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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第三章「聖都攻略編」

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第十話「決戦に向けて」

 五月二十一日。


 聖堂騎士団(テンプルナイツ)の団長代理に就任したウイリアム・アデルフィは、騎士団の大隊長たちを集めた。本来なら二人いる連隊長と天馬騎士団長も呼び出したかったが、彼らは聖王直属の近衛騎士となっていたため、ここにはいない。


 彼の後ろには元部下だった中隊の兵士たちが無表情で並んでいる。

 アデルフィは団長代理の任命書と全権を委譲された公文書を全員に見えるように掲げた。


「聖王マグダレーン十八世陛下より、聖都の防衛を命じられた。若輩の私に従うことに不満はあるかと思うが、王国のため、陛下のために力を貸してほしい」


 彼の言葉に多くの者が賛同するが、不満げな表情を浮かべている者も少なからずいた。


「どのような手管を使ったかは知らんが、私は認めんぞ!」


 一人の大隊長がそう叫ぶと、「「その通り!」と同調する声が上がる。


「では、私に従えないという者は前に出てくれ」とアデルフィが言うと、十人ほどが彼の前に立つ。


「もう一度確認する」とアデルフィは言い、全員を見回していく。


「諸君らは私の命令に従えぬということで間違いないか。従うという者は後ろに下がってくれたまえ」


 誰一人下がる者はいなかった。


「よろしい」と言うと、後ろを振り向いた。


「この者たちを拘束せよ! 反抗する者は斬り捨てて構わぬ!」


 兵士たちはその言葉で一斉に大隊長たちを取り囲み、剣を突きつけた。


「な、何をする!」と一人の大隊長が抗議すると、アデルフィは低い声でそれを遮った。


「先ほど説明したはずだ。私には諸君らを処罰する権限がある」


「横暴だ!」


 更に抗議すると、アデルフィは感情を込めない冷ややかな声で告げる。


「陛下より軍規によらず賞罰を与える権限をいただいている。しかし、今の諸君らの行いは戦時における上官に対する不服従に該当する。それも聖堂騎士団の団長、つまり実質的な王国軍の最高位の指揮官に対するものだ。軍規に則っても死罪にできるということだ」


 その声に抗議した大隊長は言葉を失った。


「だが、今は一兵でも戦力が欲しい。諸君らは一兵卒に降格とし、聖トマーティン兵団に編入する」


「一兵卒、それも義勇兵だと! 名誉ある聖堂騎士団の騎士に対して無礼だろう!」


「ならば処刑するまで。好きな方を選べ」


 アデルフィの冷たい声に大隊長たちは言葉を失った。


「撤回する! 団長代理殿の命令に従う!」


 アデルフィは「よろしい」と頷くが、すぐに兵士たちに命令を発した。


「では、階級章を外させた上で、聖トマーティン兵団に連れていけ」


「横暴だ!」という声が上がるが、兵士たちはその声を無視して大隊長たちを引きずっていった。


 アデルフィは唖然としている残った大隊長たちに視線を向けた。


「部下たちにもよく言い聞かせてくれ。命令を聞かない者は不服従及び利敵行為として即座に処刑すると」


 そこで大隊長たちを見回していく。


「王国軍が命令に従い、一丸となったとしても勝機を見いだすことは難しい。まして命令を無視するようなことがあれば、何もできずに敗北するだけだ。魔帝ラントとはそれほどまでに恐るべき相手なのだ。諸君らも肝に銘じてほしい」


 それだけ言うと、大隊長たちの前から立ち去った。

 この一連の行動に対し、反発する者が出たが、同じように降格処分を行ったことで、表面上は落ち着いた。


 アデルフィは割り切っていた。


(今回の戦いさえ従ってくれればいい。負ければ私は生きていないだろうし、勝ってもロセス神兵隊の件で処刑されるだろう。ならば、全力で戦える体制を整えた方がよい……)


 彼はその後、グラント帝国軍を迎え撃つ場所を探すべく、地図を睨んでいた。そして、一箇所に視線を留めている。


(やはりここしかないか……)


 彼が決戦の場と考えたのは聖都ストウロセスの東、約十マイル(約16キロメートル)にあるアストレイの丘だった。


 アストレイの丘は南側が海、北と西が湿原、東が森という地形の間にある、東西約一マイル(約一・六キロメートル)、南北約二マイル(約三・二キロメートル)の草原で、中央に高さ二百フィート(約六十メートル)ほどの丘がある。


(ここなら大兵力を展開しやすいし、罠も設置できる。というより、聖都の近くでここ以外に迎え撃てる場所がない……)


