに宮原家の面々と一緒にご飯なんて……」

「その点については、お父さん達からも昨日了承済みだよ? 逆に皆、太陽君の話聞きたいから大歓迎だって」

「それに今更1人分料理が増えたところで、負担が増える訳じゃないですから」

「まぁ、昨日いきなり千那姉が言い出した時はビックリしたっすよ? 俺としては太陽さんと話せるんで全然オッケーっす」


 いや、誰か1人くらいは反対してもいいんじゃないか? そもそも真也ちゃん? 1番そういう事言いそうなあなたまで、なんで肯定してるんだよ。料理の量の問題じゃ無くね? 


「という訳で、食べて食べて~!」


 目の前の宮原家の面々に、戸惑いを感じつつも……やはりこんな状況で遠慮しますなんて言葉は口にできなかった。

 透白くんは「卵焼き上手いっすよ?」なんて無邪気に話してくれ、真也ちゃんは「そこのお醤油取ってくれます?」なんて、あくまで普通に話している。千那に至っては、「太陽君? おかわりは~」なんて笑顔を見せる始末だ。ちなみにご飯は茶碗の縁まで到達さえしていない。


 4人でこんなにも明るい食卓だと、晩御飯の時間や全員が揃った時にはどんな状態なんだろうか。

 一抹の好奇心と不安を覚えながらも、俺は温かいご飯を頬張った。




次話もよろしくお願いします<(_ _)>

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