122.踏み出す
目の前に広がる景色が少し懐かしい。
ただそれと同時に、お正月に帰って来たばかりなのにこんなにも早くまた来るなんて……そんな感情が浮かび上がる。
けど、どうしても来たかった。
どうしてもやらなきゃいけない事があるから。
「よし。行こう」
私はそう呟くと、足を進める。
この1年間。私はどうしたら日南君に許してもらえるかずっと考えていた。
ただ、現実は甘くない。日南君から向けられた視線は鋭く、容赦ない。
分かってはいたけど、飲み込むだけ精一杯だった。
どうしたらいい。
あの時の自分から変わった。
だからこそ、あの時の事を謝りたい。
…………違う。すべて自分の為だ。
日南君に言われて……理解はしていた。
立花さんに言われて……現実に向き合った。
日城さんに言われて……受け入れた。
正直日城さんは怖い。ゴーストでバイトしている時も、常に見られている気がしてならない。それに日南君の高校の後輩だとはいえ、私が日南君にした事も小学校の名前も、あの3人の名前も全部知っていた。
でも、
『これ以上先輩に近付くな。関わるな。もしそれを破ったら、私はお前を絶対に許さない』
日城さんの表情は、言葉は……本気だった。
第三者から向けられた嫌悪感に、自分のした事の重大さが身に染みる。
だからこそ思い知らされた。私は何も変わっていないんだと。
自分のした事を謝って何の意味があるの?
だって私は……どうしてそんな事をしたのか。その根本に目を向けてないから。
日南君だって思ってる。ヒシヒシと伝わって来た。
外見や口だけなら何とでも言えるんだと。
謝る以前にやる事がある。
いえ、やるべき事があったでしょ? 澄川燈子。
だから、いてもたってもいられずに……帰る予定もなかったゴールデンウィークに帰って来た。バイトが休みの2日間を利用して来た。
名前と顔を思い出すだけで動悸が止まらない。
でも、会わなければ、話さなければ……自分は本当の意味で変われない。
あの三人とちゃんと話す。
そう決めてから、事前に準備はした。とは言っても、思い立ってからバイトの休みの日まで時間はなくて、情報不足は否めない。
とはいえ、家の住所は知っている。
それに同じ小学校に通ってて、あの3人と同じ中学校に行った子と連絡が取れたのは大きい。
3人については、風の噂程度の話しか分からなかった。というより、聞きたくなくて情報を遮っていた。
ただ、友達の話だと……なるべく関わらないようにしていたみたいだけど、どうやら風の噂は概ね本当らしい。
一之瀬さんはあれ以来、二木さんと三瓶さんとは疎遠になり……逆に咎められた。
中学は卒業したものの定時制の高校に。今は噂だと京南大学へ通っているらしい。
あの件から、小学校の卒業まで見られた二木さんと三瓶さんの180℃変わった対応が、中学でも続いていたと知り、少しだけ心が痛む。
けど、噂通りなら京南大学に入学出来てるはず。都内でも有名な大学だけに、勉強はちゃんとしていたのだと安心する。
二木さんと三瓶さんは、小学校時代の悪ノリを増長させて中学を卒業。そのまま……言っちゃあれだけど、底辺高校へ行ったそうだ。
まぁその後は色々とやりすぎて揃って中退。現在はどちらもキャバクラで働いているとか……
どっちにしても、今は休みだし一之瀬さんは大学には居ない。時間も昼だから、2人の働いているであろう店も営業前。
やっぱり家か……
「よし行こう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ……」
さっきから、どれ程ため息をついただろう。三瓶さんの家を後にした私の足取りは重かった。
まさか3人中、2人に会えない可能性があるとは。
始めに三瓶さんの家に行くと、出てきたのは三瓶さんお母さん。突然の訪問にも小学校の同級生で、久しぶりに帰省したので……なんて話したら優しく対応してくれた。
当の本人はというと、高校中退後に家を出て行ってから、たまにお金をせびりに来るだけらしい。もちろん住んでいる場所は分からない。知っている携帯の連絡先も全く繋がらず、いい迷惑なんだそうだ。
勤め先も常に変わっているらしくて、私が知っていた勤務先は3年前のお店。三瓶さんの性格上、おそらくもう違う場所で勤めているんじゃないか? だそうだ。
色々とお話をしてくれただけで嬉しかったけど、思いがけない事も分かった。それは何気なく聞いた二木さんの事。
三瓶さんのお母さんは、2人が仲が良かったのはもちろん知っていた。ただ、近況について口から出たのは……信じられない言葉。
とある男性を刺して逮捕。
付き合っていた男性に裏切られての行動だったらしく、今もなお身柄は……との事だった。
ちなみに一之瀬さんについては、小学校の時に仲が良かったのは知っていたけど、めっきり疎遠になって今はどうしているか分からないらしい。
こうしてお礼をして、今に至る訳だけど……二木さんについては無理。三瓶さんについても勤務先が不透明。とりあえず、3年前に勤めてた所に行くしかないか。
「……じゃあ、残るは一之瀬さん。とりあえず行ってみよう」
重い足を引きずりながら、ゆっくりとその歩みを進める。そしてしばらくすると、ついに一之瀬さんの家へと到着した。
表札に描かれた一之瀬の文字。……間違いない。
私は1つ息を吐くと、チャイムを押した。
「は~い」
インターホン越しに女の人の声が聞こえる。
「すいません。私、澄川燈子と言います。一之瀬瑠奈さんいらっしゃいますか?」
「えっ? 失礼ですけど姉とはどういった関係で?」
あっ、妹さんだ。確か妹と弟が居るって言ってたっけ。
でもどうしよう。三瓶さんのお母さんは小学校の同級生って事で快く話をしてくれたけど、妹さんとなると……そうだ、成人式の話題でどうだろう?
