赤い月
「――ぇ?」
結衣達が居る方に稲妻が流れる。
蒼汰はスキルでいきなり強くなりはしたが、戦う事自体は素人だ。刀を持てば何十年と刀を振り続けた最強の剣捌きを魅せるがそれだけだ。戦闘中他の人を気遣う余裕は無い。その為大事な人を後ろに戦闘を始めてしまった故の悲劇が起こるはずだった。
「っく!」
このままいけば確実に稲妻は妹を貫いただろう。しかしそうはならなかった、突然その稲妻が明後日の方向へ角度を変え民家に直撃したが、幸い中には誰も居なかったようだ。始めはゼルさんか、もしや姫様が防いでくれたのかと思ったが違った。今現在敵対している相手が雷を操作し逸らしたのだ。
「なんで…」
蒼汰がそう問うと相手も身体が勝手に動いたという感じでハッとした表情をしたがすぐに取り繕う。
「……戦えない者を甚振る趣味はない、貴方さえ無力化すれば後はどうとでもなるから。」
仏頂面で顔を逸らしながら言い訳がましい事を言う。戦闘中にコレはずるいだろう。俺は相手、シャロが倒すべき敵だとは思えなくなってしまった。
これが蒼汰の性格を把握し実行した作戦、演技であれば一瞬でも戦意をそがれてしまったこちらの負けであっただろう。不意を突いた攻撃をされれば殺されていたかもしれない。しかしそんな事は無かった。
少女は操られている訳ではない事は分かる。己の意思でここに居るのだろう。だがそれは仕方なくといった様子が窺える。魔法を撃つたびに度に凄く悲しそうな顔をする。これは俺がそうあってほしいと思っているからなのか、少女の魔法にはどうか耐えてと。当たらないでという想いが籠っているように思えてならない。
これは蒼汰による独断と偏見に基づいた勝手な妄想だと言ってしまえばそうなのかもしれない。
もし命令する主が居て逆らえない理由があるとしたら…一番分かりやすいのが人質とかだろうか。しかしそれだと蒼汰の【気配察知Ⅹ】の内にそれらしき者は感じられない為どうする事も出来ないのだが。
「余所見してると死ぬわよ!【雷桜】!」
いつの間にか自分の目の前に少女は立ってい、手が眩く光ると同時に稲妻が解き放たれる。木の枝の様に広がる稲妻を蒼汰は【疾走Ⅹ】で思いっきり下がり、追尾してくる帯電した花びらのようなものを斬り落とした。
「なかなかやるのね、カスりもしないなんて。」
攻撃する前に毎度注意喚起してくれてる人がそんな事を言うか。
「…おかげ様でね。では今度はこちらから。【精神斬】!」
肉体を傷つけず、精神にのみダメージが与えられるようになる魔法を武器に宿し、距離をコンマ1秒で詰める。流石に相手も目で追う事は出来ないようだが近接用の対処はしてきたようだ。
「【雷装】!」
魔法と違い一言呟くだけで発動するスキルは便利だが、実は魔法よりもスタミナを多く消費するものがほとんどだ。蒼汰は魔法もスキルも一言で出せるので疲れる疲れない程度の区別でしかないが。
【雷装】を使ったシャロに斬りつけると刃が肌に達する前に電気の玉が割り込んで来て防がれる。自動防御か、だが。
「ふっ!」
7閃。蒼汰が刀を振り【雷装】の自動防御で弾かれを繰り返していたが、7回目の攻撃で電気の玉が砕け散り相手に刃が到達する。
「ぐぅっ…!」
【精神斬】を纏わせている為傷は付かないが、精神を削る。実力差が縮まれば縮まる程そのダメージは低くなり、格上だとダメージは通らないので心配だったがどうやら効いているようだ。この前戦ったアンサムよりは全然ダメージが低いように見えるが。
相手もただ攻撃を受けていた訳ではなく、蒼汰の斬撃を前に冷静に詠唱を唱え、完成させている。
「【静雷の拘束】!」
雷系統の拘束魔法を打ってくる。魔法が得意なのだろう。本来ならば前衛と組み魔法を詠唱する時間を稼いでもらい戦うというやり方が良いのだろうが1人の場合自分で詠唱する時間を稼がなければならない。その為の拘束魔法だ。
「二度も同じ手にはかからない!【風圧爆散】!」
良く見ればチリチリと電気を帯びた霧みたいなものが迫ってくるのが見えるので、蒼汰は真下に風の爆弾を叩きつけ、霧散させる。
