表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼と彼女は政略結婚  作者: あやぺん
料理ノ章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/34

二話

 七地蔵竹林長屋からシンと二人で帰宅。シンが「酒も入っているから丁度良い」と言って私を寝室に招いた。

 ここに座れと言われた位置に腰を下ろすと、彼は座椅子に腰掛けて肘掛けにもたれかかった。近くの煙管(キセル)用の台に徳利とお猪口が乗っていて、彼はそれを使って手酌で飲み始めた。結構飲んでいたのにまだ飲むようだ。


 密室内で男性と二人きりになることは、相手が叔父など近しい間柄でも危ないと教わっているので、赤の他人であるシンだと身構える。

 しかも、私はシンに買われた身。もういつキスされてもおかしくないし、服を脱がさずに胸やお尻を触るぐらいも同じく。

 全てを露わにされて、気の済むまでキスされたり触られる段階は半年先のはずだけど。


 前髪で顔の半分が隠れているシンはそんなに緊張しない相手だったけど、いつの間にかレイに髪を整えられた、短髪になって凛々しい色男になった彼には大緊張。

 変わった瞳の形でも、左目の周りとこめかみにかけて綺麗とは言い難い赤くて少し盛り上がったあざがあっても、今のシンは美形寄りだと感じる。だから、年の近い男性だと意識して余計に恥ずかしい。


「まず確認しようと思っていることがある」

「何の確認ですか?」

「色本を読んだことは?」

「ありませんし、物を見たこともありません」


 契約前にこの質問はされたけどな、と首を傾げる。


「契約時に伝えたように閨本(ねやほん)も読んでいないな?」

「はい。それに持ってこないようにと言われた通り、持ってきていません」


 元服後に渡される初夜その他の手引きが閨本(ねやほん)で、最終学年から女学校卒業までの間に学校から母親に渡されるものらしい。母親が教育に使うから、在学中に婚約した場合に卒業前に渡されるそうだ。


「君の色春知識を確認したい」


 シンは振り返って背後にある机の上から本を手に取ると私の前に投げるように置いた。


「アザミ君が商売仇の作品だと持ってきた凖春本だ。色話と春話が混じっている。読んでみろ」

「はい……」


 題名が「快楽調教」なので既に目を背けたい。色話と春話が混じっているって同じ意味ではないのだろうか。


「あの」

「なんだ」

「ここでですか?」

「そりゃあ、お嬢様の反応が知りたいからここでだ。中身の乏しい、描写もぬるい短編集だし、文学としてはつまらんが知識導入には良さそう。最初の話だけで良い」

「はい……」


 緊張しながら読書開始。幼馴染の二人が恋仲になったというところから始まり、二人はいつも会う神社の大きな木の陰で、間も無く祝言なので初夜の練習をしようという会話をする。

 キスをして……。


「止まれ。その顔はどうした? 今、どこを読んでそのように目玉が落ちそうな顔をした」

「……」


 口で言うのは恥ずかし過ぎるので、私は開いている(ページ)を彼に提示して、震える指でそっと文章をなぞった。


「……まさか。これを知らなかったのか?」

「存じ上げません」


 見たことも聞いたこともないし、舌が入ってくるなんて、そんな発想は不可能だ。なのに三つしか違わないシンは知っているなんて驚愕という顔をしている。


「シ、シン……シンさんはしたことがあるのですよね? 女性を知っていると言っていましたから」

「あったらなんだ」

「な、な、なぜ……このような……」

「快楽を貪る為だろう。すれば分かる……のか? 女は知らん。いや、君の姉が堕落したのは役者に色春狂いだし、女も男を買う。色春嫌いの女もいるけど、男が下手だったり、女本人が自己開発していないんだろう」

「あの。もしや色と春は別の意味ですか?」

「親に確認した通りほぼ無知だな。君の知識範囲は色のさわりで、その延長線上にある春は君からしたら全くの別物だ。もう少し知っていると思っていたと、母親が驚いていたぞ」