「小学校の同級生でして、成人式の関係で連絡取りたいと思いまして」
3人の事を聞いた子曰く、実際にそういう話は出てるみたいだし……あながち嘘じゃないよね。
「あぁなるほど。姉だったら、今公園に行ってます。河川敷沿いの公園です」
「そうなんですね? 行ってみますね。ありがとうございます」
「いえいえ」
公園? 正直一之瀬さんのイメージには合わないフレーズのように思えるけど、とりあえず会えるだマシだよね。
それに河川敷の公園は、近くで知る限り1カ所。
……行こう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
休みという事もあって、公園は家族連れで賑わっていた。
そんな光景を微笑ましく思いながらも、私は一之瀬さんの姿をゆっくりと探す。
それなりに大きな公園だけど、ベンチや東屋の位置は一直線に並んでる。居るとしたらそこ……あっ。
見下ろすように、ベンチ周辺を見ている時だった。1人座り、何かを書いている女の人の後ろ姿が目に映った。その長い髪は1つ結いで、手に持つのはスケッチブックだろうか。
昔の一之瀬さんからは想像できない。けど、思い当たるのはその人だけ。
私はゆっくりと階段を下りながら、その人へと近づいた。
誰かと居るなら、妹さんは友達と公園に行ってると言うはず。そう言わなかったという事は、1人の可能性が高い。だとしたら、この人しかいない。間違っていたらすいませんで済む。
『ねぇ燈子? あんた日南の事好きなの?』
『気になっただけだって、随分仲良さそうじゃん』
『んで? どうなの? 好きなの嫌いなの?』
行け……
『そっか。じゃあ燈子は好きじゃない。でも話し掛けられる。……つまり迷惑なんだよね?』
『そうなんだよねぇ? そういう事だよね? そういう意味だよね? ねっ? 2人もそう思うでしょ?』
『マジで言ったよ! こいつ!』
行け……
『こういう事。なんかいつも話し掛けられて、嫌だったんだってぇ』
燈子。
「すっ、すいません」
ベンチに座る一之瀬さんらしき人の後ろに来た私は、静かに声を掛けた。
一瞬ビクっとした姿に、声の大きさがマズかったかと思ったものの、その人はゆっくりとこちらを振り返る。
その顔を見た瞬間、私は確信した。一之瀬さんだと。
化粧は全然していない。ほぼノーメークに近いとは思う。ただ、小学校時代からの整った顔は忘れる訳がない。むしろ今の自然な姿の方が綺麗だと感じる。
「だっ、誰ですか?」
顔をマジマジと見ていた事に不信感を抱いたのか、怪しむような表情を浮かべる一ノ瀬さん。
そんな彼女に私は思い切って……名前を告げる。
「あの……覚えてますか? 澄川です。澄川燈子です」
「澄……川……」
「小学校で一緒だった。澄川燈子です」
「えっ……あっ……あぁぁ……」
えっ?
それは思いがけない反応だった。名前を告げれば記憶にないと言われるか、罵声でも浴びるかと思っていた。でも目の前の一之瀬さんは、名前を聞いた瞬間に驚いた表情を浮かべると、言葉にならない声を出し始めた。
「あの一之……」
「はっ、はっ、はぁぁ…………ごめんなさいごめなさいごめんなさい……」
すると今度は頭を抱え俯き、何度も何度も謝り続ける。
「一之瀬さん」
「あっ、私が悪い私が悪い。何も言わないし関わらないから許して許して……」
髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱し、謝罪をするかの様ベンチに座って頭を下げる光景は異常だった。
どうしていいのか分からない。けど、見れば見るほど一之瀬さんの行動に……妙な既視感を覚える。
あれ? なんで? なんで……?
『ごめんなさい』
『ごめんなさい! 日南君!』
あぁ……これは私もした事だ。
何度も何度もした事だ。
同じ様に一之瀬さんも……
そう思うと、私はベンチの前へ向かい……隣に座った。
ガクガクと震える体を目にすると、ますます一之瀬さんの今の状態が分かる気がする。
だからこそ私は……自分が出来る事をしようと思った。
一之瀬さんの両手をそっと握ると、手の震えが止まる。
冷たさを感じる皮膚に温かさが戻った。
それを確認すると、私は一之瀬さんの方を見てゆっくりと話し掛ける。
「一之瀬さん? 落ち着いて?」
ゆっくりと一之瀬さんが顔を上げた。涙で滲んだ顔は、まだ不安そうなものだった。
「私ね? ただお話がしたくて来たんだ。本当は、あの時もすぐに2人で出来ればよかったんだけど……ごめんね?」
「……えっ?」
「2人でお話ししたいの。一之……ううん」
それは久しぶりに……あの日以来口にする……
「瑠奈ちゃん」
名前だった。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




