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106.借りられてきた猫の気持ち

 


 俺の隣の席に座るのは、宮原真也。

 黒前高校2年で、千那の姪にあたる。


 片や俺の正面に座るのは、日城凛恋。

 黒前大学1年で、中学・高校の後輩。


 そして俺、日南太陽。

 黒前大学2年で女難にまみれたごく一般的な男。

 この場には不釣り合いなのは重々承知している。


 とは言え……


「ふふっ……」

「ふふふっ……」


 この状況で席を立てる自信はない。


 ここは4人掛けの席で片側がソファ、片側が椅子2脚。

 ソファには日城、俺は窓際の椅子。そしてその隣に真也ちゃんがいる状況だ。

 この場から逃げようとしても、真也ちゃんの後ろを通らなければならない。それを許してくれそうな気はしない。ましてや、しようという勇気さえない。


 ただ、この場に居たくないというのも本音だ。


 あぁ、ヤバいぞ? 2人共表面上は笑ってるけど、これ絶対本心の笑顔じゃないじゃん? いや、ここは両者を知っている俺が間に入って、和やかにしなければ。

 よし。行くぞ太陽。


「えっと、とりあえず真也ちゃんも注文どうかな?」

「良いんですか?」

「もちろん! すいませーん」

「はーい! ご注文でしょうか?」


「真也ちゃんは何にする?」

「えっと、ショートケーキセットお願いします」

「かしこまりましたー」


 よしよし。


「ふふっ、やっぱり太陽先輩は優しいですね? ご馳走になります」

「ん?」


 ……あれ? 聞き間違いか? 今ご馳走になりますって言わなかった?


 なんて疑問が頭を過った瞬間、視界の端に見えた真也ちゃんの足の動き。とたんに感じる、つま先を踏まれる感覚。目の前の凍り付くような笑顔。

 まさに無言の脅迫を前に、俺の口からは1つの言葉しか出なかった。


「べっ、別に気にするなって。ははっ!」


 うおぉ……真也ちゃんから、これくらい良いですよね? って雰囲気がヒシヒシと伝わる! いやその、真也ちゃん? 色々誤解しているようだけど、これからちゃんと説明するから!


「わぁ、日南先輩ってやっぱり後輩思いですよね? 私達の分奢ってくれるなんて……優しいなぁ」

「ん?」


 ……あれ? 私達? 私達って、つまり……日城も?


 その言葉に若干目が点になっていると、目の前の日城から感じる鋭い視線。笑顔の中に宿るそれに目が合った瞬間、日城はわざとらしく首を傾げた。

 まさに無言の圧力に、俺の口からは1つの言葉しか出なかった。


「こっ、後輩に奢るのは当然だろっ?」


 ひっ、日城から、私も当然良いですよね? って雰囲気がヒシヒシと伝わる! いや、日城? ちゃんと奢るつもりだったから! 本当だから!


「ですよねぇ~」

「ありがとうございます。太陽先輩」

「ははっ……」


 あぁ、なんだろう。一気に疲れが……


「お待たせしました! ショートケーキセットになります」

「ありがとうございます」


 おぉ! まさに助け船とはこの事。とりあえずケーキをいただこう。そしてそのまま、良い感じに話を回して……そう! なんか真也ちゃんは誤解してそうだし、日城は馴染みのない人が席について内心穏やかじゃない感じだし……へっ、平和な会話を楽しもう。そしてこの場を乗り切ろう。


「じゃあせっかくだから食べようか?」

「はい。そうですね。それではいただきます。太陽先輩」

「そうですよねぇ。いただきます。日南先輩」


 よっ、よし。第一関門は突破。後は俺次第だぞ?


「はいよ。いただきます。う~ん美味い。そういえば、真也ちゃん? さっきチラッと話にも出てたけど、日城は俺の中学・高校からの後輩なんだ。日城? 真也ちゃんとは知り合いでね? バスケサークルの宮原さん居るだろ? その人の姪にあたるんだよ。だから仲良くさせてもらってるんだ」


「……そうなんですね」

「……そうなんですねぇ」


 はっ、ははっ……とりあえず目が笑ってない笑顔を止めようか? めっちゃ怖い。


「そっ、そうなんだよ。あと……」

「あの日城先輩? 太陽先輩と中高が一緒という事は、出身は東京ですか?」


「おっ、その通りなんだよ。真……」

「そうだよ? 東京出身だよ? 真也ちゃんはここが地元なのかな?」


 えっと……あの……


「家は黒前ではないですね。ところで、中学・高校と太陽先輩の後輩にあたるという事は……清廉学園ですよね? 大学もあるはずですけど?」

「まぁまぁ、それより制服って事は高校生だよね? 何年生?」


 そこからは、ハッキリ言って俺の出番はなかった。

 テーブルを囲み、繰り返される2人の会話。傍から見れば女の子同士の他愛もない雑談風景に、似つかわしくない男が同席しているという不思議な空間だっただろう。

 確かに時折笑いがこぼれ、問い掛け・驚き・共感と言った感情が溢れているが……俺からしてみれば、そんなほんわかしたものではない。


 表面上は笑顔。しかしそれは相手に極力自分を探られないような一種の防衛策。

 その証拠に、目の奥から感じる冷たい圧力は、相手の隅々まで観察しているような感じだ。

 互いが互いの情報を聞き出したい。その為に時には攻め、時には受けてカウンター。まさしくテーブルを挟んだ情報戦の攻防を、俺はただ見守っているだけだった。

 下手に間に入ることが出来ない。むしろ両者から黙っていてくださいと言われている気さえした。

 そんな中、適度な間隔でケーキやらコーヒーに手を付け、あくまで楽しい雑談という体を保っているあたりが、2人の恐ろしさを助長させる。


 とんでもなく緊迫感のある時間だったのは間違いなかった。

 しかしながら、そんな時間も永遠に続く訳じゃない。ケーキも無くなり、お代わりをしたコーヒーも無くなった時だった。


「ふふっ。真也ちゃんって面白いね?」

「凛恋先輩こそ。色々な事を知ってて尊敬します」


 ようやく、この戦いにも終息の目途が立ちつつあった。


「あっ、もうこんな時間だ。凛恋先輩色々とありがとうございました。太陽先輩も」

「本当だ。こっちこそ色々話し込んじゃってごめんね。でも色んな事知れてよかったぁ」」


 あぁ、ようやく終わるのか……

 なんか互いの事聞いてるだけなのに、妙に緊迫感があった。ちょっとは2人も打ち解けられた気はするけど……どうなんだ? 


「じゃあ、失礼しますね? 太陽先輩ありがとうございます」

「それじゃあ、私も行こうかな。先輩? ありがとうございますね」


 ……ん?


「あれ? 凛恋先輩も帰るんですか? じゃあ、どうですそこまで……」

「あっ、いいねぇ。ちょっとそこまで……」

「「一緒に行きましょうか?」」


 そう言うと、並んで歩く2人。

 俺はその2つの背中を、ただ茫然と眺めていた。


 いや良いんだよ? 奢るって言ったからさ? 

 でもさ? ……いや、やっぱりいいか。


 ……なんか一気に疲れた気がする。

 あぁ、ついさっきまで姉ちゃん達が居た時の平和な雰囲気……


 戻ってこないですかね?




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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