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124.もっと知りたい

 



「今日はどうだった?」


 そんな千那の声に視線を移すと、彼女はまっすぐ前を見ていた。

 人と話すときは目を見て話すのが常識とは言え、彼女のこの行為に何かしら言うつもりはない。車の運転中なら当然の事だから。


 慌ただしかった休み明けの大学。

 初めての公共交通機関を使った通学。

 鞄を忘れる失態。

 日城に関するSNSの影響。

 皆の反応が気になったサークル。

 着替えも忘れた事に気付いた恥ずかしさ。


 それらを考えると、お世辞にも良かったとは言えない。ただ、無事に大学まで来られた事や、千那達の優しさに触れられた事。サークルの面々のポジティブシンキングに安心した事を考えると、一概に悪かったとも言えない。非常に返事に困る質問だ。


 とはいえ、俺の視線に気付いたのか、返事を待っているのか、千那はチラチラとこちらに顔を向ける。

 いくら運転に慣れているとはいえ、いささか危険な行動でもある。


 さて、どうしようか? 

 今日の出来事を総評すれば、プラスマイナスゼロと言ったところだろう。いや、今のこの状況を計算していない。

 サークル終わりという事で、千那の車で宮原旅館へ。それも全く意識していなかったとはいえ助手席に乗り込んでいる。変な話、2人でドライブデートというシチュエーションに置き換えられる。

 となれば答えは1つしかない。


「最高だった」

「最高? ふふっ、それは良かった」


 そんなやり取りを皮切りに、車内での会話は盛り上がった。

 今朝の真也ちゃんとの事ではないけど、住み込みのバイトで距離が縮まったのは確か。ただ、だからと言って話が出来る時間が増えたかと言われるとそうとも言えない。

 仕事がない時は部屋に居るし、仕事中にプライベートな話を出来る余裕はない。何より千那以外の人もいるし、話題を出せる雰囲気じゃなかった。

 そもそも、千那も手伝いが無ければ自分の部屋にいるだろう。いくら旅館と母屋が繋がっているとは言え、ただのバイト君が何の用もなしに宮原邸の方へ足を踏み入れられる訳がない。まさに近くて遠いと言ったところだろうか。


 だからこそ、こういう久しぶりのシチュエーションに話す話題が尽きないんだろう。

 鞄を忘れた事や、サークルの着替えを忘れた事も過ぎてしまえば良い話のネタだ。


「そういえば太陽君、千太が乗せて行くって言った時も断ってたよね? それ聞いて少し安心した」


 おそらくラウンジでの事だろう。


「安心? いや、千那と透也さんのお誘いも気持ちだけありがたく受け取ったんだぞ? 千太の提案も嬉しかったけど、俺の考えは変わらないって」

「そうだよね。うん」


 俺としては2人の申し出を断った以上、千太の話にも断るのが当然という認識での回答だった。しかしながら、なぜ安心したんだろう。それと今、少しだけ口角が上がったのは何の意味があるんだろうか?

 良く分からないけど、本人が良いなら良しとしよう。


 ……分からない?


 それはふと浮かんだ疑問だった。

 というより、思い出したと言った方が正しいのかもしれない。


 自分は千那の事を何も知らない。


 この1年の間で、家の事やら家族構成やら……好みの食べ物なんかは分かるようになった。

 けど、それだけ。休み中に知った過去の映画出演の話なんかは寝耳に水だったし、長年映画の撮影クルーが旅館に来ている事も初めて知った事だった。

 まぁ、これらに関しては容易に言えないって事でもあるんだろうけど、知った気でいた千那の知らない部分を目の当たりにした時……考えてしまう。


 好きな子の事何も知らないんじゃないか?


 思い起こせば、家族の事や好みの食べ物……その他色々、ほとんど千那が自分から伝えてくれた事だ。残りは千太や天女目、算用子さんが話題を振ってくれたから。

 ……俺は何1つ、千那について聞いたことがない。なぜ?


 その答えは簡単だった。

 自ら科した事だったから。



 女の子は信用しない。

 友達として付き合うけど、信用はしない。距離をもって接する。



 過去の経験から、同じ轍を踏まないように科した約束。踏み入れば踏み入っただけ、裏切られた時のダメージが大きい事を知っている。恐怖心と警戒心から、必要以上に詮索はしないようにしていた。

 そう思っていたのに……


 どうして知らない事に違和感を感じるんだろう。

 どうして焦りを感じるんだろう。

 どうして知りたいと思ってしまうんだろう。


 今まで散々、それで傷付いたくせに。同じ過ちを繰り返そうとしている。

 いいのか? 



