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123.澄川燈子と一之瀬瑠奈

 



「はい、どうぞ~」


 そんな言葉と一緒に、目の前のテーブルに置かれるコーヒー。

 とりあえず私は、


「あっ、ありがとうございます」


 当たり障りのない言葉を口にする。

 そもそもここはどこなのか、あのコーヒーを運んでくれた人は誰なのか。

 答えは目の前に座る、一之瀬さんしか分からない。


 公園のベンチで落ち着きを見せた一之瀬さんが発した、


『ごめん。場所変えていい?』


 その言葉に、私は迷いなく了承した。


 それから後を追うようにして、辿り着いた場所は京南大学病院。休みで休診中のはずなのに、一之瀬さんは勝手知ったる他人の家かの様に受付をスルーするもんだから内心ドキドキした。

 まぁ受付の人からは何の反応もなかったから良いんだとは思うけど、どんどん進んでエレベーターに乗り込み……到着したのがこの部屋だ。


 公園での一言から一之瀬さんは何も話さないし、やっと口を開いてくれたかと思ったら、


『入って?』


 その一言。

 言われるがままに入ると、一之瀬さんはさっきのコーヒーを運んでくれた人と話して……ここに案内されたわけだ。


 やばい。色々と分からない。

 まずここは? 大学病院の中という事は分かってるけど……この部屋は? 

 そもそも、一之瀬さんは来慣れた感じだったけど、あの女の人と知り合い?


 なんて考えていると、不意に一之瀬さんが口を開いた。


「えっと、ごめん。落ち着いて話せる場所の方がいいと思って」

「あっ、うん。でもここって……」


「ここは京南大学病院。それで、私がお世話になっている高梨先生の部屋」

「おっ、お世話?」


 なんで病院のお世話に? 高梨先生って……


「初めましてー? 高梨凛といいます」

「はっ、初めまして。澄川燈子と言います」


 先ほどコーヒーを持ってきてくれた女の人はそう言うと、今度は一之瀬さんの前へとコーヒーカップを置いた。

 今だにその先生と呼ばれる人と一之瀬さんの関係性が見えないものの……


「ありがとうございます」


 一之瀬さんが見せる表情は、どこか安心しているかのようなものだった。

 白衣を着ているから、先生は間違いない。なんだろう……大人の女性って雰囲気と顔立ちで美人さんだ。

 えっと名札にも……高梨凛って書いてる。

 ……えっ? 精神科医?


「えっと、私今精神科に通院してるの。先生は私を担当してくれてる」

「ふふっ。ここ自由に使って。じゃあ、ごゆっくりね~」

「先生ありがとー」


 そう言うと、高梨先生は部屋を後にしてしまう。

 精神科? 通院? まって……色々聞きたい事がありすぎる。とりあえず、1つ1つゆっくり聞いて行こう。


「ここなら落ち着くから。それで……話って? 澄川さん」


 澄川さん。そう呼ばれるのはいつぶりだろう。どこか懐かしくもあるけど、今の一之瀬さんの私に対する答えなんだとしみじみ感じる。

 だからこそ……ゆっくりと全部話そう。


「えっと、私こそごめん。急に来て……驚かせちゃったよね」

「あぁ……うん」

「あのそれで……」


 どうしよう。言いたい事も聞きたい事もたくさんある。色々考えて来たのに、頭こんがらがって言葉が出ないよ。


「大体分かるからいいよ」

「えっ……」

「復讐しに来たんでしょ?」


 復……讐……?