「『神界に通じし雷門よ開け、全てを焦がし、全てを踏み潰す裁きをこの地に!雷の足跡!!』」
相手も二度同じ技が通用するとは思っていなかったのか、蒼汰が気を取られている内にまた違う魔法の詠唱を即座に完成させている。
ガッ!ズサアアアアアン
上空の空が歪んだと思うとそこから巨大な青い稲妻で構成された足が踏みつけてくる。
咄嗟に刀を横にし両手で受け止めるが、刀を通じ電気が蒼汰に流れて来たので【落とし穴】で自分の真下に穴を空けやり過ごす。
「っ、ソウタ!」
傍から見れば雷の巨大な足に踏み潰されたように見えるのでシエラが心配の声を上げた。
シャロの魔法が消えると同時に蒼汰と一緒に穴から岩が突き出てくる。それをバネに跳び、シャロに6閃。
自分の足元に【大地裂傷】を使用し、その時に出てくる岩を利用したのだ。
「クフッ…ま、まだ!【稲魂】!!」
シャロが右手を前に出すと、指に嵌められている指輪が光り、赤い閃光が蒼汰を突き飛ばした。
事前に詠唱をした魔法を閉じ込め任意で出すことが出来る魔道具。嵌められている宝石によって閉じ込められるレベルが変わりそれは宝石の色で決まっている。白から赤の濃さが濃くなっていくほどが高い。
シャロが放った指輪に閉じ込められた魔法は【稲魂】というもので、シャロが距離を取る目的でよく使う技だ。
「黄龍よ、我が血を贄に古き雷の――くっ!」
吹き飛ばされた蒼汰はすぐ様【次元袋】から弓と矢を取り出し普通の矢を避けられるだろうと
敵を信じて打つ。
矢を避けた直後、シャロの後ろでキィン!という音がし、シャロは反射的に後ろを振り向く。
「後ろ!?」
シャロが見たのはただカタナと矢がぶつかり合い鳴っただけの子供騙し。蒼汰はシャロに吹き飛ばされる直前に刀を上に放り投げていた。刀に【視界を欺く体】を掛けて。
シャロは振り向いた直後騙されたと気づき、振り返るが蒼汰には十分な時間だった。
9本の青い矢がシャロに刺さり、魔法がうまく操れなくなったシャロは地面に落下した。
刺さったはずの矢は落下と同時に消え去る。蒼汰は矢に【精神斬】を掛け撃ったのだ。
「ふう・・・色々応用が効くもんだな。ぶっつけ本番にならないように今後他にも色々試しておくか。」
降って来た刀をキャッチしシャロの方に向かおうとすると、彼女はまだ気絶までは行かず、立ち上がった。
「ま、まだよ・・・雷雲、より、生まれ・・し力よ・・・解き放て、電砲!」
蒼汰は一瞬身構えたが、魔法は発動しない。
「なんで…そう…か。傷がつかないと思ったら。…全て精神干渉系だったのね…。」
「降参か?そろそろ話しを聞かせてもらっても?」
「……話すことはない、もう、殺して…。」
「それは――!」
突然蒼汰の【気配察知】に3つの新たな敵意を持った者が引っ掛かった。
「アアー久シブリの外だァ」
「またお前と2人で組む事になるとはな…面倒だ。」
一方は身長を5メートルは超す縦にも横にもでかい緑色の肌の悪魔。
もう一方は人間の形をしているが白い肌に角やら翼やらを生やしている片目を髪で隠した悪魔。
「ギュエスぅ何言ってルンダ?今回は3人ダロ?」
フッと悪魔二人の後ろに浮いていた巨大な紫色のシャボン玉みたいなものが弾け、中から5階建てのアパートぐらいの大きさがある化け物が出現する。
空中で割れた為そのまま落下し、ザッパアアアアアンと水飛沫を上げ湖に着水した。
「ああ、これな…確か吸血鬼の子供をジャイアントグレーターデーモンと混ぜたとか言ってたか。」
前髪で固めを隠した悪魔がそうつぶやくとシャロが目を見開き反応する。
「ぇ…?う、嘘…嘘よ、吸血鬼の子供って…まさか…ニナ、なの?」
シャロは動揺しながら巨大な魔物を見上げた。
「グオーーーーーーーーーーーン」
鳴き声か、ただの意味のない咆哮か。
肌は紫でドロドロとし、目になっている部分なのか、頭のほうに二つ穴が開いている。その2つの穴の下に開閉している口みたいなものがあるのでやはり顔なのか。一定置きに叫び声を上げるがどこか苦しそうだ。
3人が相手か…行けるだろうか?
