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108.懐かしい感覚

 



 宮原旅館。

 木造3階建ての本館と2階建ての別館(向日葵(ひまわり))に、現在建設中の別館(花浜匙(はなはまさじ))で構成された、ザ・日本旅館。その歴史は古く、透也さんが12代目となるそうだ。

 総面積はとりあえず広いと言っておこう。とにかく、そんな場所で俺は働く事とになった。


 俺の与えられた仕事は、一言で言うなら掃除全般。

 具体的には部屋や宴会場の中ではない、廊下や大浴場、玄関先等々……男手が必要な部分がメインとなる。

 多少はサークルで鍛えている分、ちょっとのちょっとじゃへこたれない自信はあった。

 とは言え、


「うぉ~!」


 廊下の雑巾掛けは、普段使う事のない筋肉が刺激されて結構キツい。

 まぁそんなキツさも、さっきの千那の姿を思い出せば和らぐものだ。それに考えようによっては、ああいう見た事のない千那の姿を、今後はもっと拝めるのかもしれない……


「いやぁ、すごい気持ち悪い顔してますよ? 太陽さん?」

「えっ?」


 ふと我に返り横に目を向けると、そこに居たのは真也ちゃんだった。

 変な顔を見られたという恥ずかしさは多少感じつつも、過程はどうであれ彼女のおかげで住み込みのバイトが出来る事には感謝しなければいけない。


「ふふっ、それにしても……さっきの太陽さんは面白かったなぁ。真顔で、新しい別館の名前って匙浜花って言うんですかぁ。有名な花なんですかね? って! ふふっ」


 ……あぁ、前言撤回。ちょっとだけイラっとした。いつものツンケン顔からの笑顔とかいうギャップ萌えを期待してるなら残念だぞ真也ちゃん。その顔は明らかに俺を馬鹿にしてる顔だな? 

 建設中の別館の前で遭遇した時は、挨拶でも……なんて思ってたけど、透也さんの前でも笑ってましたもんね!?


「悪かったな。人は聞き間違いをする生き物なんだよ。大体一般人が花浜匙なんて花の名前を始めて聞いて、言い間違えないなんて事あるとお思いですかね?」

「残念。花浜匙(スターチス)って言うんですよ? さっき言ったじゃないですかぁ」

「残念! 現在は花浜匙(リモニウム)って呼ばれてるんだぞ?」


 ふふっ、あの後悔しくてすぐにスマホで検索をしたさ。確かに前まではスターチスと呼んでいたらしいが、現在はこの呼び方が多いらしい。


「なっ! ふっ、ふんだ」


 おぉ! カウンター決まったぞ? にしても、こうして頬っぺた膨らましたりする仕草は、年相応なんだけどねぇ。


「そんな意地悪するんなら、あの事千那姉に……」


 なっ、それは!


「ん? 真也ちゃん~呼んだ?」


 廊下の曲がり角から突然聞こえてきたその声に、俺達の反応は一緒だった。慌てて視線を向けると、


「あぁ! 太陽君!」


 曲がり角から現れたのは、まさしく千那だった。

 今の話を聞かれてないか、内心あせりつつも……上手い具合に対応したのは真也ちゃんだった。


「あっ、千那姉。ちょっと日南さん喉乾いたみたいだから、のっ飲み物準備しようかと思ってさ?」

「そうなんだっ! ってあれ? 太陽君? どうして雑巾掛け?」

「えっ? いや、廊下の掃除はいつもこれだって真也ちゃんが……」


「ギクッ! 飲み物取ってきまぁ~す!」

「あっ、こら真也ちゃん! ごっ、ごめんね? 廊下の掃除はモップでやってるんだよ? そっちの方が楽だし、汚れも取れるから! 今持ってくるね? もうっ、こらぁ真也ちゃ~ん」


 ……行ってしまった。

 なんかこういうやり取り見てると、マジで本当の姉妹みたいだな。感覚的にはそうなんだろうけど……普段とは想像がつかない一面が見れたな。


 まぁそれとこれとは話が別だからな? 真也ちゃん。このお礼は必ず……

 なんて事もありつつ、本館・別館の拭き掃除を終え、窓枠の拭き掃除やら入り口前の掃き掃除。まるで清掃業者のような手伝いを何とかこなすことが出来た。


 初日とは言えその疲労感は相当なもので、休憩時間に椅子に座った瞬間に思わず声が漏れる。

 ただ、それでもどこか役に立っている実感が湧いてくるから不思議なものだ。

 それに、


「ちょっと日南君! これ食べな?」

「日南君? 喉は? アイスコーヒー飲むかい?」

「チョコ食べて、体力回復させなっ!」


 ここで働いている人達は、なんとなく良い人だと思う。


「ホント、日南君来てくれて助かるわぁ。しげさんギックリやっちゃって動けないし、かわさんは肩が上がらなくなって通院だし、川ちゃんは膝の爆弾爆発だし……どうなるかと思ったもの」

「そうそう。前々から家族との予定立ててた人に出勤お願いする訳にもいかないじゃない? その分透也君と旦那さんが動いてくれてたんだけど」

「正直、かなりの負担になってそうで怖かったわぁ」


 休憩時間が一緒になったマダム3人組から手厚い歓迎は、なんとなくゴーストを思わせた。

 いや、年齢は違うけど……なんというか孫を相手してくれるような、そんな雰囲気で嫌じゃない。それにお世辞だとしても、自分を必要としてくれる事については素直に嬉しかった。


「全然ですよ。まだ慣れませんが、宜しくお願いします」

「全然なんて謙遜しちゃって。日南君が廊下の掃除とかしてくれるから、部屋の準備に専念出来てすごい楽よ?」

「そうそう。今日から団体さんが来るから、なおの事嬉しい限りよ」


「団体さんですか?」

「そうそう! 去年も来てくれたんだけどね? 映画の撮影クルーの皆が泊まりに来るのよ。監督さんや出演する人達もね。それこそ昔から御贔屓にしてくれてて、全館貸し切りにしちゃうのよ。満室になる位の人数だからね」

「その時は本当にてんてこ舞いなの。まぁ、モデルさんや俳優さん達が生で見られて良いんだけどね?」

「目の保養になるわよねぇ」


 まっ、マジかよ。映画の撮影クルー? 出演者も? それほどまでに人気なのか? 宮原旅館……恐るべしっ!


「それで~? 太陽君はどっち派なの?」

「えっ?」


「ふふっ、やだテルさん! 千那ちゃんと同級生なんだから、千那ちゃんでしょ?」

「やっぱりノブさんもそう思う? ふふっ」

「やだ! コウさんも同じ事思ってたの?」


 その瞬間何やら変わった空気感。

 ただ、俺は……その場から立ち去るタイミングを完全に失っていた。


「さぁ太陽君? 千那ちゃんの事どう思ってるの?」

「デートとかしたのかしら?」

「良い感じなの? どうなの?」

「えっ……あの……」


「「「どうなの~日南君?」」」


 ちょっ、あの……落ち着いてくれます?

 なんだこのマダムの方々……ごく普通な感じで、突然ブッこんでくるじゃないか!


 嘘だろ? 宮原旅館の従業員……マジで恐るべし。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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