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彼と彼女は政略結婚  作者: あやぺん
交流ノ章

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八話

 ギイチが知恵熱を出した翌日、ぐっすり寝て少々遅めに起きた彼はすっかり元気。目を覚ましたらテオがいて、本を読んでいたので「風邪じゃなかったのか治った」と声を掛けた。


「朝、顔色を見に来た時に顔色が良かったからそんな気がしていた。あっという間に回復とはええことだ」


 昨夜はどうマリさんに世話された? と問われたギイチは「風邪はうつるから追い出した」と返答。


「そりゃあそうだけど、昨日の様子だとそんなすぐにはうつらないって言うただろう」

「言われてない」

「言った」

「言ってない」

「言った」

「やかましい。言ってない!」

「心細いから少しだけ手を握ってくれないか? とか言えよ。俺なら言う」

「君がそうだとしても、俺はしたくないから言わない」

「言いたいけど祝言しない限り無理。俺が熱を出したら親が出てくる。お前には家族がいないようなものなんだから、マリさんを射止めて彼女の親も呼んで楽しく暮らせ」


 それかフユツキ家に転がり込んで南三区六番地の住人になれ。そうしたらご近所さんみたいなものだから楽しいと思うぜ? とテオはギイチに笑いかけた。


「俺は君に話していなかったし、彼女がユリアさんに伝えていないか君にまで教えていないようだから教える。彼女には恋人がいた。そこに父上が乗り込んで、化物四男をこのまま放置は世間体が悪いって、金で買うようにマリをフユツキ家から奪ってきた」

「マリさんに恋人? へぇ。それは知らなかった」

「半年くらいして、あの女は心底嫌だとゴネて追い出す。俺はとっくに成人で、その頃はマリも成人後。二人だけで自由に婚約破棄可能だ。フユツキ家の残りの借金は知らん。自分の稼ぎから、半年間の世話代と取材費くらいは払うから身売りしなくてもなんとかなるだろう」


 相手の為に身を引く、というのは悲恋物の定番。雨宿りで濡れる以外に書いている表文学の短編集の中の物語一つは、編集者ケンジが提示した題材はこの悲恋物でもう仕上げてある。今、ギイチはそれを利用して話を作った。

 

「……えっ? おい! 戦えよ! 一つ屋根の下にいる自分の方が有利だろう! なんで最初から諦めているんだ!」

「病み上がりにうるさい声を出すな」


 本を閉じて近寄ってきたテオに対して、ギイチはうっとおしいというような表情を返した。


「結婚前の女は取り合いだ。既婚者もまぁ、常識を守るなら奪い合いだけど」

「俺は単にあの女の見た目が好みなだけだ。中身の無い、スカスカ女の内面には興味が無い。手を出したら彼女の友人の親や叔父がしゃしゃり出てくるだろう。強姦罪は死罪だぞ。俺は死にたくない」

「……」


 目を細めてジロジロ見てくるテオをギイチは手で払って「仕事をする」と机に向かった。


「っ痛」


 背中をバシンッと軽く叩かれたギイチは振り返った。


「中身の無い、頭がスカスカの、見た目しか好きじゃない女をなんで恋人のところへ帰そうと考えたり、実家の借金を心配して金を恵もうとするんだ。下手な言い訳をするな」

「帰すのは邪魔だからだ。金は難癖対策費」

「男なら戦え」

「それなら今日から俺は女だ」

「女も戦うものだ!」

「やかましい。君の価値観を押し付けるな」

「口説かないと辛いことになるけど、口説く事に不都合なんてないんだから逃げるな」

「うるさい。押し付けようとするなら出てい……」


 出て行け、と言う前にテオは立ち上がって「あっそ」と言い放って退出。ムカムカ苛立ちつつもモヤモヤしていたら、テオはマリを連れて帰ってきた。


「シン。マリさんも快気祝いに付き合ってくれるって」

「はぁ?」

「さっそく食欲があるなんて良かったです。体力を失わない為にすぐ散歩は殊勝ですが、辛かったら途中で帰宅しましょうね」


 テオが何か企てたと気がついても、ギイチはマリの愛らしい笑顔に対して反射的に頷いていた。


 こうして、三人で家を出発して早めの昼食をとりに街中へ。マリを間に挟んで三人で並んで歩いているのだが、テオとマリはユリアの褒め話で盛り上がっているからギイチは聞き役に徹している。その方が資料が増えて楽しいので。

