115.思わぬ展開
「はいよ~太陽君。角砂糖1個入りね」
「どうもありがとうございます」
「はいよ~太陽君。たげめぇ~棒のチョコ味」
「すいませんいただきます!」
コーヒーの匂い漂う一室。
もはや見慣れた気がするいつものメンバーと共に、俺は少しばかりの休憩をしている。
真也ちゃんを見送り、いつもの流れで各所の掃除。そしていつもの様にテルさん達に招かれている訳だ。
それにしても、数日で好みのコーヒーの甘さやら好きなお菓子まで把握されるとは思いもしなかったよ。
けど、全然嫌じゃない。マダム3人組もそうだけど、やはり宮原旅館の従業員さん達は総じて優しいし、尚且つ教え方が上手い。
これだけの環境なら、どうして従業員を増やさないのか不思議なものだ。
「やっぱり、ノリオは良いわよねぇ。何年たっても渋さが変わらないもの」
「アオヤマセロリはちょっとしわ増えたわよね?」
「まぁ、お客さんだから面と向かっては言えないんだけどね?」
「「「あっはっはぁ~」」
3人は相変わらずだ。今の話に出てきた人は今回の撮影でここに来てる人だよな。あの口ぶりじゃ、まるで何年も見てるかのような感じだよ。何年前からここ利用してるんだ?
……そういえば、テルさん達も千那が映画に出た事知ってるんだよな。
「あの~皆さんに聞きたい事があるんですけど」
「おっ、なんだい? 通帳の暗証番号だったら教えるのはもうちょっと後だよ?」
「なんでそうなるんですかテルさん。あの、さっき真也ちゃんから聞いたんですけど、千那が昔少しだけ映画に出たって話本当なんですか?」
「あぁ~! 確かに出たよ? その後ちょっと凄かったもんねぇ?」
「そうそう。旅館に来るお客さんが平日でも増えたっけ」
「電話も凄かったわよぉ~?」
真也ちゃんの言う通りか。
「そうだったんですね。けど監督さんやサンセットプロダクションの鯉野社長のおかげで落ち着いたとか」
「らしいわね? まっ、どのくらいSNSで広まったかは分からないけど、旅館の名前は確実に広まってくれたからねぇ」
「あらやだ。テルさん、SNSなんて言葉知ってんの?」
「ノブさん? 今の時代SNSを知らなきゃ取り残されるわよ?」
「あらぁ~いやだわぁ~」
てか、どんだけインパクトあったんだよ千那。いやまぁ、可愛いのは重々分かってるけどさ? ただ、テルさん達からの話を聞いても、未だ監督さんや鯉野社長が口説いてるのも頷ける。
……っと、ちょっとトイレ行こうかな。
「すいません。ちょっとトイレ行ってきます」
「はぁ~い」
こうしてマダム3人に見送られながら、俺は休憩室を後にする。
そしてトイレに向かう為に、1階のロビーを通ろうとした時だった。
「つきましては、お願いがありまして……」
誰かの声と、椅子に座る複数の姿が目に入る。
ん? 誰だ?
反射的に物陰に隠れ、ゆっくりと視線を向けると……その声と姿の正体が明らかになる。
「こちらとしても何とか……」
あれ? 監督さんと、鯉野社長? いやいや監督、撮影はどうしたんだろう。それに鯉野社長……って隣に日城も居るじゃんか。
「だそうだけど……?」
そんで対面に座るのは、千那のお母さん、巴さんと……
「いや、やっぱり無理ですよ」
千那!?
思わぬ組み合わせに驚いた俺は、更に身を隠す。なぜかは分からないけど、そうした方が良い気がした。むしろ、話を聞きたいが為の行動だったのかもしれない。
「そこをなんとか! 僕の悪い癖なんだけどさ? 撮影してる時にピンって、ここ追加した方が良いかなってのが浮かんで来ちゃうんだよ! それで今の撮影シーンに、以前千那ちゃんが演じた役の子が出てきて、主人公がハッするって流れを追加した方が、物語的にも凄く良いと思ったんだ」
「監督さんのこういう閃きって、今のところ全部上手くいってるの。だから是非、私からもお願いしたいの千那ちゃん。巴さんはどうお考えです? もちろん以前の一連の騒ぎと言うかご迷惑と言うか……流れは覚えています。ですが、映画の為に私も妥協はしたくないんです」
まっ、マジか? これって再度出演の依頼? それに監督さんと鯉野社長直々とか……相当本気じゃないか。どどっ、どうするんだ? 千那。
「私としては、監督さんにも鯉野社長にも色々と感謝してます。あの時だって、沢山ご助力いただきましたし、結果的にお客さんも増えました。ですから、母親としては千那の気持ちを尊重したいと思ってます」
「そうですか。千那ちゃんはどうかな?」
「僕は是非お願いしたいよ」
「わっ、私なんてこの前のはまぐれで……周りの人に良い感じに見られただけですよ?」
「そっ、そんな事ない! 僕には分かる。千那ちゃん? 仕事の雰囲気をそのまま出してくれただけだと思うよ? でも、人はそれだけであんなに騒がない。君のルックスはもちろん、雰囲気なんかが人を魅了するんだ」
「そっ、そんな事ないです。私は普通の人で、全然演技とか出来ないですし……」
「私もね? こればっかりは千那ちゃんの気持ち次第だと思って、今まであまり口にはしなかった。でも、監督の言っている意味分かるの。磨けば光る原石だって……私もウズウズしてる」
「でも、私は……その……」
やっ、ヤバイ! この状況は非常にまずい。千那の性格はなんとなく理解している。それにさっき鯉野社長も言ってたじゃないか。
『そうそう。真白さんや他の人から、千那ちゃんが良いって言われて断れなかったって言うのもあるんだろうけどね?』
頼まれたら、断れない。それが千那だ。
それにあの感じ……本当は出たくないんじゃないか? 今までの事を考えると、自分が出たら監督や鯉野社長の手助けになって全員がハッピーになれる。
でも、肝心の千那の気持ちは? 本心は……
「ちょっと待ってください!」
えっ?
「その役……私がやります!」
それは意外だった。正直記憶では、そういう事に自ら進んで手を挙げる様な人ではないと思っていたから。
久しぶりにその姿を見た時、雰囲気の変化は感じていた。けど、それにしてもその行動に驚きは隠せない。
やるって……本気で言ってるのか?
「えっ、ちょっと待って? 冗談とかじゃないのよ? お仕事の話よ?」
「あっ、その……僕もちょっと驚いてる」
「だって、宮原先輩困ってるじゃないですか。大事なのは宮原先輩の気持ちでしょ? でも先輩は、その……優しいから、凄く優しいから! ハッキリと言えないんですきっと。だから、私がやります! 誠心誠意込めてやります。いいですよね? 宮原先輩?」
「りっ、凛恋ちゃん……」
日城!?
次話も宜しくお願い致します<(_ _)>




