第七話「混乱の裏側」
吾輩の名はアードナム。
魔導王オード様の側近のヴァンパイアロードにして、偉大なる魔帝、ラント陛下の信任篤き、諜報員である。
三日前の五月九日までは街道沿いの町、カイラングロースにおいて、相棒であるアークデーモン、ルッカーン殿と共に諜報活動を行っていた。
しかし、翌日の朝、天魔女王アギー様の配下であるデーモンロードが現れ、聖都ストウロセスに潜入せよという陛下の命令を伝えてきた。
「我が帝国軍の進攻を受け、神聖ロセス王国の民たちが聖都に避難する。この混乱を助長するため、聖都に潜入せよ。とのご命令です」
聖都ストウロセスは神聖ロセス王国の王都であり、人族の信仰するトファース教の総本山もある。当然警戒は厳しく、潜入は危険であり、我らの身を第一に考えてくださる陛下が命じられるとは思えず、間違いではないかと思った。
その疑問が顔に出たのか、デーモンロードはすぐにそのことに言及する。
「陛下が派遣されました別動隊が調べた結果、聖都の防諜対策が思ったより杜撰であることが分かったのです。その隙を突けば、アードナム殿たちであれば充分に潜入可能であると陛下はお考えのようです……」
さすがは陛下である。既に先手を打ち、調査を行っていたのだ。
吾輩は前のめりになり質問した。
「して、どこに隙があるのだろうか」
その問いにデーモンロードはストウロセスの地図を見せ、説明を始める。
「ストウロセスには高さ六十フィート(約十八メートル)ほどの城壁に囲まれております。城壁には監視用の魔道具が隙間なく設置されており、壁を越えて潜入することは難しいとのことでした。また、上空には昼夜を問わず天馬騎士が巡回しており、特殊な魔道具を使っている可能性があるとのことです……」
思った以上に厳しい警戒のようだと思いながら話を聞いていく。
「……町の出入口である城門は十ヶ所ございますが、そのすべてで鑑定による確認が行われており、少しでも不審があれば拘束されるとのこと。また、ストウロセスは港湾都市でもあり海に面しておりますが、港にも同様な措置がなされております」
話を聞く限りでは鉄壁の守りにしか見えない。
「これほど厳重なのは、なぜなのだろうか」と思わず疑問が出た。
王国は陛下ほど情報を重視していない。つまり、間者を警戒する理由がないのだ。
「詳細は不明でございますが、聖王やトファース教の聖職者たちは暗殺を恐れているためではないかとのことです。私も知らなかったのですが、大昔に死霊族の暗殺者、シャドウアサシンが送り込まれたことがあり、それ以降、厳重な警戒が行われるようになったらしいのです」
「確かにそのような話を聞いたことがある」
吾輩も詳しくはないが、何代か前の魔帝陛下が暗殺された際に報復を行うため、人族の王族を暗殺したという噂を聞いたことがあった。
「なるほど。だが、我にはこの警戒網に穴があるようには見えぬのだが」
ルッカーン殿が吾輩も感じた疑問を口にした。
「船を使うのだそうです」
「船? だが、港も警戒されているのではないか?」
ルッカーン殿が首を傾げる。吾輩も同感だ。
「他国の船に密かに潜入せよとのことです。具体的にはカダム連合の船がいるので、それに乗り込み、船長らを傀儡とした上で拠点とせよとのことでした……」
詳しく聞くと理由が理解できた。
他国の大使などの外交官や役人が乗った船が港に着いた場合、上陸する際には城門と同じく厳しい確認が行われるが、船の中までは調べない。これはその船には所有国の主権があり、神聖ロセス王国の官憲が無暗に入れないためだそうだ。
また、我がグラント帝国には海がなく、船を使ったことがない。暗殺者を気にする王国にとって、他国の政府の所有する船を強く警戒し、外交関係を拗らせたくないと考えている。そこに付け入る隙があるとのことだった。
カダム連合は一万の援軍を送り込んだため、多数の外交官や武官がストウロセスに上陸している。そのため、我が帝国が攻め上ってきた場合に、それらを逃がすために高速船を常時一隻待機させているらしい。
「さすがは陛下である。吾輩は改めて陛下の偉大さに感動した」
「我も同じ思いだ、アードナム殿。だが、気を引き締めねばならん。これほどの任務を陛下は我らにお与えになられたのだから」
