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彼と彼女は政略結婚  作者: あやぺん
交流ノ章

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六話

 お客様が全員帰宅して、お風呂に入って寝るという時になって私はようやくハッとした。

 レイが来て、今日はここで夕食作りだと、料理上手なユリアの母達と共に料理をしたり、居間でワイワイ夕食をとった時もぼんやりしていたけど、確認しないと! と我に返る。


 体を起こして灯りを持って部屋を出て、やっぱりやめようとか、いやいやこれは仕事だと悩みながら廊下をうろうろ。


「君はこんな夜中に何をしているんだ?」

「ひ、ひゃあぁあ!」


 会いに行こうと考えていた人物の声が突然背後からしたので驚愕。その後、体から力が抜けて床に座り込んでしまった。


「幽霊屋敷でついに幽霊に遭遇したってか?」

「い、いえ、いえ……足があるのでどう見ても幽霊ではありません……」


 手を離して落としてしまった灯りがシンの足元を照らしている。父と同じく、男性の足は骨張っている。手と同じで自分と同じ生物ではないのだとよく分かる。

 シンは左手で灯りを拾って、私に右手を差し出した。


(かわや)へ行くだけでこれとは鈍臭い女だな」

「……ありがとうございます」


 シンは優しいのだからこの口の悪さは直すと良い。懐から手拭いを出して、シンの手に乗せてその上に自分の手を重ねたら「なんだこれは」と不機嫌そうな声。


「手拭いです」

「そんなことは見れば分かる。堂々と触りたくないと意思表示するとは図太い女だって言ったんだ」

「言われていません。直接触ったら、はしたないではないですか」

「はしたない?」

「はい。……直接肌に触れさせても良い異性は婚約者と夫と言います。そうでした。書類上は婚約者でした」


 手拭いを引っ張って外して直接手を重ねたら、体のあちこちから、じわじわと汗が出てきた。引っ張られたのでよいしょと体を起こす。

 直立するとシンはパッと手を離したので、私は手を後ろで組んで合わせた。手汗が酷いので「君は汗かき女だな」と言われそう。しかし、シンは何も発言せず。光苔の青白い灯りに照らされている彼の顔は実に不機嫌そうだ。


