114.好きになったらしょうがない
地面を転がる葉っぱが、どこか虚しく感じる。
そしてどこか肌寒い天気は、まさに今の俺を表しているかのようだった。
日課となった旅館入り口前の掃除も、どこか力が抜けている。
徐に空を見上げると、そこには青々とした空が広がっている。
どこまでも続く空。
どこまで続いているのか分からない空。
それはまるで千那を表しているかのようだった。
「ふぅ……映画か……」
さっきの鯉野社長の言葉が蘇る。
『だから私じゃ無理だって言ってるじゃないですか~』
『そうかな? 監督とかも是非って言ってるじゃない? 私も全然イケると思ってるけど』
そんなやり取りもそこそこに、千那は別の仕事へ。俺は荷物を持って、鯉野社長と日城を部屋に案内したんだけど、その道中で聞いてみたんだ。
『あの、鯉野社長?』
『なに~? イケメン君。てか三月で良いから。皆もそんな感じだし』
『あっ、いや……お客様なので』
『もうっ、真面目さんね? じゃあ後々ね。それで?』
『すいません。あの、千那にさっき言ってた映画の話って……』
『あぁ、ここに来てる監督さんね? 千那ちゃんの事べた褒めしてるのよ。以前の映画撮影の時に宮原旅館で写したシーンがあって、その時急遽ワンシーン追加になったんだ。その中で仲居さんがご飯を持ってきてくれる場面が必要でさ? 誰か旅館の人で仲居さんの役やってくれないかって話になった訳よ。それで引き受けてくれたのが千那ちゃん』
『そうだったんですか?』
『そうそう。真白ちゃんや他の人から、千那ちゃんが良いって言われて断れなかったって言うのもあるんだろうけどね? けど、その動きや一言だけのセリフが監督の心を射抜いたみたい。実際の映画で使われたのは動きだけで、セリフはなかったんだけど』
『そっ、それって……』
『ふふっ。だから、結構アプローチしている訳ですよ? 千那ちゃんの事』
ここ1年で千那の事はどことなく分かっていた気でいた。けど、さっきの話は想像を上回るもので、正直なんて言っていいのか分からない。
なんとなく、千那は宮原旅館に……ここにいると思っていた。けど、その気になれば映画俳優としてデビューも出来るのかもしれない。
有名になったりしたら、俺なんて手の届かない……
「あっ、日南さん」
あぁ……真也ちゃんか。
「真也ちゃん。これから学校?」
「そうですね? 明後日から始まる学校に先駆けて、生徒会関係でやっておきたい事があって」
「そうなんだ。気を付けて」
「あの日南さん。なんかありました? いつぞやに見た事のあるような表情してますけど」
げっ、パッと見で分かるぐらい変な顔してるのか? ちょっと待てよ? さっきの話、真也ちゃんなら知ってるはずだよな?
「いや……あのさ、真也ちゃん? さっきサンセットプロダクションの鯉野社長さん来たんだけど……」
「あぁ! 今日来るって言ってましたね。挨拶したんですか? 私も学校帰ってきたら挨拶しないと」
「まぁそうなんだけど、その時の会話の中で気になった事があってさ」
「なんですか?」
「えっと、映画出演どう? とか……」
「あぁ。ふふっ、いつもながら熱烈なアプローチだなぁ」
やっぱり真也ちゃんも知ってるのか。
「それでその……」
「……ははぁん。なるほど、いいですよ? 日南さん。その辺教えてあげます」
「お願いします」
「えっと、千那姉が映画に出たのは本当です。けどほんの5秒程度。けど、なぜか千那姉の事が話題になったんですよ」
話題!?
「話題って……」
「あれ? 日南さんってSNSとかやってない感じですかね? どこからか分からないですけどその映画公開後に、数秒だけ映った仲居さんの子可愛くない? って書き込みが広まったんですよね。結局それがプチフィーバーみたいな規模になって来てですね? ちょっとばかし宮原旅館にも激震が走ったんですよ」
「激震?」
「ロケ地がここだって判明して、もしかして働いてる子なんじゃないかって電話とかボチボチ来るようになりまして……そんで監督さんや、当時から知り合いだった鯉野さん達に協力してもらったんですよ。あの子は急遽出てもらった一般の方で、旅館の関係者ではありません。また個人情報の為、これ以上の公開は出来ませんのでご了承下さいってね」
まっ、マジかよ? てかその数秒で印象に残るって……確かにその可愛さは目の当たりにしてるから理解できるけど。
「そっ、そんな事があったのかよ」
「そうなんですよ。この辺の人にはバレバレですけど、そこは地元パワーで隠してもらいました。もちろん千兄とかは知ってます。確か千那姉が高校生の時だったんで、黒前高校の人にも言われた事あったらしいですけど、他人の空似で誤魔化したみたいですよ? 私もですけど」
千那にそんな事があったなんて。
そりゃ知らない事は多いと思っていたけど……って! 今の話だと、やっぱり俺の不安が現実になる可能性もあるんじゃないか?
「なるほど。あのさ、真也ちゃん? 千那ってその……映画に出たいとかそんな話はしてないの?」
「私には、映画出た時は結構嬉しそうにしてましたけど」
「えっ……そっ、そうだよなぁ」
「でも、それは何がどうあれ、宮原旅館の名前が全国的に広まったからだと思いますけどね? 自分が出た事に対する満足感とかじゃないと思います」
旅館の宣伝……家の役に立てたから……
「じゃっ、じゃあ今のところ有名になりたいとかそういう気は……」
「千那姉が進んで俳優になろうって思う人に見えます? でも、監督さんや鯉野さんの話を聞く限り、千那姉にはその才能があるっぽいです。その気になれば……有り得るかもしれません」
「まじか……」
「って、すいません。言い方があれでしたね。けど、裏を返せばよっぽどの理由がない限り、千那姉は映画に出たいとは思わないと思います。あれですよね? 日南さん、千那姉が俳優として活躍して有名になって、離れちゃうのが不安なんですよね?」
うぐっ! なぜ……なぜそこまで見透かされているっ!
「いやっ、そんな事はない……かもしれない」
「ふふっ。千那姉と私の前では嘘つかないでくださいよ? それにしても、日南さんから話振ってもらって、改めて思い出すと……なんとも凄い人が叔母なもんです。それに日南さんはなんとも凄い人を好きになっちゃいましたね?」
確かに、そう言われてみると……凄い人と出会って、凄い人を好きになってしまった気がする。
でもさ?
「そうだな。俺もそのネットで騒いだ人達みたいに、千那の虜になった1人だよ」
「そうですね。それじゃあ、行ってきます。日南さん」
「ごめんね時間取らせて。行ってらっしゃい」
好きになっちゃったものはしょうがないよな。
「さて、じゃあ俺も気を取り直して、掃除頑張りますか」
次話も宜しくお願い致します<(_ _)>




