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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第三章「聖都攻略編」

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第十四話「アストレイの戦い:その二」

 神聖ロセス王国軍の聖堂騎士団(テンプルナイツ)団長代理、ウイリアム・アデルフィはアストレイの丘の頂上に構築されたトーチカのような防御施設の中にいた。この施設には銃眼のような細い開口部があり、外の様子が見えるようになっている。


(さすがは魔帝ラントだ。真っ直ぐ突っ込んでくることはないと思ったが、魔法で罠を焼き払うとはな……まあいい。あれは奴を油断させるためのものに過ぎんのだから……)


 アデルフィは草原に罠を仕掛けたものの、慎重なラント率いる帝国軍が引っかかるとは思っていなかった。それでも設置したのは、何もなければラントが不審に思い、より慎重になることを防ぐためだった。


 アデルフィは帝国軍を見ながら溜息を吐く。


(それにしても厄介だな。あの距離なら巨人たちの投石が十分に届く。簡単にはやられないと思うが、巨大な石、いや岩を絶えず投げつけられれば兵たちの士気がもたない。騎士団が到着するのはまだまだ先だ……)


 アデルフィが待っているのは、北の森を迂回して帝国軍の後方に送り込んだ聖堂騎士団の騎兵部隊だ。


 帝国軍襲来と共に狼煙を上げて連絡しているが、森の中を馬と共に移動するため、アデルフィは到着まで一時間近く掛かると見ている。


「龍たちが舞い上がりました」


 帝国軍を監視していた部下の一人が指摘する。

 アデルフィもそのことに気づいており、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


(騎士団が気づかれたのか? いや、あの魔帝のことだ。挟撃を予想しただろう。いずれにしても空から探索されれば、三千名の騎士団が見つかるのは時間の問題だ。やはり正攻法では魔帝ラントには勝てないか……)


 アデルフィは騎士団が見つからないことを祈りながらも、部下たちに最終確認を行っていく。


「作戦通り、敵が投石を開始したら掩蔽壕に退避の合図だ。第一塹壕に敵が取り付いたらすぐに後退の合図を出せ。我々の目的は敵の主力をこの丘に引き付けること……今のうちに各部隊の指揮官にも伝令で念を押しておいてくれ」


 アデルフィは指示を出し終えると、再び外に目を向ける。


(正攻法で無理なら、勝機は恐らく一度だけだ。義勇兵と騎士団がどれだけ敵を引き付けられるかが鍵になるな……)


 そんなことを考えながら伝令たちが走り回る姿を目で追っていた。


■■■


 塹壕では義勇兵たちが緊張した面持ちで待機していた。

 ここ第三塹壕では、三人の若い兵士が緊張した面持ちで地面に座り、土の壁に背中を預けていた。


「こんな溝で何となるのかな」と塹壕の壁を拳で叩きながらマークが呟く。


 マークは聖都ストウロセスの左官の息子で、現在十七歳。荒事は苦手だが、幼馴染の大工の息子アイザックと、建具屋の息子ウォルフに誘われて義勇兵に志願した。

 マークには土属性魔法の才能があり、この塹壕も彼が掘っている。


「団長代理殿が見せてくれただろ。相当運が悪くなけりゃ、直撃しないって」


 そう言ったのはアイザックだ。

 この塹壕を作る際、アデルフィは聖トマーティン兵団の兵士たちに塹壕の効果を実演していた。


 それは塹壕に見立てた十分の一サイズの溝に向けて、三十メートル先から石を投げたのだ。


「こうやって山なりに投げても命中させることは難しい」


 放物線を描くように石を投げるが、溝から一メートル以上離れたところに落ちる。何度かやってみるが、数十センチくらいまでは近づけることができたが、一度も溝に直撃しなかった。


 更に直前で転がるように投げるが、溝の前面の土手に当たって止まってしまう。


「転がしても同じだ。こうやって塹壕の縁で止まる。お前たちもやってみろ」


 そう言って兵士たちにやらせるが、ほとんど当たることはなかった。

 マークもそのことは覚えていたが、不安が消えず、更に別のことを言い出す。


「オーガたちを本当に倒せるのかな。迷宮でオークすらまともに倒せなかったんだけど……」


 それに対し、ウォルフが苛立ちを見せる。


「戦う前から気が滅入るようなことを言うな! それに団長代理殿が言っていただろ。相手は五千、こちらは三万なんだ。六人で一体倒せばいい計算だって。クロスボウで敵を減らして、抜けてきた奴は槍で突き刺す。それだけを考えればいいんだ!」