「そう……なのですか……」

「とりあえずその話は最後まで読め。色話だから」


 手に持つ本の内容は気になるから、シンの前でなければドキドキしながら読み進めるけど、彼の前だからはしたなすぎてもう読みたくない。しかし、これは仕事なので仕方がない。


「その顔はなんだ。俺は金を積んで君を買った。懇願の目で見ても読ませる」

「自室で読んでくるのではいけませんか?」

「逆らったから音読しろ」

「お、音読ですか⁈」


 声が裏返ってしまった。シンはニヤニヤ笑って楽しそう。せめていつものように目を髪で隠して欲しい。皮膚に悪そうだから今だけで良いので。しかし、残念ながらシンの前髪はもう短い。

 私は見たことのない種類の雰囲気の目なので余計に気恥ずかしい。ただでさえ猫のような鋭い瞳孔だからジッと見据えられると爛々(らんらん)として見えるのに、真夏の太陽のようにギラギラしている。穴が開くほどの熱視線というのは、これなのもしれない。


「先程君が指で示したところから口で言え。逆らう程大変な目に合うぞ」


 ということはもっと辱められると考えて、命令に従って読み始めたけど、小さな声しか出ない。声が小さいとは怒らないみたい。

 後ろから抱きしめられて破廉恥(はれんち)キスをされながら、身八つ口に両手を入れられて胸を揉みしだかれる話を声に出して読む日がくるなんて……。

 色本がこんなにねっとり書かれているとは知らなかったし、胸を揉まれるということが、私の中の揉み揉みされる想像とはかなり違うから、全身が熱くてならない。

 

「……あの、この欲棒とは何ですか? 欲望の誤字ですか?」


 感情の一つなのになぜ手で掴めるのだろう。しかも(いじ)るとはどういうことなのか。


「男の裸を見たことがないのか? 父親のも?」

「当たり前です。ありません」

「無いのか。契約時に春画も見たことがないと言っていたな。これが男の裸だ」


 シンは背後の机の上から紙を出して私に向かって開いて見せた。


「……」


 女性には無い棒状のものが男性の下半身の中央にある。それを美女の右手が掴んでいて、男女は舌を絡ませている。

 そんな絡まり方はしないだろうという舌の絵だから多分誇張。こんなに胸が大きな女性も、たまに行くお風呂屋で遭遇したことはほとんどない。それよりも何よりも、男性と女性の体の違いに驚愕。