「ちっ、ちが……」

「いいって。澄川さんが来るって、あの時の事しか考えられないから。それに安心して? あれから私……それ相応の時間を過ごしたから。自業自得だけど、澄川さんが望んでた通りの学校生活だったと思うよ」


 それから一之瀬さんは、あれからの事を話してくれた。

 私はと言うと、風の噂で聞いていたとはいえ……本人の口から聞かされた生々しさも相まって、ただひたすら聞く事しか出来なかった。


 あれ以来、二木さんと三瓶さんに省かれて、中学校ではそれが顕著になった。

 最初はイジメられ、そして空気の様な存在とされて……誰とも口を利く事がなくなった。

 常に誰かに自分の事を言われているような幻聴に悩まされ、イヤホンと音楽が必需品となった。

 行事も苦痛で、修学旅行なんて行かなきゃよかったとさえ思った中学時代。


 それらのおかげで、行けるのが定時制の高校だけだった事。

 外に出るのが怖くて、昼間はずっと家に居た事。

 家族にも半分見放されて……居辛かった事。

 幸い妹と弟にはそこまで嫌われず、それが唯一の希望だった事。


「大学には合格したけど、人込みに居ると動悸と吐き気と眩暈が凄かった。薬を常用しないと無理でさ? それで今も通ってるんだ、精神科。因果応報ってやつだよね。どう? 満足した」


 乾いた笑みを見せ、私を眺める一之瀬さん。

 正直、生々しさに何とも言えない感情が押し寄せた。

 ただ、自分の本心を見失ってはいない。私は復讐に来たんじゃない。一之瀬……瑠奈ちゃんを笑いに来たんじゃない。


「正直、驚いたよ? でも、私は復讐しに来た訳でも、瑠奈ちゃんを嘲笑いに来た訳でもない」

「嘘でしょ? だったらなんで……」


「知りたかったから! 聞きたかったから!」

「えっ……」


「どうしてあの時……あんな事をしろって言ったのか。受け入れた自分が悪い。でも、どうしても聞きたかったの。その理由!」

「理由……」


 純粋に聞きたい事があったんだと。


「……きだった」

「えっ?」

「好きだったんだよ。ひっ、日南の事」


 日南君の事が好きだった? だったらどうして……


「だっ、だとしたらどうして……」

「決まってるでしょ? 澄川さんと仲良くしてたから。そうだよ、嫉妬。友達が、好きな子と仲良くしてて、嫉妬して……だから澄川さんの事もだんだん嫌いになって……冷たくしたんだ」


 一之瀬さんの言葉に、思い当たる節はある。

 仲が良かったはずなのに、小学校3年生の時から少しずつ冷たくなってきて……ある日他の子の靴を隠してと言われたのを拒否したら、そこからイジメが始まった。表面上は友達。裏ではイジメの標的。

 私と日南君が話をするようになったのも丁度その頃だった。


「澄川さんがおとなしい性格なのは知ってた。でも、いくら冷たくしても何しても、日南と仲良くなる姿見てたらイライラして……それでそれで……」


 ……そういう事か。

 なんであんな事をしたのか、それが疑問だった。

 ただ私はそれに目を向けず、瑠奈ちゃんと向き合わずに逃げた。


 自分を変えようとしても、変わったと思っても……どこか煮え切らない心。

 日南君にも言われたのは、この事だったのかもしれない。


『大体さ? 都合が良すぎるよな? 大学で再会したから謝ろう? なんだそれ? それで得するのってお前だけだよな? 俺は何の得もしない。ただ、あの時の記憶を引きずり出されて、最低最悪な気分になるだけだ』

『その顔。単純に謝って罪悪感から逃げたいって……そんな顔だな? だとしたらふざけんな。お前があれからどうなったとか、どう変わったとかなんの興味もない。自分に酔ってんだよ……罪悪感に苛まれてる自分に酔ってるだけなんだよ。そんな茶番に俺を巻き込むんじゃねぇ、やるなら1人でやってろ!』


