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119.ツンデレ・デレツン?

 



 今だ肌寒さを感じる朝方。

 勝手口の扉を閉めると、生い茂る竹の間から差し込む朝日に照らされる。

 見慣れた本館の玄関とは違って、その静かさは……いつもと違う場所に居ると再認識させた。


 休み中ならまだ身支度の最中か、配膳の手伝いをしていただけに、外に居る事に少しだけ違和感を感じる。

 っと、いけない。大学モードに戻さないと。


「それじゃあ、行ってきます」


 俺はそう呟くと、ゆっくりと歩き始める。

 宮原旅館では従業員専用の勝手口が本館の裏手に存在する。そこへ向かう為には、宮原邸の後ろを通過する必要があった。つまり逆もしかり。


 今日は1コマ目からの講義だけど、車で行く予定の千那はまだ余裕な時間。これもまた公共交通機関での通学の辛さだろう。


「あっ、太陽君! おはよう!」


 なんて考えていると、上の方から名前を呼ばれた。

 思わず見上げた先には、2階の窓から見下ろす千那の姿。上半身だけとはいえ、部屋着姿もやはり可愛い。


「おはよう。千那」

「もう行くの?」


「あぁ、逆算したらこの時間のバスじゃないと1コマ目間に合わないんだ」

「そっか。やっぱりのっ……ううん。気をつけてね?」


「はいよ。じゃあ大学で」

「うん!」


 何か言い掛けていたような気がしたけど、まぁいいや。俺としては千那の部屋の位置が分かっただけでも儲けもの。早起きは三文の徳とはまさにこの事だ。


「……朝から顔が気持ち悪いですよ?」

「うおっ」


 完全に油断していた俺の前に、ひょっこり人影が現れた。

 その呆れたような声は、もはや聞き馴染みがありすぎる。


「さて、行きますよ?」


 制服に身を包んだ真也ちゃんが、想像通りの表情を浮かばせていた。

 こちらとしては無防備な姿を見られた恥ずかしさというものがあるんだけど……ん? 行きますよ?


「行くってどこに?」

「バス停に決まってるじゃないですか」

「おっ、おう……ん?」


 軽く言葉を残し、そそくさと歩いていく真也ちゃん。

 なんで真也ちゃんが? そしてバス停? 頭の中には色々と疑問が浮かんでいるものの、俺は反射的にその後について行っていた。


 そんなのお構いなしに、スタスタと大きな門を抜け、道路沿いに歩いていく真也ちゃん。

 その後に続きしばらく歩くと、目的のバス停が見えてくる。意外と近いのはありがたい。


 こうして何とか第一関門を突破……とは言え、やはり隣に立っている真也ちゃんには違和感を覚える。

 そもそも真也ちゃん、通学の時は駅まで車じゃないっけ? 


「ふぅ。すいません」


 ん?


「久しぶりなので間に合わないかと思って内心冷や冷やしてました。まぁ、間に合って良かったです」


 少し息を吐いた真也ちゃんはゆっくりこちらに顔を向けると、どこか安心したような表情を見せた。


「やっぱり! 確か真也ちゃん、駅までは車で送ってもらってるって話だったよね? けどいきなり行きますよなんて言われたから、良く分かんないけど付いてきちゃったよ」

「乗り遅れたら遅刻って状況が久しぶりだったもので。案の定早く着きましたね」


「まぁ待ってる分には全然問題ないよ。それにしてもどうして?」

「う~ん。日南さんバス通学今日が初めてじゃないですか。だから、せっかくなので一緒に行こうと思いまして」


 一緒に?

 真也ちゃんはその見た目こそ冷静沈着でクールな雰囲気だけど、優しい部分もある。初対面した時とは印象が結構変わった人物。多分、心配してくれてるんだろうな。


「そっか。ありがとう」

「きょ、今日だけです。1回慣れたら大丈夫ですよね?」


 ははっ。ツンの部分は相変わらずだけどさ。

 そんな会話をしていると、バスが到着。俺達はそそくさと乗り込んだ。


 へぇ。乗るのも降りるのも前からなのか。

 馴染みのあるバスとの違いを感じながらも、真也ちゃんの後に付いて行く。車内は俺たち以外誰も座っておらず、選び放題という状態だった。


「日南さん? どこ座ります?」

「えっと……後ろかな?」


「じゃあ、窓際どうぞ?」

「えっ? あっ、ありがとう」


 やっぱバスは後ろだよな。よいしょっと。

 真也ちゃんのご厚意に窓際の席へと腰を下ろすと、ゆっくりとバスが走り出す。それに合わせるように、真也ちゃんも席へと腰掛けた。


「じゃあ失礼します」

「はいよ……ん?」


 あれ、なんか近くない? 2人掛けの座席ならまだしも、後ろの席だから余裕はあると思うんですけど?


