113.近くて遠い、遠くて近い
宮原旅館での俺の仕事は、当然ながら朝から始まる。
とは言っても、そこまで早起きしなくちゃいけない訳でもなく、大体7時30分くらいからのスタートだ。
その為に6時半には起きるようにしている。
「あぁぁぁ。良く寝た」
ただ、この時間の起床も今だけの例外。
それこそ最初……大浴場の時間変更がなかった時は、夜遅くの掃除の事もあって10時頃の起床で問題ないと透也さんに言われていた。
しかしながら、流石にそこまで寝ている訳にもいかず7時には起きていたもんだから、現状の生活サイクルは苦にならない。
さてと、洗濯乾いてるか?
朝起きると、まずは夜に干していた洗濯物を畳む作業に取り掛かる。
なんでも昔は住み込みで働く人が多く、その名残で従業員用の洗濯機が置かれていた。まぁ現状は俺の独占状態にはなっているので、いつでも洗濯ができるのはありがたい。
部屋にひもを伸ばせば、容易に洗濯も干せるしね。
洗濯物を畳み、着替えをすると軽く身だしなみを整える。千那曰く、この部屋はもともと客室として使っていた場所だったらしく、お風呂と洗面台完備は本当にありがたい。
「さてと、ご飯行くか」
住み込みのバイトのメリットは、何といっても衣食住の食住が備わっている事だ。それに、ここの場合は……
「おはようございます! 源さん」
「おぉ~! そこに置いといてるから」
「ありがとうございます」
朝昼晩と、それはそれは美味しいご飯をいただける。起きてくるタイミングでご飯が準備されてる点には驚いたけど、料理長の源さん曰く俺は決まった時間に起きてくれるから分かりやすいんだそうだ。
準備された朝ごはんを厨房でいただくと、そそくさと食器を洗う。いつもそこまでしなくても良いって言われるけど……そこはちゃんとしておきたい。
「ごちそうさまでしたー」
朝食をいただくと、いったん部屋に戻って身支度を整える。そうしていると大体時間は7時20分。宮原旅館の半纏を身に着けて、旅館の受付へと足を運ぶ。
大体この時間は、透也さんか巌さん……千那のお父さんが居ることが多い。朝の挨拶をして、部屋の状況を聞けば……仕事の始まりだ。
っと、今日は真白さんか?
「おはようございます!」
「おはよう。太陽くん」
「部屋どんな感じですか?」
「皆さん撮影に行ってるから、廊下の掃除しても大丈夫よ」
「了解しました!」
「今日もよろしくね?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ……」
一頻り廊下の掃除を終えた俺は、ロビーの椅子に腰掛け休憩をしていた。
時折目の前を通るノブさん達は、相変わらずのテンションで、こう言っちゃあれだけどお年の割に物凄い運動量だと感心する。
そもそも、女性陣は朝早くから仕事してるんだよな。
宮原旅館は基本的に朝晩は部屋食だ。しかしながら今は映画関係者の貸し切り状態という事で、朝晩のご飯は大宴会場に用意されている。
晩はもちろん宴会状態。朝は軽めという事でおにぎりや味噌汁、漬物なんかがバイキング形式で置かれていた。
そのおにぎりも、源さん1人じゃ到底無理だから女性陣がその手伝い。朝ご飯は5時からだったっけ? て事は、何時起きだ? 想像するだけで欠伸……
「ふわぁぁぁぁ」
早朝の起床を想像し、思わず手に口を当てていた時だった。その欠伸にしては可愛らしい声が耳を通る。もちろん、俺の欠伸なんかではない。
何気なく視線を向けると、そこには体を上に伸ばして、口に手を当てている千那が立っていた。
ん? 千那?