 上辺だけで謝っていた。

 根本的な理由を知らないまま。

 だからこそ、その理由を聞きたくて……ここに来た。


 それが、こんな理由だなんて。

 今思えば、小さな理由。

 もしあの時、私が瑠奈ちゃんに理由を問いただせていたら、あんな事しなかったのかもしれない。

 瑠奈ちゃんは変わらず学校生活を送れていたのかもしれない。


 全部たらればの話。

 現実を見れば、今の今まで私は逃げていたんだ。そしてやっと今その理由を聞けたんだ。


 その時、少しだけ心のモヤモヤが軽くなった気がした。


「そっか」

「そっ、そうだよ。だから私は……」


「ありがとうね?」

「えっ?」


「全部言ってくれてありがとう。そしてごめんね」

「なっ、なんで謝るの」


「私があの時、どうしてそんな事するの? そんなの嫌。どっちかの言葉を、勇気出して言えてたら……あんな事にならなかったでしょ?」

「なっ、何言ってんの! 元々私が、そんなくだらない理由で澄川に……澄川をイジメてたのが悪いでしょっ!」


「それは……そうかも。じゃあお互い様だ」

「はっ、はぁ……?」


 だって、瑠奈ちゃん自分で言ってるじゃない。くだらない理由って。


「私もそんなくだらない話、断われば良かったんだ。でも、それは今だから言える話」

「そっ、そうだけど……」


「来て良かった。瑠奈ちゃんと話せてよかった」

「なっ、本当にその為だけに来たの?」


「うん」

「いや、その……ごめん」


「えっ」

「澄川に……謝ってなかった。今更遅いけど、なんか無意識に出ちゃった。色々と……ごめんなさい」


 視線を落とし、ゆっくりと呟く瑠奈ちゃん。

 言われてみれば、あれから……うぅん、あの冷たくなった時から久しぶりに聞く言葉だ。

 とはいえ、私なんかよりも言うべき人は居ると思うけどね。


「ありがとう。でも、本当に言わなきゃいけない人居るんじゃない?」

「言わなきゃいけない人?」


「実はね? 私今、青森にある黒前大学って所に通ってるんだ」

「青森? なんでまた」


「自分を変えたくてね? それでさ、そこで再会したんだ。日南太陽君に」

「ひっ、日南……」


 あっ、顔滅茶苦茶引きつってる。

 確かにあの後色々あったしね。


「もしかして澄川? 日南に……」

「うん。あの時の事謝りたくて声掛けたんだけど……見事に返り討ちにあいました。そりゃ、今更なんだよって感じだもんね」


「だっ、だよね……でも私、日南にもちゃんと謝ってない。てか、口も聞けずにその……卒業しちゃったから」

「今なら言えるんじゃない? 本人からしたら記憶を蘇らせるなって感じだろうけど……その怒りも憎しみも受け止めないといけないんじゃないかな」


「正直日南の顔思い出しただけで、またお漏らししちゃいそうだ…………出来るかな」

「今じゃなくても、いつか出来るようにすればいいよ。こうして私達も話せるようになったんだからさ?」


 あの時、私は逃げた。


「やっほ~? いい感じ?」

「あっ、凛さん。うん、ありがとう」

「すいません! 場所お借りして」


「全然だよ~? それで黒前大学はどんな感じ?」

「あっ、聞き耳立ててましたね? 凛さん」


「細かい事は気にしない。それで澄川さんは彼氏いるの?」

「彼氏!?」

「出た出た。独身女の辛辣調査」


 逃げて逃げて、上辺だけ変わって満足していた。


「あぁ、傷ついた! 人込みに慣れるために公園でスケッチ作戦考えてあげたのにー!」

「あぁ、だから公園でスケッチブックを」

「それがお仕事でしょう?」


 日南君が怒るのは分かる。突き放すのは当然だ。

 それでも、私はもう逃げたくない。向き合いたい。

 向けられる言葉を全部受け止めて、それでもなお……向き合っていたい。


 それが私の、私達の……


「あぁ~そういう事言うんだ」

「ちょっと、瑠奈ちゃん?」

「大丈夫だよ、これが凛さんの平常運転だから……」


 出来る事だと思うから。


「燈子?」




次話も宜しくお願い致します<(_ _)>

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