「こう……なっているのですか?」

「誇張されているけど概ねそうだ。色欲が掻き立てられるといきり立つ。寝起きの無欲な時もあるけど。平時はふにゃふにゃぷらぷらしている」

「……そうなのですか」

「んー。そういえば君は子どもや赤子の面倒を見たこともないのか?」

「私は末っ子で従兄弟は全員年上ですので特にです。学校の実習で抱っこやおんぶ、お乳の飲ませ方の見学などはありました」

「へぇ。女学生はそういう勉強もするのか。おしめは変えないんだな」

「裸にして風邪をひいたら困りますので、着物の上からおしめをつける練習をしました。実戦は家族親戚関係でと言われましたが、私にはお世話する相手がいませんでした」


 こうなると私は同じ国立女学生の中でも世間知らずの分類に入る気がする。今年になるまで、マリさんの初恋は? と聞かれてもまだと答えるような女学生は私くらいだった。


 話が逸れたのでこれで終わりだと考えたのに、続きを読めと言われてガッカリ。変な擬音だらけになったところなんて羞恥の極み。

 男性が果てたらしいけど、それが何なのか分からず。こうなったらヤケだと逆にシンに質問。


「この果てて脱力の果ててとはなんでしょうか」

「白濁液が出てスッキリする。それが力の源だから出すと柔らかくなって色欲も落ち着く」


 分かるけど想像不可能な世界だ。そのうち目撃することになるはず。そう考えたら、今から心臓が止まりそう。


「愉快だから今はここまで良い。その本を返せ」

「は、はい。はい……」


 気になるというか、分からない点が多々あるけど、そのうち全部知るのでとりあえず今夜はここまでで良い。心臓も頭も爆発してしまう。


「このようにしれっと色々説明出来るとは、シンさんは恥ずかしくないのですね」

「多少は恥ずかしいが酒を飲んでいるし、君の反応が想像を遥かに越えたので、面白過ぎて羞恥などどこかへ消えている」

「私も……いっそお酒を飲んでみたかったです……。お嫁にいけま……いえ、お嫁に……なりますね。半年後から三ヶ月間、シンさんのお嫁さんです」


 シンは楽しそうな目で私を観察している。


「このようなことを数多の男性にされたりするとは知らず。両親が遊女になるのと、政略結婚のように妻になるのでは雲泥の差だからシンさんと契約すると言った意味が分かりました」

「その内容だと色売りだ。男は一般的に女よりも色欲が強いから、それを逆手に取った女の小銭稼ぎの範疇(はんちゅう)。まぁ、金の無い男や潔癖系の男だとここまでしか買わない」


 お小遣い欲しさに、知らない男性相手にこんなことをさせるの⁈ とむせそうになった。信じられない。


「そうなのですか。男性には気をつけなさいと、幼少期から強く言われて育ちました。見知らぬ男性に体を触られると大変不快だからと」

「安い女は容姿が粗悪で病気も放置してそうだけど、それでも吐き出したい男が買ったりする。逆に通常は手に入らない高嶺の花には高額を出す。征服欲や優越感なども加わって極楽だから。君を高値で競りあっていたのはそういうこと」


 高級遊楼(ゆうろう)に買われていたら、高くても銀貨十五枚で一回の春売りが相場だっただろう。努力次第で、酒や食事や芸代や延長費用で高く出来るけど、売り手として素人なのでたかがしれている。

 着飾る衣装や金持ち相手との手紙代や、客を何度も通わせるための贈り物などは稼ぎから引かれる。


「はい。しかし、そういう費用を一切使わなくても珍しさで人が集まるだろうと予想していました」

「それが正解だけど、知識がない者は騙される。そうして無駄に借金を増やす。店は売れる商品に長く在籍して欲しいからな」

「ええ。両親、特に父にそう言われました。子どもの世話などは全て拒否して、とにかく借金を増やさずに早く終わらせる算段でした」

「花街育ちだとそうはいかないが、店に育てられていないから恩返しする必要がない。何もしなくても珍しいお嬢様だから、客は花に集まる蜂のように寄ってくるし、身支度品は既に持っている。借金を増やさないことは可能だ」

「はい」

「そういう知識はあっても仕事内容はすっぽり抜けているとは。まぁ、君の両親が奉公前にしっかり教える予定が、俺が買って止めただけだけど」


 ちょいちょい、と手招きされたのでドキッと心臓が跳ねる。まさかこれから私に何かするのではと。


「拒否するとどうなるかはもう分かっているよな?」

「は、はい」

「ここまで来い」


 シンのすぐ近くを指で示されたのでそろそろと近寄る。


「何十人の客の予定が俺一人だけだ。幸運だよな?」

「ええ……」


 煙管を顎に当てられて持ち上げられた。


「俺は客で君は商品。それを忘れるな」

「……はい」

「棒は穴に突っ込むものだ。その女の穴はどこかしばらく考えろ」

「……?」


 棒はさっきの絵のもののことだろう。それを女性の穴へってどこへ?


