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107.湯煙香る

 



「色々と頼むぞぉ~? 太陽!」


 窓から溢れる風を浴びながら、意気揚々と話すのは透也さん。

 まさしく俺は今、透也さんの運転する車の中にいる。


 気が付けば辺りは木々に囲まれ、徐々に感じる硫黄の匂いとゆらゆらと揺れる湯煙。

 ここは鶴湯温泉郷。宮原旅館のある場所だ。


「はい!」


 ゴールデンウィークも残りわずか。その時期に、なぜ俺が透也さんに連れられているのか。

 それはつい昨日の事だった。


 真也ちゃんと日城の緊迫した女子会が行われた日の夕方。俺のスマホにある人から着信があった。

 画面に映し出された真也ちゃんの名前に、恐る恐る画面をスワイプしたよ。


≪もっ、もしもし真……≫

≪さて、日南さん? 色々と聞きたい事はありますけど、重要な事だけ聞かせてください?≫


≪えっ、あのその……≫

≪凛恋先輩については分かりました。それで? 告白の返事とは? 日南さん? まさかあの人の事も気になってるって訳じゃないですよね?≫


≪だっ、だからただの後輩であって、俺が好きなのは千那だけだっての≫

≪ほほう……まぁ、告白の件は千那姉には黙っておきます≫


 いや……その場面にがっつり千那も居たんだよなぁ。本人は覚えてるか分からないけど……


≪それより日南さん? ちょっと頼みがあるんですが≫


 ……真也ちゃん? 声が変わらずに怖いんですけど。


≪なっ、何かな?≫

≪実はゴールデンウィークから5月の中旬まで、たくさんのお客さんが来るんですよ≫


≪さっ、流石宮原旅館! 人気だねぇ≫

≪ゴホン。ただ、従業員の皆さんもご家庭の事情等でお休みする人も多くてですね? ずばり人手が足りないんですよ≫


≪ほっ、ほう≫

≪前にも話出てましたけど、日南さん? ちょっとした期間だけ手伝いできませんか? 住み込みで≫


≪てっ、手伝いって……≫

≪はぁ……千那姉、日南さんが女の子とお茶してたって知ったら悲しむだろうな。ましてや告白とかされちゃった女の子だしなぁ。あぁ~言ったら絶対ショック受けると思うな。あぁ~≫


 うぐっ! 告白のくだりは別として、たっ確かに俺的には日城はただ後輩だけど、千那からして見ればそうとも言えないのか。俺に対する心象が悪くなる可能性は……絶対にあり得る。

 くそ……真也ちゃんめ。絶対に俺が断れないの分かって、この話してるぞ? 


≪いっ、いやそれは……≫

≪あぁ~人手が足りないなぁ~。誰か手伝ってくれる人はいないかなぁ~≫


 こっ、これは……くそ、真也ちゃんめやるな。まぁバイトが決まってないのは事実だし、残りの休みも特段予定はないから問題はない。

 ……仕方ないか。


≪分かったよ。俺で役に立てるなら、手伝わせてください≫

≪本当ですか~? ありがとうございます。さすが日南さん、頼りになります≫


≪嬉しいお言葉だよ。それで? いつから……≫

≪それじゃあ、明日の9時にお父さん迎えに行かせますね? それじゃあ宜しくお願いしま~す≫

≪ん? 明日? ちょっと真也ちゃん!?≫


 そんなこんなで、束の間のドライブを楽しんでいる訳だ。


 ……硫黄の匂いが凄いな。

 黒前駅前とは違い、辺りが山で囲まれている風景。車で30分程移動するだけでここまで変わるものなのかとしみじみと感じる。

 急な坂を登り進んでいくと、見下ろした場所に広がる湯煙と密集した建物。真ん中に立っているのが鶴湯温泉で辺りを囲むように温泉宿やらが立ち並ぶ。テレビやらなんやらで見る温泉地が、目の前にあるというのは風情に溢れていた。


 前に来た時は、まじまじと見れなかったけど……こうしてみると凄いな。

 それに、ここもね?


「よっし、着いたぞ~」

「ありがとうございます」


 そんな透也さんの言葉に、俺は荷物を担いで車から降りると……顔を見上げた。

 デカい門を通った先に見えるのが……木造の3階建て、見た目はザ・日本といった感じの宮原旅館。

 その存在感は、やはり圧巻という言葉が相応しい。


「じゃあ、早速寝泊まりする部屋に案内するよ」

「お願いします」


 旅館の入り口は古き良きガラス戸。そこを開けると玄関というかエントランスのような広めの場所がお目見えする。

 去年遊びに来た時は、千那の家の方から旅館の中にお邪魔したもんな。実際のお客さん視点はこんな感じなのか。


 受付と真正面に見える温泉の入り口。マッサージ機とこれまたザ・旅館の風貌には、


「やっぱりすごいな」


 思わず声が零れる程だった。


「ほれ。行くぞ?」

「はっ、はい!」


 こうして、遊びに来た訳ではなく、働きに宮原旅館を訪れた俺。寝泊まり用の部屋に案内してもらった後、宮原旅館の半纏を着込み……透也さんに事細かく宮原旅館を案内してもらった。


 外観から想像するよりもずっと広い旅館内は、果たしてちゃんと働くことが出来るのかどうかという、一抹の不安さえ感じる程だった。


 やっべ……思いのほか広いぞ?


「まぁ、作り自体は複雑じゃないから、部屋とか宴会場とかすぐ分かるって」

「がっ、がんばります。ははっ」

「あっ、お兄ちゃ~ん……って! 太陽君!?」


 それは突然だった。透也さんの目の前に誰かが現れたかと思うと、自分の名前を口にする。

 思わず、透也さん越しに顔を覗き込むと、そこには……女神が立っていた。


「おぉ、千那」

「なっ、なんで太陽君が? しかもなんでうちの半纏着てるの!?」

「あぁ、そういえば千那に言ってなかったな。今日から5月の中頃まで住み込みで働いてくれる事になったんだよ」


 ……マジかよ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って言葉の意味が分かる。着物姿になんだその髪型。後ろにお団子って! うなじも見えて、ヤバイ!!


「嘘でしょ? ちょっと太陽君? それならそうと、教えてくれても良かったじゃん」


 待てよ? 住み込みで働いてたら、こんな千那の姿を毎日見れるのか? 嘘だろ? こんなの……


「ちょっと~太陽く~ん!」


 最高じゃないかっ!!




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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