元悪役令嬢は身を守るのに必死
二人を先に座らせてから、安い紅茶をカップに入れてクラリッサの前に置いた。
主人の後ろに控えていたメイドが手に取ると、一口飲んで味を確かめている。
「毒味ですか」
「気に触ったら申し訳ありません」
「いえいえ、当然のことですから」
貴族であれば毒殺も懸念しなければならない。
この程度の警戒であれば、やってしかるべきである。
「先ほどのお誘いに答える前に、確認したいことがあります。アーティファクトを作っていたガルドと知っているようですが、他にも気づいている貴族はいますか?」
「いないわよ。わたくしだけで囲い込むのだからね!」
「お嬢様!」
余計なことを言ったクラリッサは強めの注意をされてしまった。
メイドは警戒態勢を取っている。ゆったりとした服の中に暗器をいくつも隠し持っているんだろう。俺が殺そうと動けば、遠慮なく攻撃してくるはずだ。
「空気がピリ付いているのは、わたくしのせいよね……」
「はい。ここは嘘でも他にも知っている人がいると言えば、こうなりませんでした」
「ああ、なるほど、そういう危険性ね」
クラリッサは軽く指摘されてようやく、俺が正体を知っている二人を消して逃げる選択を取る危険性に気づいたのだ。
愚かではないが経験が足りない。そんな印象を思った。
「お二人とも安心してください。俺は何もしませんよ」
無害だと伝えるために両腕を軽く上げた。
「理由をお聞きしてもよろしいかしら?」
「店で見たとおり俺には愛娘がいます。彼女には普通の生活をさせてあげたいんです」
真偽を確かめるようにクラリッサの鋭い目が俺をつらぬく。
貴族特有の圧を感じるが、過去に何度も経験しているのでそよ風みたいなものだ。
「いいでしょう。わたくしはガルドを信じます」
「それはよかった」
メイドも警戒を解いてくれたようで、俺は両腕を下ろした。
「俺の正体を知っているのが二人だけなら、今後も誰にも言わないことを約束してください」
「その見返りにわたくしの家臣になってくれるのね?」
「家臣という形はやめてほしいです。何度も言いますけど、普通の生活を望んでるんです」
「では、協力はしないと?」
「内容次第です。クラリッサ様は俺に何を望んでいるんですか?」
簡単に協力するなんて言えない。とはいえ完全に放置しても、勝手に悪魔と契約して革命を起こされても困る。
良い落とし所を見つけて薄くても関係は維持しようと思い、聞いてみたのだ。
「アーティファクトの作成ね。使い道は私が決めるわ」
「そういうことならお断りします」
「理由は?」
「新しいアーティファクトが販売されれば、必ず出所を探られます。俺が生きているとわかれば、他貴族が手に入れようとして動いてきます。その時に必ず守れるとは言えませんよね?」
婚約破棄されて追放された令嬢が、高位貴族からの圧力に勝てるとは思わない。
必ず膝を屈するときがくるだろう。
その時に俺はどうなる? 貴族に脅されて、作りたくないマジックアイテムの作成を強要されるはずだ。リリィは人質として使われるだろうから、俺は断れない。そんな人生は嫌だ。
「そうかもしれないけど、わたくしは貴方の力が必要なの」
「俺は不要です」
「では、どのような条件なら引き受けてくれるのかしら?」
キッパリと断ったら逆上してくるかと思ったんだけど、クラリッサは冷静だった。
代官という立場を使うことなく、あくまで対等な相手として交渉を続けようとしてくる。前世で妹から聞いていた話と大きく違うな。もっと高飛車なイメージがあったんだが、記憶違いだったんだろうか。それともゲームの設定からズレているのか?
「俺は防具屋をやっているので、依頼であれば常識の範囲内で対応します」
「アーティファクトを作らないという宣言と受け取ってもかまわないわよね」
俺は深くうなずいた。
あんなもん、現代に蘇らせていいことなんてない。
「でしたらマジックアイテムを作ってもらえないかしら?」
マジックアイテムとはアーティファクトの劣化版みたいな存在だ。上位の鍛冶師なら作れるので、俺の正体がばれることはないだろう。
「どのような物でしょうか?」
「アンチポイズンリングよ」
体内に入った毒を自動で中和してくれるマジックアイテムだ。
上位貴族であれば誰もがもつ。制作は問題ないだろう。
「材料は銀、装飾なしであれば金貨40枚で作ります」
「もうちょっと安くならないかしら?」
貴族なら用意できる金額ではあるが、クラリッサは払えないらしい。
追放されて貧乏なんだろう。
意外と苦労していそうだ。
「中級の魔石を10個用意してくれるなら半額にしますが……」
「難しいわね」
魔石とは魔物の体内にあるんだが、中級ぐらいの大きさとなれば子供の手のひらぐらいの大きさはある。
ヴァルモント周辺に出てくる魔物ぐらいじゃ手に入らない品物だ。
これからクラリッサが管理する土地から出てこない以上、金がなければ素材を用意するのは不可能といっていい。
「では話は終わりですね」
「そこを何とかなりませんか」
諦めてもらおうと思ったのにメイドが引き留めた。
「えー、とあなたは……」
「失礼しました。クラリッサお嬢様のメイドをしているアリシアと申します。以後お見知りおきを」
スカートを掴んで丁寧にお辞儀をされてしまった。
指先の動きまで洗練されていて美しい。
「何とかと言われても、金か素材を用意してもらわないと作れません」
「これは通常の依頼ではありません。対価は正体を黙っていることだと思ってください」
もっと俺に不利な条件をふっかけてくると思っていたので悪くはない条件だ。
受け入れてもいいのだが、少し気になったことがあるので質問をする。
「毒を入れられる危険があるんですか?」
俺が聞くと、二人は仲良くこちらを見た。
気まずそうな顔をしているクラリッサは、何かを考える様子をしてから少し重くなった口を開く。
「いろいろと恨みを買っているの」
婚約破棄した王子と新しい婚約者、王家、実家……考えれば、毒殺する理由はいろいろと思い浮かぶ。
メイドのアリシアが必死になる理由もわかった。
俺を脅してきたところは気に入らないが、必死に生き残るためだと思えば理解はできる。
どことなく嫌いにはなれない性格だと思った。
「仕方がありませんね。俺のことを黙ってくれるなら、アンチポイズンリングを作りましょう。倉庫を探せば素材ぐらいはあるので、明日にでも取りに来てください」
「ありがとうございます!」
何を思ったのか、クラリッサは俺の手を取ってお礼を言った。
考えずに行動した結果なんだろう。すぐに顔を赤くすると、ぱっと手を離して後ろに下がる。
アリシアはすごい形相で俺を睨んでるけど、やらせたわけじゃないからな!
「あの……ごめんなさい。その、嬉しくてつい」
元悪役令嬢なのに、なんて初心なんだ。
悪い男に騙されないか心配になったけど、アリシアがいれば大丈夫か。選別がすごく厳しそうだもんな。