 蕎麦屋に入ってもそれは続いている。帰宅中にテオが、通りがかった小物屋を覗きたいということで入店。

 テオは店の軒先に並べられている女性物の髪飾りを眺めてマリに「手先が不器用でも使える髪飾りってどれですか?」と問いかけた。


「ユリアさんへですか?」

「そうそう。ユリアは不器用で(かんざし)を使えなくて、細い紐も苦手で、いつも結びやすい長めの布で一つ結び。凝った髪型や飾り布ではないものを使っている時は家族親戚が結ってくれた時」

「ユリアさんはそういう理由で一つ結びが多いのですか。それでしたら、いっそ帯留めや帯飾りはどうですか? ユリアさんはいつも袴なので帯飾りですね」


 マリは別の商品が飾られている棚へ移動して、テオを手招きした。


「いらっしゃいませ。恋人におねだりですか?」と若い女性店員がマリに話しかけた。


「いえ。彼は私の友人へ贈り物です。二人がこひ人同士ですので」

「彼女の婚約者は向こうの彼です。店員さん。帯飾りって帯に飾るものって意味ですよね? 俺のかわゆい婚約者はいつも袴をはいているから、それに使える飾り物はどれですか?」

「袴の帯にはこのあたりのちび(かんざし)を挿すと良いかと。着物の帯にも使えますし、髪にも飾れます」

「あっ。意匠は百合がええけどありますか?」


 ふーん、とギイチはテオと店員の会話を聞きつつ、マリが楽しそうな表情で小物を眺めている姿を眺めた。それで思いつく。


「おい、マリ」

「はい。なんでございますか?」

「文章が髪飾りを贈ったとか、小物を渡しただと味気なさ過ぎる。用途が異なる小物を小型金貨一枚分選べ。それで、それぞれの使い方を教えろ。女性が使うものは多過ぎて何が何だか分からん」

「……小型金貨一枚ですか?」

「きっちり使えという訳ではない。意匠は君に任せる。手元に残っても困るから資料として使い終わったらやる」


 マリは「えーっと……」と戸惑ったような声を出して、少々目を丸くして固まった。


「この場で軽く説明して分からないものだけ購入で良いのでしょうか?」

「それで構わない」

「もしかして、髪型も研究したかったですか?」

「外から見た形を描写出来るようにしたいが、君はいつも一つ結びだよな。君も不器用だからか?」

「ユリアさんに憧れているからです。不器用には不器用ですが多少は結えます」


 マリは自分に物を与えられて使用させられることに対する嫌悪感はないようだ、とギイチは彼女の表情などから推測。


「では順番にご説明しますね」

「頼む」


 店外にあるのは客寄せ商品で種類が少ないのでマリはギイチを促して店内へ移動。

 女性の髪飾りの代表である(かんざし)は知ってて当然の代物だが、単に髪に挿すだけではなくて、一本でも髪を(まと)められることは知らず。

 実際に手を動かしてくれと依頼したら、家にあるる(かんざし)を使って披露すると言われて購入無し。

 帯留めは帯締めに通すもの。帯飾りは帯に挿すもので、時に髪に飾ることもある。リボンは結ぶだけ。飾り紐も同じように使う。複雑な髪型にする時も紐で括る。

 飾り(くし)は髪に挿すだけ。留め具は上手く髪をまとめるもの。留め具付きの髪飾りもある。

 ギイチはマリに身振り手振り付きで説明されるたびに、簡単だなとか、そうかと答えた。

 

「購入しなくても大丈夫そうですね」

「……」


 資料を言い訳にしてマリに何か贈り物と考えたのに、このように不発である。


「二人は何を探しているんだ?」


 品物を買い終えたテオがシンの隣に立って肘で軽く彼の体をつついた。


「別に」

「っていうか、婚約指輪は買わないのか? 親同士が決めたとはいえ婚約者なんだから買って、形から入ったらどうだ? 婚約者らしいことをしたら親しくなるって」

「婚約指輪とはなんですか?」

「あれっ。有名じゃないのか? すみません。婚約指輪はどこですか?」


 テオが店員に確認したら婚約指輪という名称を初めて聞いた、この店にはないという返事。


「へぇ。地域性があるものなのか。俺の左手はこの通りで、右手の薬指には大きさが合わないから紐を通して首飾りにしてある。ユリアは料理の特訓で邪魔になるって言うて、同じようにしてる」


 そう説明するとテオは首飾りにしている婚約指輪をギイチとマリと店員に見せて、たけのこから竹になるように、婚約から祝言に至りますようにという願掛けの竹細工指輪だと三人に教えた。


