116.更に悩める少女
私、日城凛恋は悩んでいた。
日南先輩をどうやって振り向かせるか。
その為に常に思考を巡らせていた数年だったけど、ついに行き詰まり感を覚えた。だから三月叔母さんのお誘いを好機と考え、いったん頭をリフレッシュさせようと温泉旅館に来たというのに!
そりゃこの部屋、和風で雰囲気最高よ? でも日南先輩は荷物置いたら挨拶もそこそこに行っちゃうし。もう……
「はいよ~凛恋。お茶入れたよ」
「あっ、ありがとう。あっ、美味しっ」
……って違う!!
そもそも宮原旅館って名前に思うところはあった。けど、まさか本当にあの宮原千那が居るとは思わないでしょ?
聞けば家だって言うし、それが本当ならあの宮原真也も居るんじゃないの? あぁ、リフレッシュどころじゃないじゃん。
それに1番驚いてるのはそこじゃない。なんで日南先輩が居る訳? バイトって何ですか? もう旅館の半纏なんか着て馴染んでさぁ。
格好良すぎでしょ。似合いすぎでしょ。外で掃き掃除してたら若旦那ってイメージがぴったり当てはまる位なんですけど。
「おっ、凛恋? 石白名物のこけし饅頭。ほいっ」
「えっ? ありがとう。あっ、美味しっ」
……はっ! いやだから何してるの私。
問題だらけでしょ? 宮原千那の家で日南先輩がバイトしてるって! なによそれ、距離感近くなりすぎでしょう?
これは非常に……
コンコン
「は~い」
「失礼します」
「あっ、真白ちゃん! お久~」
「お久しぶりです! ちょっと早いけど、お昼持ってきました。あっ、あなたが三月さんの姪っ子さんね?」
「あっ、はい……」
この人、凄く美人さんだなぁ。
「この人は若女将の真白さんだよ? そうそう、千那ちゃんのお義姉さん……兄嫁にあたる人なんだ。いやぁ、久しぶりのご飯楽しみ~」
「ふふっ。ようこそ宮原旅館へゆっくりしていってね」
なっ、兄嫁? つまり宮原千那の兄の奥さん……にしても顔が整いすぎでしょ?
「ありがとうございます! 日城凛恋と言います!」
「凛恋ちゃん……可愛らしい。それじゃあご飯置いていきますね?」
「ありがとうございまーす」
おいおい。揃いも揃ってルックスに恵まれすぎじゃないか? 宮原千那、宮原真也、宮原真白。
ん? 宮原真也って、宮原千那の姪って言ってたよね? もしかして真白さんって宮原真也のお母さん? だとしたら有り得る……ルックスの遺伝で有り得る……
「さて、じゃあ頂こうか?」
「あっ、うん。いただきます」
うわっ。いやめっちゃ豪華なんですけど? お昼にこんなの食べても良いんですか?
……って違う! 危ない危ない。もっと危機感持ちなさいよ凛恋。いい? どこかのタイミングで日南先輩とコンタクト取らないと。じゃないと宮原千那に……
「ほら、これなんて最高よ?」
「……あっ、美味しっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あぁ……幸せぇ……
全身に感じる気持ち良さ、全身を包む多幸感。箸を置いた私は、思わず目を瞑っていた。一目見た時は多いと思っていた料理。ただ、ゆっくりと目を開けると、そこには全て空となったお椀やお皿が置かれている。
夢中で食べちゃった。
三月叔母さんと話をしながらではあったけど、そのペースは落ちる事を知らなかった。結局気が付けば全部完食という事実と満足感だけが残っている。
やばい、最高すぎる。
「あれ? 電話……もしもし~監督? えっ?」
なんか忘れているような気がするけど、
「了解。私もそろそろ本腰入れようと思ってた所。もう到着する? 了解。ねぇ凛恋?」
この旅館のご飯……最高。
「はぁ~い?」
「今から私、監督さんと話があるの千那ちゃんの事で。だからロビーに行くけど、凛恋……」
……はっ! 思い出しました本来の目的! なに宮原千那について? そんなの……
「一緒について行く! 邪魔はしないから!」
知りたいに決まってるじゃない!?
こうして三月叔母さんと一緒に1階ロビーに向かうと、すでに監督さんは椅子に座って待っていた。まさか生で式柄森監督を見られるなんて。
そんな気持ちを抑えながら簡単に挨拶すると、三月叔母さんの姪って事で同席の許可は貰う事が出来た。もちろん、これから行われる話し合いについては他言無用だって条件付きだけど、こうもあっさりな点については三月叔母さん影響力をまざまざと感じた。
そうしていると、ついに宮原千那が登場。同席したのがお母さんだと知って、どれだけこの血筋はルックスに恵まれているのだとイラっとした。
当の本人は私が居た事に最初こそ驚いてはいたものの、恥ずかしいなぁなんて余裕しゃくしゃくっぷりを見せつけたもんで、またもやイライラした。
けどダメ。これと無い機会なんだから、情報収集しないと。
「えっとお呼び立てしてすいません。あの千那ちゃんにお話ししたい事がありまして」
「はっ、はい」
「今回撮影している映画……以前千那ちゃんに出ていただいた映画の続編にあたるのです。つきましてはお願いがありまして、今回もワンシーンだけ出ていただけないでしょうか?」
くっ、くぅ! やっぱりこういう事? あぁ、これで映画出演でもしたら、
あぁ、千那。映画に出るなんて。やっぱり、なんて綺麗なんだ。
そう? どうかしら太陽? この綺麗な人の彼氏なんて?