「なに、何をしていると尋ねたのに、(かわや)へ行くと思ったのですね……」

「疑問に思ってそう言ったが、他に無いだろう」

「いえ、あの……。まだ起きていたら確認しようと……」

「確認? まだ起きていたらって俺か?」


 頷いたら、彼は小さなため息を吐いた。


「この嘘つきめ。俺の部屋は反対方向だ」

「迷っていただけです」

「俺が起きているかどうか確認しようとした理由はなんだ。そのしょうもない嘘の理由は羞恥心か? 下街お嬢さんは厠へ行くということも言えないとは」

「そのくらい言います。席を外しますのように、慎みますけれど。確認は起きているかどうかではなくて、あやめのことです」


 あやめ、という単語を口にした時にシンは再び深く長く息を吐いた。


「居間でユリアさんの父親から何やら教わったいるのは聞いていた」

「縁談やり取りの練習だったのですよね?」

「……君がバカで何の収穫も無かった。いや、下街お嬢さんに古典龍歌は無駄という知識が増えた。それはそれで使える」

「お役に立てて良かったです」


 やはり資料の為の短歌だった。当たり前のことなのに、私はなぜ彼にわざわざ確認しようとしたのだろう。それもこんな真夜中に急に思い立って。


「副隊長夫妻の会話で、知的な者同士ならどういちゃつくかも知れた。中年になってもあれはなんなんだか。レイは万年新婚夫婦と評していたな」

「万年新婚夫婦ですか?」

「君はあの場に居なかったか」

「ええ。レイさんがそう発言したことを存じ上げません」

「君の両親の馴れ初めはなんだ?」


 突然どうしたのだろうと思ったけど、私は話すことも仕事なので素直に知っている話を教えた。父の従兄弟が母を紹介したという普通のお見合いだ。


「普通のお見合い……。お見合いは主流か? 珍しいか?」

「お見合い以外の縁談は知りません」

「それなら今日は特殊な縁談ばかり聞いたのか」

「そうなのですか? あっ」


 立ち話も何なので、お茶を淹れて居間でどうかと尋ねたら、夜に火を使うなと怒られた。


「君は間抜けだから、暗いところで火を使ったら火事を起こしそうだ」

「起こしませんと言えないので情けないです」

「酒なら火は要らないから酒にするか」

「私は未成年です」

「二人しかいないのに未成年も何もあるか。そもそも未成年の飲酒で捕まったなんて聞いたことがない」


 歩き出したのでついて行く。シンこそ夜中にどこへ行く予定だったのだろうか。厠ですか? と聞かなくても、シンならしたいことをするので特に聞かず。

 居間へ到着すると、灯りを渡されて座っていろと言われたのでそうした。彼は自分が持っていた灯りを持って去り、かなりしてから戻ってきた。

 台所や自室からお酒を持ってきたにしては遅かったので、本来の目的だった厠へ行ったのかもしれない。


 シンが持ってきたのはお膳一つに徳利一本。それに盃が二枚で先にお酌してくれた。


「飲んだことはないんだよな?」

「もちろんです」

「なら感想を言え」

「はい」


 私もお酌をして、会釈をして口に盃を運びながら、これはなんだか挙式時の儀式みたいだと照れてきた。従姉妹の結婚式で龍神王様へ誓いを立てて御神酒を飲み交わす場面がパッと浮かんできたので。

 お互い打算で、隠れ蓑として祝言する訳だけど契約書類を提出するし、夫婦がすることを私達もするからつい想像してしまったのだろう。


「っ苦。苦いです」

「言うと思った。だろうな」

「美味しいですか?」

「まぁ、慣れたからか美味い」

「私はもう要りません」

「そうか」


 飲め、と強要はしないようだ。シンは穏やかに微笑んでまた盃に口をつけた。この姿は非常に大人っぽく、色っぽい気がする。


「やっぱり飲みます。慣れなら飲みます」

「酔って吐かれるのも、二日酔いで朝飯が無くなるのも困るから気をつけろ」


 この発言も遠回しの心配なのだろうか。


「ありがとうございます。特殊な縁談とはなんですか?」

「まずテオの両親。火消しはどんな縁談をするのか聞いたら大体幼馴染とくっつくと言われた。テオもその範疇(はんちゅう)。でも両親は土下座婚だそうだ」

「土下座婚?」


 聞いたことのない名称である。


「火事現場で助けた女に一目惚れして、口説いても靡かないから百日土下座したらしい」

「まぁ。初めて聞きました。百夜通いの土下座版ですね」

「とびきり美人に不細工火消しが惚れたのかと思ったら、地味で平凡な母親と自分と良く似た美形の父親って言っていた。訳が分からん。あと、自分を美形と言うとは呆れる」

「でもテオさんは色男さんです」

「あの顔と姿形で自分は不細工って言ったら殴りたくなるからまぁ。百回土下座させた嗜虐(しぎゃく)趣味の女と会ってみたいから、それとなく誘った。来たら上手いこと聞き出せ」

「聞き出す……。何をですか?」

「百回土下座させて楽しかったか、とか」

「そのようなこと、ずけずけと聞けません。シンさんの方が聞けますよ」

「君も図々しいだろう」


 君も、なので自分のことも図々しいと思っているのだなと笑ってしまった。

 テオの父親は女学校に特別講師として来たことがあるけど、とても女性のお尻の下に敷かれるような性格ではなかった。

 明るく元気で女学生を褒めまくってくれていたし、人見知りや緊張する私達をちょっと揶揄う感じなのに、お嫁さんになって下さいと百夜土下座して祝言に至ったとは。


「土下座婚なんてどんな本でも読んだことがない。なのにルーベル副隊長もそうらしい」

「そうなのですか?」

「一時期、一区で働いていた時に奉納演奏をしていた芸妓に惚れて、そのうち南三区勤務に戻るからお見合いして下さい、隣に引っ越してきて下さいって百日も土下座したらしい」

「まぁ。ルーベル副隊長さんも百夜土下座ですか」


 戦えば勇ましくて強く、話せば穏やかで優しくも凛々しいルーベル副隊長が土下座婚とは、贔屓(ひいき)にしている両親はがっかりするかも。ルーベル副隊長が大好きな父は特に。