 俺は女の子を信じない。友達程度に関係をキープしようと心掛ける。

 信じるべきは身内だけで十分。母親と2人の姉だけで十分。



 そのはずだった。



 もう誰かを好きになるとか、付き合うとか……考えない。



 そのつもりだったけど、好きになってしまった。

 今まで2度向き合って……3度目で諦めた。だから千那も諦めるのか?


 そう問いただされたら、答えはNOだ。


 もう1度向き合え。乗り越えろ。裏切られたらそれだけだ。いや、むしろ裏切られるな。裏切られない様に努力しろ。

 その為に……ちゃんと千那を見よう。聞こう。知ろう。


「なぁ千那?」

「うん?」


「千那の事知りたい」

「へっ!? どどっ、どうしたのいきなり?」


 思わず口から零れた言葉に、千那は驚きを隠せない様で……何度も俺の方を見ている。流石にストレートすぎる言葉だったかと思ったものの、言えるタイミングは今しかないと思った。


「ごめん、急に」

「ぜっ、全然だよ! でもなんか珍しいね? 太陽君から聞きたいって言ってくれるの」


 相変わらず、何度も俺の方へ視線を向けてくれる千那。

 最初は目を見開いていた表情が、口元に笑みが浮かぶものに変化していた。突然の変な問い掛けも、千那的には問題ないのだと感じて少し安心する。


「そう……だな。いいかな?」

「うん! もちろんだよ? 何が聞きたい? 家族構成?」


 ……いや、流石に今更過ぎないか?


「えっと、その……」

「ゴホン! では改めて……宮原家は宮原旅館やっておりましてね?」


 なんて突っ込みたいところではあったものの、当の本人の軽やかな口ぶりを目の当たりにし、止めるのは酷だと感じた。

 とりあえず、聞くだけ聞いておこう。


「ほうほう」

「それで、家族構成としては……祖父、祖母、父、母、兄、姉がいます!」


 透也さんと湯花さんか。たしか湯花さんも結婚してるんだよな。


「ちなみに同居している家族は、祖父、祖母、父、母、兄、兄嫁さん、私、姪っ子、甥っ子、もう1人姪っ子の10人です」


 改めて言われると、大家族だよな。しかも姪っ子と年が近いってのも凄いよ。

 ……ん? 姪っ子? もう1人姪っ子って言ってなかった? 真也ちゃんが姪っ子、透白くんが甥っ子。あれ、聞き間違いか?


「あれ? 千那?」

「あっ、太陽君入れたら11人だね? ごめんごめん」


 いや、そこじゃなくて。いや、軽く言ってるけど結構嬉しい……って、違う違う。


「そこはありがたいんだけど、そうじゃなくてさ? もう1人姪っ子?」

「えっ? あれ? 言ってなかったっけ? お兄ちゃんと真白さんには3人子どもがいるんだ」


 ……初耳ですけど? てか、ここ数日宮原旅館で働いてたけど、それらしき人は見当たりませんでしたが? もしかしてまだ小さい?


「そっ、そうなの? あっ、もしかしてまだ赤ちゃんとか?」

「小学校2年生だよ?」


 普通に大きい年齢!?


「小学生……」

「あっ、そっか。去年のめぶり祭りの時は風邪引いてて来れなくて、クリスマスに皆で遊びに来てくれてた時には足骨折して入院してたんだ。可愛いんだけどおっちょこちょいっていうか……でも可愛い子なんだよ?」


 ちょいまち? だったらなおさら、ここ数日の間で姿も気配も感じないのはおかしいのでは? 最初は引きこもりき質な子なのかと思ったけど、千那の話ぶりてきに違う気はする。


「そうなの? けど、住み込みのバイトの最中、その姿というか……」

「そうそう! 今ね? 本人の強い希望で、4月から3ヵ月間短期のホームステイ行ってるんだ」


 まてまてぇ~! 何それ? 小学2年でホームステイ? 行きたいっていう子も凄ければ、行かせる宮原家も凄いんですけど? 


「ちなみに、名前は宮原花那(かな)だよ? 帰ってきたら紹介するね」

「お願いするよ」


 なんだ? どの口が家族構成については知ってるなんて言ってたんだよ。全然知らない事だらけじゃないか。


「は~い」

「いや、びっくりした」

「そう? ふふっ」


 やっぱり、俺は全然千那の事を知らない。

 だからこそ知りたい。


 これからゆっくりでもいいから……ちゃんと千那と向き合いたい。

 そう思えた、休み明けの大学初日だった。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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