「今夜の新しい知識に対する率直な感想を文にして提出しろ。無知なお嬢様の頭の中の混乱が知りたい。だから書き殴りの方が良い。清書ではなくて、頭の中を俺に全て教えるつもりで書け」

「……はい」


 部屋に帰って課題をこなせ、あとは寝ろと言われて退却。私はこの後、お風呂ではぼんやりして、部屋に行って布団に横になっても全く眠れず。

 眠れないのでシンに与えられた課題をこなせるので筆を動かし続けた。

 そうしたら明け方になって眠くなり、睡魔に負けて爆睡。起きたらもうお昼で、最初に耳にした刻告げの鐘は十二時を告げる回数だった。


 慌てて台所へ向かおうとして、その前にこれから昼食作りだと簡単なものでも遅くなるとシンに言いに行ったら、呼びかけに返事がない。

 三回呼んでも返事なし。不在なのかと襖を少し開いて確認したら、彼は机に向かっているようで背中がよく見えた。


「シンさん。シンさーん。シンさん」


 無視されているけど、初日に入ってくるなと言われたので、招かれていない今、勝手に入室する訳にはいかない。


「んー! 腹が減ってきたな。マリはまだ寝ているのか?」


 シンが両腕を上に伸ばしたので、私はすかさず「シンさん、無視しないで下さい」と声を掛けた。そういえば集中すると周りの音が聞こえなくなると言っていたような。特に何かを考えていたり、執筆中の時に。


「おわっ。起きたのか。無視しないで? いつからそこにいて、何回声を掛けたんだ?」

「わりとついさっきで、呼びかけ回数は数えていません」


 振り返ったシンと目が合ったら、恥ずかしさが一気に爆発。若い男性と離されて育ったから慣れていないし、その上彼は昨夜私が読まされたような本の内容のようなことを私にする相手なので。


「腹が減った。飯」

「すみません。先程起きたのでこれからご飯を炊きます」

「待てないから食いに行くぞ。昨日、美味くて安いっていう、うどん屋を教わった。看板犬がいるらしい。犬は遠くからしか見たことがないから観察する」


 二人でうどん屋へ行った帰りに、夕食の買い物をしたいと告げたら、夕食は七地蔵竹林長屋でとなっただろうという返答。

 そんな話は聞いていないと言ったら、そうだっけ? で終わり。


「アザミ君に不味い飯は一食で勘弁してくれって言っていた。家庭の味がーとうるさい癖に下手くそ。君はアザミ君よりはマシだから二食までなら耐えられる」

「……」


 美味しいお味噌汁って言ったのに!

 焼きおにぎりも初めてでこれは良い、味が色々で楽しめるって言ったのに!

 たった一度の失敗でこの評価は酷い。


「料理の手際が悪い人間の動きはアザミ君から学んだが、君は実にお嬢様らしい言動をする手際が悪い人間だ。アザミ君とは分類が違うから大変参考になる」

「覗き見していました?」

「そりゃあ君は資料なんだから、観察するさ」


 私は決意した。三食マリの作ったご飯が良いとシンに言わせてみせる。


 ☆


 この日、シンと二人で七地蔵竹林長屋へ行ったら、レイが女性住人達と夕食を作っていて、働かざる者食うべからずだと私に参加を求めた。シンは片付け係らしい。

 名前の一文字が同じだったのと、年が一つしか違わなかったマホに、私はつい愚痴を言った。シンに料理下手だと言われて、渋々、嫌々二食は食べてやると言われたと。


「婚約者さんがまだ料理下手でも二食は食べたいとは嬉しい話ね」

「えっ? ……そうですね。そうです! 私はレイさんに色々教えてもらいます」


 シンは私の手料理を日に二回は食べたい、と考えるとやる気が出てくる。


「ん? 呼びました? 何ー?」


 マホがレイに私の話をすると、レイは気持ちの良いくらい大きく口を開けて笑った。


「箱入りお嬢様がいきなりテキパキ料理なんて無理だし、家守り全部なんて不可能。そりゃあ、まずは掃除だけからお願いするけど、その言い方は無い。シンさんって品が良くて育ちが悪く無いって分かるのし、根も優しそうなのに、口は悪いですよね」

「そうなんです。シンさんは親切だけど、とにかく口が悪いです」

「特訓して驚かせましょう。良し。今日から献立はマリさんに任せます。今、長屋にある食料を教えるから、何を使って何を買い足して何を作るのか考えてみて。帰る前に自分に言うように」


 このようにして、私はレイに「家で効率良く、美味しい料理を作る方法」を教えてもらえることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