ぎゃーダメだって! さっき三月叔母さんも言ってたじゃん。前のチラり出演でも結構な反響だったって! これ絶対ノリノリで引き受けるよ。
「えっ、それは……」
あぁ、これは一旦難色を示して、監督達を必死にさせる作戦だな? ようやく本性を現したか。
「あの、こちらとしても何とかお願いできればと思ってます。巴さん、千那ちゃん」
「だそうだけど……?」
はいはい。これで仕方ないなぁみたいな感じで承諾するんでしょ?
「いや、やっぱり無理ですよ」
えっ?
それは、予想外の返事だった。てっきり映画に出て有名になって、日南先輩をゲットしにかかる……そう思っていたのに、宮原千那の言葉は真逆だった。
それにその表情は決して知り合って長くはないにしろ、サークルでも監視していた大学内でも見た事がないくらいに困惑している様に見える。
「そこをなんとか! 僕の悪い癖なんだけどさ? 撮影してる時にピンって、ここ追加した方が良いかなってのが浮かんで来ちゃうんだよ! それで今の撮影シーンに、以前千那ちゃんが演じた役の子が出てきて、主人公がハッするって流れを追加した方が、物語的にも凄く良いと思ったんだ」
「監督さんのこういう閃きって、今のところ全部上手くいってるの。だから是非、私からもお願いしたいの千那ちゃん。巴さんはどうお考えです? もちろん以前の一連の騒ぎと言うかご迷惑と言うか……流れは覚えています。ですが、映画の為に私も妥協はしたくないんです」
監督と三月叔母さんが追い打ちをかけるように怒涛のアピールをする中、やはり芳しくない表情の宮原千那。その表情に疑問は浮かびつつも、どこか嬉しさを感じる自分が居た。
そして、ふと……日南太陽ラブラブ計画の次なる一手が浮かび上がる。
ふふっ。何をそんな顔してるのかしら? 整った顔が台無しよ? てか、このまま難色を示すなら、私がその役を務めるのはどう? だったら映画出演を果たした私=可愛い。有名にでもなったら、私=周囲も認める可愛さになるんじゃない? そうすれば、
日城……いや凛恋? 君にこんな魅力があっただなんて……
ふふっ。良いんですよ? 先ぱ……うぅん、太陽?
りっ、凛恋っ!
あっ、太陽っ!
ぐふふ。さてさて、断れ断れ……
「私としては、監督さんにも鯉野社長にも色々と感謝してます。あの時だって、沢山ご助力いただきましたし、結果的にお客さんも増えました。ですから、母親としては千那の気持ちを尊重したいと思ってます」
「そうですか。千那ちゃんはどうかな?」
「僕は是非お願いしたいよ」
「わっ、私なんてこの前のはまぐれで……周りの人に良い感じに見られただけですよ?」
来た来た! ……あれ?
それは自分でも不思議な感覚だった。
宮原千那が断れば、自分を推薦できる。
そう思っているはずなのに、目の前の宮原千那の表情を見ると……優越感よりも、どこか可哀そうに思えてしまう。
「そっ、そんな事ない! 僕には分かる。千那ちゃん? 仕事の雰囲気をそのまま出してくれただけだと思うよ? でも、人はそれだけであんなに騒がない。君のルックスはもちろん、雰囲気なんかが人を魅了するんだ」
「そっ、そんな事ないです。私は普通の人で、全然演技とか出来ないですし……」
断るなら、もっとハッキリと言えるはず。
なのに……監督さんや三月叔母さんの事を考えて、こういうやんわりとした言い方なの? けど、その表情はとても辛そう。
って、何同情してるの。私としては、断ってくれれば御の字……
「私もね? こればっかりは千那ちゃんの気持ち次第だと思って、今まであまり口にはしなかった。でも、監督の言っている意味分かるの。磨けば光る原石だって……私もウズウズしてる」
「でも、私は……その……」
その時だった。不意に三月叔母さんが日南先輩に話していた言葉を思い出す。
『すいません。あの、千那にさっき言ってた映画の話って……』
『あぁ、ここに来てる監督さんね? 千那ちゃんの事べた褒めしてるのよ。以前の映画撮影の時に宮原旅館で写したシーンがあって、その時急遽ワンシーン追加になったんだ。その中で仲居さんがご飯を持ってきてくれる場面が必要でさ? 誰か旅館の人で仲居さんの役やってくれないかって話になった訳よ。それで引き受けてくれたのが千那ちゃん』
確かに、宮原千那については日南先輩に何かするんじゃないかと思って、知り合った瞬間から監視はしていた。あの3人組よりも危険レベルは上だと判断して、調べに調べ尽くした。
けど、誰からも否定的な事は聞かれない。黒い噂の1つもない。
その代わり、誰からも良い話しか出てこない。良い噂しか出てこない。
サークルでだって、常に笑顔で常に誰かを励まして……マネージャーにも優しい。私にだって優しいし、ご飯行こう? 今度色々黒前案内するね? なんて言ってくれたり。誰かのお願いやらお誘いを断ってる姿、私は見た事ない。
優しい……とにかく優しいのは分かる。いや、私は全然信用してなかったけどさ? 絶対信用しないけど……
『日城さんってば、なんかその表情とか仕草とかがめちゃくちゃ可愛いんだけど?』
『えっ、今度は何? 私に興味ある感じかな? キョトンとしてる目とかやっぱり可愛いんですけど?』
『せっ……聞いた? 日南君! もう先輩って呼ばれちゃったぁ』
あっ、あぁ~もう意味分かんない!
意味分かんないけど……イッちゃえ!
「ちょっと待ってください! その役……私がやります!」
私!
次話も宜しくお願い致します<(_ _)>