「えっと真也ちゃん? 席には余裕が……」

「あぁ、公共の機関なのでおしゃべりは小さい方がいいかと。この距離なら他の人の迷惑にもなりません」


「他の人って、誰も居なくない?」

「いやいや、駅までの道中で乗ってくるんですから」


 確かにそうだけど、やっぱり結構近くない? 肩当たりそうなんだけど……


「たっ、確かにそうか」

「それに、色々と話したい事もありますしね」


 そんな言葉の通り、駅までの道中真也ちゃんとは色々な話をした。最初はその距離感に戸惑っていたけど、徐々に慣れたというか……話に夢中だった気がする。


 旅館の雰囲気は?

 仕事の内容は慣れた?

 分からない事は?

 不安な事は?


 真也ちゃんからは住み込みのバイトに関する事。


 月に電車代いくら?

 学校はどう?

 今後の進路は?


 俺からは、高校の話や今後参考になるだろう料金の事。


 住み込みのバイトでいくら距離が近くなったとはいえ、こういう話をできる場はない気がする。そう考えると、このバスの中は良い機会だと思った。


「じゃあ、何か分からない事あったら言ってくださいね?」

「ありがとう」


「あっ、それと……日城さんいますよね?」

「あっ、あぁ」


 日城? 今更ながら真也ちゃんの口から日城の名前が出ると身構えちゃうんですけど。


「あの人なんなんですかね? 色々観察はしましたけど……」

「観察って……そういえばこの前女子会したって千那が言ってたけど?」


「えぇ。胸は若干ですけど私の方が大きかったですね。推定Dカップ寄りのCかと。スタイルは千那姉には負けますけどかなり良いですよね。それとお尻の大きさは負けましたね。キュッと上に上がった立派な……」

「ちょいちょい! 公共の場!!」


 なっ、何を言い出すんだよ真也ちゃん!


「あっ、すいません。熱くなりました」

「焦ったよ」


「でも日南さん? 多分というよりほぼ確実に日城さん日南さんの事好きですよ? それこそ、前にゴーストで言ってた事本当なんですか?」

「ゴースト……」


 その瞬間、あの一触即発の様子が頭を駆け巡る。

 あれ? でも、別にあの時日城……


『ねぇ、先輩? 私の告白のお返事は……どうなんでしょう?』


 げっ! 言ってた。しかも真也ちゃん、バッチリそれ聞いたの?


「いったいどう返事するつもりなんですか?」

「あれはただの冗談だって」


「本当ですか? あの時、黒前大学に来た理由……カリキュラムが何たらって言ってましたけど、信じられないんですよねぇ。だって大学行くなら、普通はそのまま清簾大学に行きますって」

「いやまぁ、オープンキャンパスで気に入ったって言ってたしさ?」


「ですけど、そもそも何でも黒前大学のオープンキャンパスに?」

「卒業生の進路一覧で、目に止まったって話だけど?」


「むぅ……あの日南さん?」

「うん?」

「再確認なんですけど、千那姉の事好きですか?」


 ……いやいや、何を急に! でも、決まってるだろ?


「あぁ、好きだよ」

「ふふっ。それが聞けて少し安心しました」

「安心って……」


 ―――次は石白駅前、石白駅前です―――


 っと、着いたのか?


「着きましたよ? 日南さん。降りましょう」

「あぁ、分かった」


「あの、日南さん? とりあえずは良いですけど、この件については後ほどゆっくり話しましょうね?」

「はいはい」


 こうして無事に駅へと着いた俺は第一関門突破という小さな喜びを感じていた。


「えっと、乗る電車大丈夫ですよね?」

「大丈夫大丈夫。真也ちゃんありがとうね」


「いえいえ。じゃあ私は先に行きます。朝の駅は学生だらけなんで、日南さんとバスから降りて来た所誰かに見られたら、変に噂になっちゃうかもしれないので」

「はっ、はぁ?」

「冗談ですよ。じゃあ、大学まで気を付けてー」


 ったく、たまにこういう感じで年相応の事言って来るんだよな。

 クールな真也ちゃんと今みたいな真也ちゃん。翻弄するのは止めてくれよ?


 けど、なんだかんだ言って真也ちゃんも優しい。

 つくづく俺は恵まれてるよな。


 さてと、じゃあ俺も……行きますか。


 いざ、黒前大学。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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