なんて思ったのも束の間、閉じていた目がゆっくりと開いた途端、千那とバッチリ目が合う。
「あっ!」
なんだ? 欠伸してる姿も滅茶苦茶可愛いんですけど? なにその無防備な雰囲気。
そうそうお目にかかれない姿は、ここでバイトして良かったとしみじみ思う。
「みみっ、見た!?」
驚いた様子で、一瞬にして姿勢を戻す千那。その動作はもちろん、着物にたすき掛けの姿がより一層のギャップを感じた。
……ご馳走様です。
「見たよ?」
「あっ、やっぱり! いやだな……恥ずかしいよ」
「いやいや、朝早かったんだろ? 仕方ないって」
「それはそうだけど、完全に気の抜けた顔だったもん」
そう言いながら顔を隠す千那。
俺としてはご褒美にしか思えないけど、千那からしてみたらそういう認識なんだろう。ここは下手に茶化すより話題を逸らした方が得策か。
「んな事言ったら俺なんてバイトでヒィヒィしてる姿見られてるけどね? そんなお疲れモードの千那に、ジュースでも奢ってあげよう。よいしょっと」
「えぇ~! それは悪いって! 大丈夫だよ」
俺は立ち上がると、徐に千那の方へと足を進める。
当の本人はこれまた焦るような身振り手振りで、上手い事さっきの件については意識が薄れたようだ。
「大丈夫だって」
「だっ、だめ……」
ガラガラ
「すいませーん」
その時だった。入り口の扉が開いたかと思うと、女性の声が響き渡る。
千那と思わず視線を向けると、そこには2人の女性の姿があった。
1人は荷物を持ったショートカットの女性。そしてもう1人は……見知った顔だった。
お客さんか? って、あれ?
「あぁ! 三月さん! いらっしゃいませ~」
「こんにちは~! 今年もお邪魔します。あと、連絡してた姪っ子でーす」
三月さん? 知り合い……ってか、このタイミングで来るって事は映画関係者で間違いないよな。
「あれ? 凛恋ちゃん!?」
「えっ? 凛恋? 千那ちゃんと知り合いなの?」
けど、だとしたらますます意味が分からないんだけど……って、さっき姪っ子って言わなかった!?
「あっ、日城じゃんか!」
「あっ、その……宮原先輩? 日南……先輩?」
やっぱり間違いない! 日城だ。一体全体どうなって……
「う~ん? ……あぁ、千那ちゃんも黒前大学だもんね? けど凛恋と知り合いなのはびっくり。そんでそちらのイケメン君は?」
ん? イケメン? いやぁお姉さん良い人ですね。なんでも言ってくださいよ。
「あっ、こちらは日南太陽くんです。今バイトしてもらってるんですよ」
「初めまして。日南太陽と言います。黒前大学に通ってて、千那と同じ学年なんです」
「ほほぉ~そんで凛恋とも知り合いと?」
「うっ、うん! 宮原先輩はサークルでお世話になってるし、日南先輩は高校の先輩で大学でも……」
「高校の先輩。サークル。……いや、凛恋? スポーツ系のマネなんてした事なくない? 大丈夫なの?」
「三月さん? 逆に私が凛恋ちゃんにサークルでお世話になってるんですよ? もう凄いんですから!」
あの……蚊帳の外なんですけど? なんか一気に疎外感なんですけど?
「本当に? なら良いんだけどさぁ? そんでそこのイケメン君は凛恋の高校からの先輩だって? つまり東京出身かぁ!」
って、いきなりスルーパス来た!
「あっ、はい! そうなんですよ」
「あっはは。なんかすごい偶然が重なってるね。こりゃまた面白い」
なんだろうこの快活な感じ。姉ちゃんとも違うし、不思議な感じがする。
「っと、ごめんごめん! 2人は知ってるだろうけど、このままだとイケメン君から見たらただのおばさんになっちゃうよね。ゴホン。では改めまして、私の名前は烏真……おっと、結婚したから鯉野三月。こう見えて、サンセットプロダクションの社長してます」
はっ、はい? サンセットプロダクション? 君島さんの働いてる所だよな? しかも社長って……あっ、言われてみると去年の君島さんの会見の時に一緒に居たような……
「そんで言いたくはないけど、凛恋の叔母なんだよねぇ。そういう訳でよろしくね? イケメン君?」
「はっ、はい! よろしくお願いします!」
いやはや、偶然とはいえ、社長さんともお話しできるとは思いもしなかった。
「あっ、そういえば千那ちゃん? 考えてくれた?」
それにまさか日城の親族でこんなに立場の人が居るなんて。
「映画出演の話!」
色々ありすぎて…………えっ?
次話も宜しくお願い致します<(_ _)>