「貴殿の言う通りだな、ルッカーン殿。陛下のご期待に何としてでも応えなければならぬ」
吾輩たちは五月十一日の深夜、カダム連合の船を拠点とすることに成功した。
「思ったより簡単であったな」と吾輩はルッカーン殿に言った。
「相変わらず、アードナム殿の傀儡の技は見事なものだ」
「いや、ルッカーン殿の暗黒魔法の方が素晴らしい。あの短時間で意識を刈り取らず見張りの者の知覚レベルだけを下げるなど、吾輩では到底なしえなかった」
そう言って褒め称える。
実際見事な手際だった。ルッカーン殿は転移魔法で船尾に瞬間移動すると、即座に暗黒魔法の“知覚低下”を使い、意識レベルを下げた。魔法を掛けられた方は深夜ということもあり、一瞬眠気が襲っただけと錯覚しただけだろう。
そして、その隙を突き、吾輩が船に潜入し、船長らを傀儡としている。
時間にして五分ほど。あっけないほど簡単に拠点が手に入った。
それから船員たちに鑑定では見破られないほどのごく弱い暗示を掛けていく。
掛けた暗示は吾輩たちがカダム連合の役人であり、ここにいることに何の問題もないということと、特殊な任務に携わっているため理由を聞かずに命令に従うことだけだ。
その後、吾輩は船長に対し、カダム連合の商人を連れてくるよう命じた。カダム連合は商業の国であり、この町にも多くの商人が支店を持っている。
船長は部下に命じ、商人を呼び出した。
呼び出された商人は政府の役人が何の用かという感じでやってきたが、暗黒魔法を使い、吾輩たちに疑問を持たないようにした上で、ロセス神兵隊が行った虐殺やトファース教の聖職者が市民を見捨てたことなどの情報を与えた。
その上でこの情報を拡散するように弱い暗示を掛け、それ以外の暗示を解いた上で町に送り出す。
遠くから検問を見ていたが、王国の官憲はその商人をそのまま通した。
「上手くいったようだな」
ルッカーン殿が満足げな表情で吾輩に声を掛けてきた。
「その通りであるな。だが、商人だけでは弱い。カダム連合の役人を使ってみようと思うが、貴殿の意見を聞きたい」
吾輩はせっかくカダム連合の船を拠点としたので、連合の役人にも同じように暗示を掛けて情報を拡散させようと考えた。
「確かに効果は大きそうだ。だが、危険ではないか? 外交担当の役人ということは王国の権力に近いということだ。より警戒が厳しいことは間違いない」
ルッカーン殿は反対のようだ。
「しかしだ。吾輩の掛けた暗示が看破されたことはない。いや、貴殿ほどの使い手ですら看破できぬのだ。魔導王様や天魔女王様ほどの能力がなければ、見抜くことは難しいと考えてよいのではないか。それに権力に近いところで混乱を与えれば、より大きな効果が見込める。やってみる価値はあると思うのだが」
吾輩の説明にルッカーン殿は目を瞑って考え始めた。そして、十秒ほど経ったところで、ゆっくりと目を開く。
「アードナム殿の考えには一理ある。陛下がここに到着されるまでに、より大きな混乱を与えるには多少の冒険は必要かもしれぬ。それに万が一見つかったとしても、ここにいる限り脱出は容易い」
こうして吾輩たちはカダム連合の大使にも情報拡散の暗示を掛けた。
これが思った以上に大きな効果を発揮した。
大使は大聖堂の中でもこの噂を広め、聖者と呼ばれる聖職者がその話を聞き、聖王を糾弾したのだ。
聖者を拘束した聖王は聖都の市民たちから非難を浴びた。これは表立ってのことではないが、聖王とその教団上層部、そして防衛の要である聖堂騎士団に対し、市民たちは不信の目を向け始めたと報告が入った。
吾輩たちは甲板から町を眺めながら、故郷の酒を酌み交わしている。
「見事に成功したな。さすがはアードナム殿だ」とルッカーン殿が杯を掲げる。
「貴殿の協力があってこそだ」と言って、その杯に吾輩の杯を合わせる。
「あとは放っておいても混乱してくれるだろう。では、次の一手を考えてみようではないか」
ルッカーン殿もやる気になっている。
「そうだな。吾輩はこの任務を命じられた時、陛下より様々な策を教えていただいた。それらが使えないか検討してみようではないか」
「それはよい」
吾輩たちはその後、陛下の策に従い、次々と手を打っていった。
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