「金属製の指輪は高いから、庶民の結婚指輪としても売ってる」

「へぇ。そんなものがあるのか」

「今度、二人で我が家に泊まりに来いよ。で、近所の小物屋で買うとええ」

「そういうものは恋人同士が買う物だろう? 親が選んだとか、家の為にみたいな男女には必要無い」

「だから、形から入れって言うただろう。なぁ、マリさん」


 ギイチは「余計な事をマリに言うな!」と叫びそうになった。しかし、歯を食いしばって沈黙してマリを様子見。

 彼女は「形からならまずは文通なのですが、私の教養が足りなくて断られてしまいました」と困り笑いを浮かべた。


「へぇ……」


 テオの非難の目を避けるように、ギイチは体の向きを変えて「買い物が終わったなら帰るぞ」と出入り口に向かって歩き出した。


「同居して文通からは変だけど、なんで誘われたのに断っているんだ」


 お店を出ると、テオは小声でギイチにそう耳打ち。しかしギイチは無視して無言で歩き続けた。


 ★


 テオは執筆に集中するギイチと同じ部屋で読書をして過ごした。昼食前後のようにマリのことで何か言ったりせず。

 夕食の時間帯になるとマリが二人を呼びに来て、そろそろ長屋へ行きましょうと誘った。

 三人で長屋へ到着すると、レイがギイチに声を掛けて部屋に招いた。板間に腰掛たレイに隣へどうぞと促されたので着席。味噌汁は大体このレイの部屋で作られるので、いつもと同じように、部屋のかまどから良い香りがする。


「使用人候補なんだけど、こっち側は色々終わったから、君に紹介したい」

「こっち側は色々終わったってなんだ」

「本人の現時点の能力確認、意志確認、現在の職場の業務整理、給与の相場確認、奉公紹介状の作成などです」

「紹介状を渡してくれるんだな」

「まずこちらが通常の奉公紹介状。それからこっちが私からの紹介状。口頭でも説明します」


 一通り聞いてから質問して下さいと言われたギイチは耳を傾けた。それで「検討する」と返答。

 

 長屋でレイ達に世話になっている時点で既にそうだけど、住み込み使用人が出来れば、世間一般の目ではマリという存在はますますギイチに必要無くなる。

 マリという女性に繋がる縁が、彼女にここにいてはダメだと促しているような状況だと、ギイチは天井を見上げてゆっくり深呼吸を繰り返した。


 この世の全てを呪ってやると考えた時に、玄関で倒れたあの夜に、アザミとユミトに手を差し出されたその日から、救いがある間はまだ人でありたいと願った。

 アザミがしつこくぎゃあぎゃあ言うので、資料になる女探しをしたから今である。

 

 こういうことを、あの人は自分の副神と呼ぶのだろう。気がつけば俺はかなり人並みだな、とギイチは心の中で囁いた。


 ☆ その日の晩 ☆


 朝、目が覚めて障子を開いたらひらりと紙が廊下に落下した。なんだろうと手に取ったら文字が書いてあった。おまけに兎と花が描かれている。

 シンには文筆の才能があるらしいけれど、絵も上手みたい。誰かに花を差し出す兎は実に愛くるしい。


【先日は君が客をもてなしてくれたので、仕事に有益な情報を得ることが出来ました。おまけに体調不良の世話までありがとうございます。年末までの付き合いですが引き続きよろしくお願いします。予想外の付属品達から情報を得られているので、予定している祝言はしないで年末に実家へ帰します。シン・ナガエ】


 それしか書いてないけど、相手がシンなのでこんなに書いてある気もする。

 年末で終わり……。祝言はしない……。そうなの?


 何で染めたのか分からないけれど、兎が持っている花は黄色なのでこれは結良(ゆら)花だ。

 私はイノハの白兎という古典がとても好きで色々な種類の本を読んだので、授業ではさらっと流された花が黄色いことも、白兎が大好きな相手に良縁を望んで贈ったことも知っている。

 乙女と末の副神様が結ばれたので、この黄色い花は縁起が良いと、龍神王様は結良(ゆら)花という名前をつけて桃源郷に植えた。イノハの白兎が摘んだのは福寿草だったので、(うつつ)にある福寿草の中に結良(ゆら)花が混じっていると言われている。


「イノハの白兎と結良(ゆら)花……」


 この絵の意味は君に良縁と幸あれ、なのは明白。


 私は「そうなのか……」と小さく呟いた。いつの間にか私はシンにそう言われるくらい親しくなったのか、彼の根っこが親切だからこうなったのか不明。

 

 もう一度「そうなのか……」と口にする。雨音で分かるように今日は雨のようなので、湿気が強いせいか、しばらく息がしづらかった。

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