 アデルフィが義勇兵たちに命じたのは、ウォルフが言った通り、クロスボウでの遠距離攻撃と、塹壕に入ろうとした瞬間を狙った攻撃だった。


 これは練度が低い義勇兵たちに複雑な作戦を命令しても実行できないためだ。また、塹壕まで引き込み、敵の遠距離攻撃を無効化するために考えられた策だった。


 更にマークが何か言おうとしたが、「口を閉じろ! 私語は禁止だ!」と小隊長に言われ、口を噤む。

 アイザックが文句を言おうとした瞬間、帝国軍から声が聞こえてきた。


『約束の三十分が過ぎた! これより攻撃を開始する! 自分たちの判断が間違っていたことを後悔しながら死んでいくがいい!』


 その言葉にアイザックが「返り討ちにしてやる!」と叫び、ウォルフも持っている槍に力強く握りしめる。


 気の弱いマークは「どうしよう……」と目を泳がせるが、ウォルフが彼の肩をポンと叩いて励ました。


「俺と同じようにやればいい」


 その言葉でマークも落ち着きを取り戻す。

 しかし、その直後にドスンという重い音と数人の悲鳴が響く。


 横に視線を向けると、一抱えもありそうな大きな石が塹壕に飛び込んでおり、一人の兵士を押し潰していた。


「掩蔽壕に入れ!」


 その命令に三人は蛸壺のような小さな穴にそれぞれ入っていく。

 その直後、別の方向から悲鳴に近い声が聞こえてきた。


「魔法が来るぞ! 盾を構えて伏せろ!」


 三人は即座に反応し、立てかけてあった盾を頭の上にかざす。

 露出した肌を熱風が撫で、その直後に草が焦げる匂いを感じる。


 丘の上から連続的なラッパの音が鳴り響き、最前線の方から焦りを含んだ声が微かに聞こえてきた。


「第一塹壕放棄! 第二塹壕で迎え撃て!」


 その間にもドスンという大きな音を立てて石が降ってくる。


「第二塹壕放棄! 第三塹壕、戦闘準備! 掩蔽壕から出ろ!」


 アイザックは盾を捨てて立ち上がり、塹壕の壁面にへばりつくようにして槍を構える。

 ウォルフも同じように槍を持ち、アイザックの横で待機する。


 マークは恐ろしさのあまり動けなくなったが、「早くしろ!」というアイザックの声でノロノロと立ち上がった。


 その頃には投石が落ちる音は遠くになっており、逆にドンドンという大きな足音が近づいてくる。


 更に義勇兵たちの「助けてくれ!」という声と、「ぐあああ!」という断末魔の叫びが聞こえてきた。


「オーガが来るぞ! 迎え撃て!」


 塹壕から見上げていると黒い影が落ちる。

 そこには恐ろしい顔をした巨大な鬼、オーガが見下ろしていた。


「死ね!」と叫びながら、アイザックが槍を突き出す。


 それに合わせてウォルフも槍を突き出した。

 二人の槍は見事にオーガを捉えた。


「やった!……」とアイザックは叫ぼうとしたが、槍の穂先が硬い壁に当たったように跳ね返され、言葉を失う。


 次の瞬間、アイザックの身体が浮き上がった。

 オーガが彼の頭を掴み持ち上げたのだ。


「た、助けて……」とアイザックは弱々しく助けを求める。


「アイザックを放せ!」


 ウォルフがもう一度槍を突くが、一回目より僅かに刺さるが、オーガは気にも留めない。

 オーガはアイザックを掴んだまま、反対の手に持つ巨大な剣をウォルフに振り下ろす。

 ウォルフは避ける間もなく、革鎧ごと上半身を半ば両断されて動かなくなった。


「ウォルフ!」


 マークがウォルフに近づこうとしたが、オーガはアイザックを彼に向けて叩きつけた。

 ドン!という音と共にマークは大きく吹き飛ばされた。


「うわぁぁぁ!」とマークは悲鳴を上げる。


 彼が受け止めた形のアイザックは首が不自然に曲がり、目に光がなかったのだ。

 マークの意識はそこで途切れた。あまりに衝撃的な情景に気を失ったのだ。


 彼は個人用の掩蔽壕に半ば埋まっており、更にアイザックが上に圧し掛かる形になったことから戦死者にしか見えなかった。その幸運により小隊で唯一の生き残りとなる。


 マークが気絶している間にも、戦いは激しさを増していく。

 塹壕は死体で埋め尽くされていった。その多くが義勇兵の若者で、その躯の顔には恐怖と無念さが張り付いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 投石に代えて人族兵士をぶん投げるとか……
[良い点] 魔王軍強すぎ 人間がんばれー
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