 聖都ストウロセスは城壁に囲まれているものの、防御に向いているとは言い難い。また大人口を抱えており籠城にも向かず、野戦で撃退すべしという命令を受けていた。


 翌日、アデルフィは義勇兵である聖トマーティン兵団三万を率い、アストレイに向かった。

 そして、帝国軍を迎え撃つための準備を始めた。


■■■


 五月二十三日。

 帝都フィンクランから帰還したラントは、テスジャーザの町の復旧作業が思った以上に進んでいることに満足し、聖都ストウロセスに向けて軍を進めることを決めた。


 しかし問題が一つあった。

 それはテスジャーザ攻略戦で得た七千名ほどの捕虜たちの処遇だった。


(ここに置いていってもいいんだが、見張りが必要になる。武器は取り上げているとはいえ、これだけ大きな町だと回収しきれていないものもあるだろうし、数が多いから暴動が起きた時に面倒だ。それに食料のこともある……やはり解放するしかないか……)


 ラントは捕虜の解放について、神龍王アルビンや鬼神王ゴインら、八神王たちに(はか)った。


「捕虜たちを解放し、西に進ませる。街道から外れないように天翔兵団から見張りを出してもらうつもりだ」


 その案に対し、魔導王オードが発言する。


「七千もの兵を自由にさせることになるが、よろしいのか」


「自由にするといっても、監視は緩めない。それに彼らは心が折れかかっているから、我々に襲い掛かるようなことはしないだろう。唯一の懸念は降伏した町を襲うことだが、それも監視を付けていれば防ぐことはできるし、我々が民を守るという実例にできるから大きな問題ではない」


「さすがは陛下ですわ! 捕虜を解放して寛大さを見せつつ、万が一の場合にも利用することをお考えとは!」


 天魔女王アギーが褒め称える。彼女の言葉にアルビンを始め、ゴインや巨神王タレットも納得した。


 翌二十四日。

 ラントは捕虜を前に演説を行った。


「諸君らを解放する! だが、それは即座に自由になったというわけではない。我が帝国が保護した町や村に無条件に入ることは禁じる。よって、街道を西に進み、聖都に向かうことを推奨する……」


 捕虜たちは解放されると聞き喜ぶが、本当に聖都に向かっていいのかと疑問が浮かぶ。また、聖都までの遠い道のりを思い、多難な前途に表情を曇らせる。


「……街道沿いの宿場町には諸君らに水や食料を提供するよう命じるつもりだ。また、我々も本日より聖都に向けて進軍を開始するが、行軍速度は諸君らとは比較にならない。よって、君たちが聖都に着く頃には我が軍が占領しているだろう。もちろん、我々より速く移動し、聖都の防衛に加わってくれても一向に構わない」


 その言葉で捕虜たちは理解した。自分たちが間に合うはずもないこと、仮に間に合ったとしても意味がないことを。


「もし万が一、君たちが私の言葉に従わず、別の方向に向かったならば、必ず後悔することになるだろう。私に忠実なエンシェントドラゴンたちがその者たちを焼き払うからだ。そのことは肝に銘じてほしい」


 捕虜たちはアルビンらエンシェントドラゴンの姿を見て、すっかり怯えていた。そのため、ラントの言葉に大きく頷いている。


 ラントは彼らの表情に満足すると、帝国軍に出発を命じた。


「我が勇敢なる戦士たちよ! 神聖ロセス王国の聖都ストウロセスに向けて出発せよ!」


 その命令に人化を解いた戦士たちが咆哮をもって応える。


「「「オオオ!!」」」


 グラント帝国軍は街道を西に進み、二日後の五月二十六日に約九十マイル(約百四十五キロメートル)離れたカイラングロースに到着した。


 カイラングロースはラントが勧告を行う前に降伏を申し出た。

 更にラントに対し恭順を示すだけでなく、帝国軍全体を歓迎する。その予想外の対応にラントは驚きを隠せなかった。


 カイラングロースにはテスジャーザから避難してきた市民が多数おり、彼らとしては故郷に戻りたいという想いがあった。そのため、ラントの心証をよくしようと、帝国軍を歓迎したのだ。


 ラントはそのことに気づくと、代表者と帰還の話をした。


「テスジャーザは王国軍が大規模な罠を設置したことと、我々が水攻めを行ったために大きな被害が出ている。一応、がれきなどの処理はしているが、すぐに住めるかは分からない。我々も復興には協力するつもりだが、一度代表者が確認した方がよいだろう」


 代表者は故郷がどの程度破壊されたのかと不安を感じるが、それをラントに見せるわけにはいかないと真面目な表情で頷くしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 帰還補助までしてくれる魔帝軍と聖都すら捨てて逃げる奴ら……民から見るともう信仰がどうとかいう問題ではないでしょうね。
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