第八話「王国軍帰還」
五月十七日。
聖堂騎士団の中隊長であり、元ロセス神兵隊の指揮官、ウイリアム・アデルフィは撤退する神聖ロセス王国軍と共に、テスジャーザと聖都ストウロセスの間にある町、カイラングロースに到着した。
この時、王国軍の主力である聖トマーティン兵団三万、テスジャーザとナイダハレルの守備隊約一万、カダム連合からの援軍一万の計五万の兵は、テスジャーザから強制的に避難させられた市民たちとは別行動を取っていた。
これは一刻も早く聖都ストウロセスに戻ることを考えていたためと、市民たちが王国軍に対し批判的であったためだ。
(またしても魔帝ラントにしてやられたな。ロセス神兵隊の悪評を使って軍と民の間にこれほどまでに大きなくさびを打ち込んでくるとは……)
アデルフィは苦々しい思いをしながらも王国軍の行動に対しては何のアクションも起こしていない。
これは彼に指揮権がないことが一番の理由だが、それ以上にテスジャーザに残った聖堂騎士団の副団長、ペルノ・シーバスのことが気になっており、その余裕がなかったためだ。
(閣下が無為に敗れるとは思わないが、今頃どうされているのだろうか……私が残っても結果は変わらないだろうが、それでも……)
シーバスに諭され、テスジャーザを後にしたものの、後悔の念は日に日に強くなっていた。
アデルフィら王国軍はカイラングロースで一泊した後、翌日には出発した。
その際にカイラングロースの市民たちにも避難するよう呼びかけたが、ほとんどの市民はその呼びかけに応じず、町に残る選択をしている。
また、カイラングロースの守備隊も王国軍と行動を共にせず、町に残ると通告していた。これは司令官であるシーバスであれば、各地の守備隊への命令権があったが、次席指揮官にその権限はないためだ。
守備隊を含めカイラングロースの住民は、ラント率いるグラント帝国軍が抵抗しない者には寛容であること、逆に自国の軍隊である王国軍は一般兵や市民に犠牲を強いると考えていた。つまり、王国政府に対する不信感が魔族と蔑むグラント帝国軍より強かったのだ。
しかし、不信感はあるものの、実害があったわけではないため、王国軍が要求する食料の供出などには協力している。
ただ、その二日後に聖者と呼ばれ、市民から高い評価を受けているクラガン司教が投獄されたという情報が入り、多くの市民が王国政府に対し怒りを覚えた。もし、この情報が先に入っていたなら、王国軍に対する協力は更に消極的になっただろう。
アデルフィ自身、その情報を耳にした時、ラントの関与を疑った。
(恐らく偶然ではあるまい。既に聖都にまで手を伸ばしていると考えた方がよさそうだな……)
カイラングロースから聖都までは五十マイル(約八十キロメートル)ほどで、二日後の五月二十日に聖都に無事到着した。
その道中でも街道沿いの宿場や村の住民から王国軍は冷ややかな目で見られていた。
そのことは義勇兵である聖トマーティン兵団の兵士たちも強く感じており、士気は最悪の状態になっている。
アデルフィはロセス神兵隊と勇者を使った魔帝暗殺作戦の失敗の責任を取るため、聖堂騎士団本部に向かった。
しかし普段落ち着いた雰囲気の騎士団本部は、蜂の巣を突いたような状態だった。
見知った騎士を捕まえ何が起きたかを聞いた。
「テスジャーザが陥落したそうです。先ほどカイラングロースから伝令の天馬騎士が到着しました……」
詳しく聞くと、アデルフィにも混乱の原因が分かってきた。
シーバスが最後に送った伝令は前日の五月十九日の夕方にカイラングロースに到着していた。魔族軍に大打撃を与えたという報告書はその日のうちに天馬騎士によって聖都に届けられ、昨日は勝利の報に沸いた。
そして、本日テスジャーザに残った聖トマーティン兵団の兵士のうち、実際に魔族軍と戦い生き残った者が、カイラングロースの近くまで辿り着き、守備隊の斥候と接触した。
逃げてきた兵士から戦いの結果を聞いた守備隊は急ぎ天馬騎士を伝令として聖都に送った。その天馬騎士が到着し、テスジャーザ陥落の報を届けたことから、混乱が生じたのだ。
「戦いはどうなったのだ?」
「一万人以上が戦死し、七千人以上が捕虜となっているらしいです。詳しくは聞いておりませんが、魔族にも大きな損害を与え、巨人をも倒したと聞いています」
誇らしげに騎士は言うが、アデルフィの興味は別にあった。
「司令官のシーバス卿はどうなった?」
「先日報告が送られてきていましたが、その後については聞いていませんね。ただ、今日の報告でも捕虜になったという話はなかったと思います」
「そうか……」
アデルフィはその話を聞き、落胆する。
(陥落したということは、閣下はご自害なされたか……それにしても私では手も足も出なかった、あの巨人まで倒すとは。さすがは閣下だ。しかし、我が国は本当に惜しい方を失ってしまった……)
シーバスの消息は分かっていないが、敗戦後は情報を与えないために自刃すると最後の別れの時に言っていたことを鮮明に思い出していた。
(閣下には次を託されたが、無理な話だ。私は敗軍の将にして、民を意味もなく殺めた極悪人。今の軍と民の間に亀裂を作った張本人なのだ。私が団長閣下なら、責任の所在を明らかにした上で処刑する)
そんなことを考えながら、騎士団長の部屋に向かった。
団長室には留守番役の騎士が一人いるだけだった。
話をするべき騎士団長は聖王への報告のために大聖堂に向かっており、いつ戻るか分からないと聞かされる。
(急いで報告すべきこともない。明日の朝に出直そう……)
アデルフィはそのことを伝え、一ヶ月ぶりに我が家に帰っていった。
翌日、アデルフィは再び団長室を訪問した。
騎士団長ダン・ファイフは五十代半ばで、騎士団長とは思えないような肥満体だ。
その彼が笑顔でアデルフィを出迎える。
「よく戻ってきた。アデルフィ卿」
握手しながら親しげに肩を軽くポンポンと叩く。
アデルフィはその行為に面食らっていた。
ファイフは聖王に取り入って騎士団長になった人物で、高潔なシーバスとは対極にある俗物という印象を持っている。
また、ファイフの後を狙うシーバスの一派と見られており、これまでアデルフィが声を掛けられたことはなかった。
アデルフィは面食らいながらも、謝罪と報告を行おうとした。
「魔帝暗殺の失敗はすべて私の責任です。どのような処分も甘んじてお受けいたします」
「あれは仕方なかろう。それよりもシーバス卿が送ってきた報告によると、君の献策が非常に役に立ったそうだ。巨人十体を含む、数百の魔族を倒しているらしいぞ」
アデルフィはその数字に目を見開く。
「儂も最初は信じがたいと思ったよ。だが、シーバス卿ならば希望的観測の数字は報告せぬだろう」
「おっしゃる通りです」とアデルフィは答える。
(素晴らしい戦果だ。五百名の精鋭と勇者を擁しながら、巨人一体倒せなかった私とは違う……)
尊敬する上司を誇らしげに思ったが、それでも違和感があった。
(だとしても、私が叱責されない理由にはならない。なぜだ?)
アデルフィはその答えが思いつかず、困惑していた。
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