「ユリアさんの両親も、父親が母の具合が良く無いからとにかく早く嫁に来てくれと土下座したそうだ。テオから聞いたんだが、百回とは言わなかったな」


 すらすらと古典龍歌を解説出来る、あの素敵な父親ロイも土下座婚……。


「百夜土下座が世の男の標準的な口説き方なのかと錯覚しそうになった」

「何度かお見合いして婚約したお姉様は、どなたにも土下座されていません」

「アザミ君に聞いたら、三組とも特殊だと言われた」

「そうですよ。土下座婚なんて聞いたことがありません」


 私がぼんやりしていた間に、シンは色々な話を仕入れたようで、それをあれこれ話してくれた。

 少しずつ飲むお酒に、だんだん慣れていって、途中からぐるぐるしてきて、視界がふにゃふにゃするし眠くて船を漕いでしまう。


「気をつけろと言ったのに飲み過ぎて寝るのか。おい。ここで寝ると風邪をひくぞ。うつされるなんて御免だ」

「……ふぁい」

「君には警戒心は無いのか?」

「けーかいしん?」

「男と二人で飲んでべろべろになったら手を出されたいってことだっていう意味だ」

「シ……さんはこんにゃくですもの……」


 婚約者で、最初からその婚約は私に手を出す為と提示されているから、ある程度の覚悟はしている。乱暴されなければ我慢する。

 瞬間、視界がひっくり返って私の目に天井とシンの顔が飛び込んできた。


「き、きゃぁあああ! まずはぶんちゅーです!」


 押し倒されたと驚いて少し意識がはっきりして、両手で思いっきりシンの体を押したら彼は突き飛ばされたようになり、床にぶつかり、さらに転がって囲炉裏に落下。寒く無いから囲炉裏に火を入れていなかったのは不幸中の幸い。


「シ、シンさん! すみましぇん!」

「っ痛……。突き飛ばされる実験と思ったけど灰まみれは予想していなかった……」

「たんこぶ、たんこぶは出来ていませんか⁈」

「耳元でやかましい! キンキンうるさい声を出すな」


 体を起こしたシンの側であたふたしたら怒られた。


「テオはこんな感じで縁側から落ちて骨を折った、と。これこそ現実感だな。君はもう寝ろ。この酔っ払い。なにが俺は根性無しだ。手を出したら無垢や無知に戻れないから段階を踏んでいるだけだけど、とって食うぞ」


 よいしょ、というように右腕に抱えられたのでびっくり。子どもどころか、犬や猫ですらこのようにブラブラ持たれないと思う。


「力持ちなのですね……」


 世の中には抱き抱えるとかおんぶのような素敵な運び方があるのになぜこれ。この字に曲がった体をぶらぶらしてみたら楽しくなった。この体勢で遊ばれたことはないけれど、なんだか子どもの頃に戻ったみたい。


「重たい女。尻も胸も貧相なのにどこに肉がついているんだか」

「む、胸はありますしお尻もぺちゃんこではありません。目立たないように着付けています」

「そのうち脱がすから、それが見栄なのかは分かる」

「ぬ……がされる契約ですので……お手柔らかに……」

「問題は色気のいの字もなくて、その気にならないことだ」


 部屋に連れて行かれて、わりと雑に布団に放り投げられた。あっという間に睡魔に襲われて爆睡。

 色気がない、色気がない、色気がない——……。


『判決。マリ・フユツキを幼稚で色気がない罪で百夜土下座刑に処する。毎晩、結婚して下さいと土下座するように』

『そんな! 龍神王様! せっかく女性に生まれたのですから、すとてときな求婚をされたいです!』


 暗いところで龍神王様と私だけという状況だったけど、パッと場面が変化。シンが可愛らしい女性に囲まれてニコニコしている。肘掛けにもたれかかって、片手には朱色の盃で、実に絵になる雅さで、私に見せたことのない満面の笑顔を浮かべている。


『その方は私のこん……』


 走り出そうとしたのに足元は灰だらけで、沼のように私を飲みこんでいく。さらに空から千切られたこんにゃくが降ってきて埋もれた。

 苦しくて、苦しくて目を覚ます。頭がガンガンするけど、右足もじんじんすると体を起こして確認。すると、右足の親指が腫れていた。きっと、棘が刺さったせいだろう。指全体は赤みを帯びているのに白っぽく腫れているのはきっと膿。


 針で刺して膿を出して消毒! する気力はないので、とりあえずそのまま放置。そんなに痛く無いので。痛いには痛いけど、眠くてならない。

 私は再び夢の中。次の夢は鉛色の変わった蛇に右足をチクリと噛まれる夢で、生々しいことにかなりの痛みを感じて飛び起きた。


 すると私の足は赤くはあるけど膿部分は消えていた。寝相が悪くて皮膚が破けて膿が出たのだろうか。

 全然痛く無いので指を曲げ伸ばし。やはり痛く無いし、赤みも減った気がする。回復力があるのか、私の足は夜にはすっかり綺麗に治った。

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