「おい蒼汰…オレはあのデブ悪魔をやる、手出ししないでくれ」
ミミが怒りに満ちた様子でそんな事を言ってくる。マヒ状態は治ったようだ。
「あたしも手伝うわ、ソウタ!」
なんとシエラも戦うと声を上げた。
「だ、大丈夫か?結構強そうだぞ…」
「ソウタが戦ってるのに見てるだけじゃ嫌。あたしも隣に立って戦いたい。」
んんーちょっと心配だ…誰かほかに戦える者は…
「ならば私が援護致しましょう。」
姫様の執事、ゼルさんが名乗りを上げた。
鑑定してみる
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ゼル・オルデアン
年齢:68歳
種族:人族
スキル
【身体強化Ⅴ】【疾走Ⅲ】【危険察知Ⅴ】【気配察知Ⅴ】【鑑定Ⅴ】
【投擲術Ⅵ】
┗手で投げる物がより正確に早く投げられるようになる。
【影斬りⅤ】
┗影を斬る事で傷を付けず痛みだけ与える事が出来る。
【影縫いⅢ】
┗一度触れた事がある影と影の間を移動することが出来る。レベルによって距離が変わる
魔法
【影縛りⅣ】
┗相手の影をその場に縫い付け動けなくする。光によって影が出来ていないと効果が無い。
【影檻Ⅳ】
┗相手が踏んでいる影に落とし閉じ込める。影檻のレベルを相手の身体強化が上回る場合効果がない
【影分身Ⅳ】
┗自分の分身を作る。分身は影ではない所を踏むと消えてしまう。レベルの数だけ最大分身を出せる
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執事というより忍者っぽい…!影分身とかあるし。これで印を結んで火遁!!なんちゃらの術!とかやってくれたら完璧だったんだが。でもまあ
「ゼルさん、よろしくお願いします。」
「お任せ下さい。」
ゼルさんは白い手袋をキュっと整え手を後ろに組むと「お嬢様、よろしくお願いします」とシエラに言う。シエラも急にお嬢様と呼ばれたので「は、はい。よろしくお願いします」と返事はしていたがタジタジである。満更でもなさそうだけどね。
「それじゃ俺は…」
「グオーーーーーーーーーーーン」
このデカ物さんが相手かな。
「行きますか、【風の加護】!」
無詠唱で風の加護、対象に風を纏わせ、身を守り速度も上がる魔法を皆に掛ける。
準備万端だ。
「それじゃ皆、無理だと思ったら下がって。死んだら終わりだ。行こう!」
蒼汰の号令でミミは悪魔ゲイズに。
シエラとゼルさんは悪魔ギュエスへ。
俺は名前は無いみたいだがとりあえず出かい化け物に向かおうとするが、俺の前にシャロが立ち塞がる。
「ま、待って!天使蒼汰…ワタシが、相手よ。ニナは…あのでかいのは殺らせない!絶対に!」
「……吸血鬼の子供が混ざってるとさっき悪魔達が言ってたが、お前が俺達と敵対してる理由に関係があるのか?」
「そう、よ。妹なの…妹には手を出さないという約束だったんだけど、破られちゃった、みたいね…」
シャロには目の前の物がどう映っているのか。大切な人を見る優しい目で巨大な化け物となってしまったものを見てはいるがその目には悔しさが形で溢れ出るように涙がいっぱいだ。
「ワタシは、諦めない。最後の家族、妹なの。合成出来たんだから分離する事だってきっと出来るはず…だから、殺させない!」
妹…。
その妹を鑑定してみる。
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ジャイアントグレーターデーモン
ニナ・ルイーズ・ヴァンネリカ
年齢499歳
年齢42歳
種族:悪魔
種族:???
スキル
【身体強化Ⅴ】
【魔素体化Ⅰ】
┗体を魔素に換え大体の攻撃を無効化できるようにするが、時間が経過して戻る以外の選択肢がない。
スキル
【???】【???】【???】【???】
魔法
【暗黒玉Ⅱ】
┗闇の玉を出す。そこに引きずり込まれると悪魔特有の世界へ飛ばされ魔物の餌になる。出る条件はそこにいる魔物を全員殺す事。レベルによって世界の広さが変わる
【岩の刃Ⅱ】
┗岩で出来た刃を飛ばす。切るというよりは削る攻撃。
魔法
【???】【???】【???】【???】
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どうやら嘘は付いてないようだな。
二重になってバグってるような感じで見えるがニナ・ルイーズ・ヴァンネリカというのがシャロ・ルイーズ・ヴァンネリカの妹という事だろう。
種族は吸血鬼、でいいのかな。シャロを見る限りかなり幼く見えるが成長が遅いのだろうか?長寿の種族かな。
「俺にも妹が居る、俺にとって最後の家族も同然だ。その妹への攻撃を逸らしてくれたし、今度は俺がお前の妹を助ける番だな。」
「ぇ…?で、できるの!?」
「まぁ任せておけ!」
合成したモノを分離するスキル…または魔法。創造出来るか?




