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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第二章「王国侵攻編」

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第二十九話「次なる作戦」

 五月九日の朝。

 昨日までのどんよりとした空気は消え、澄んだ青空が窓から見えている。


 ラントはナイダハレルの領主の館で清々しい朝を迎えた。ベッドで伸びをしながら、これからのことを考えている。


(勇者は捕らえた。これで次の勇者が現れなければ、不確定要素はなくなる。人族の神がどう判断するかだが、これに関して僕にできることはない。勇者は警戒するが、次のテスジャーザの攻略を考えないと。幸い僕の作戦が成功して王国軍は混乱しているようだし……)


 テスジャーザに到着した神聖ロセス王国軍はラントの流した噂により、混乱していた。その情報は彼のところにも届いていたが、ロセス神兵隊と勇者ロイグへの対応を優先したため、特にアクションを起こしていなかった。


 側近であるフェンリルのキースやエンシェントドラゴンのローズらと共に朝食を摂った後、鬼神王ゴイン、巨神王タレット、天魔女王アギー、魔導王オードの八神王たちと天翔兵団の副団長、ロック鳥のカヴァランを集めた。


「勇者の幽閉だが、今のところ上手くいっているようだ。だから、そろそろ次の町の攻略を考えようと思っているんだが、その方針について話し合いたい」


 ラントはそう言った後、情報の整理を行っていく。


「まず、テスジャーザの状況だが、アギー、君から説明してくれないか」


「承りましたわ、我が君」


 アギーは妖艶な笑みを浮かべながら頷くと、表情を引き締めて説明を始めた。


「諜報員の報告では、王国軍は陛下の策に嵌り、住民とトラブルを起こしたようです。その結果、トラブルを起こした兵士が昨日に処刑され、ようやく混乱が収まったとのことです。但し、士気は下がったままで、カダム連合からの援軍とも上手くいっておりません」


「ってことは攻め込む絶好の機会ということか?」


 ゴインが質問すると、それにラントが答える。


「もう少し待つつもりだ」


「なんでなんですか? 勇者も閉じ込めたし、あの暗殺者たちも一掃した。敵の準備ができていない今が攻め時のような気がするんだが?」


「確かにテスジャーザを占領するには今が一番いいタイミングだ。しかし、我々の最終的な目的は人族の神と人族を切り離すことなんだ。そのためにはトファース教の評判を落とし、聖王の権威を失墜させる必要がある」


 ラントが目的を説明したため、その点についてはゴインも理解したが、次に何をしていいのか分からない。


「それは分かるんだが……なら、どうしたらいいんで?」


 ゴインは困惑した表情を浮かべる。他の者たちも同じように何をしていいのか分からず、戸惑っていた。


 ラントとしては自ら次の行動を考えてほしいと思っているが、一朝一夕では難しいと考え、説明を続ける。


「ロセス神兵隊の噂のお陰で、聖王が集めた義勇兵たちは住民から白眼視されている。それを更に拡大させるんだ。そのためには民たちが危機感を持ち過ぎないようにしないといけない」


「危機感を持ち過ぎないように、でございますか?」と、普段無口なタレットが質問する。


 ラントはタレットが疑問を口にしたことに「そうだ」と言って笑顔で頷き、それに答える。


「ここで我々が攻め込めば、彼らにとって共通の敵が現れたことになる。つまり危機感が勝り、義勇兵と市民の間の不信感が消えてしまうということだ。王国政府と市民の間に相互不信の種を蒔き続けた方がいい。そのために若い義勇兵たちを暴走させる」


「具体的にはどうするのだろうか?」とオードが興味深げに問う。


「アギーの部下のサキュバスたちを使う。既にテスジャーザの町には五名のサキュバスが娼婦として潜入している。兵士たちは町に入ることができないから、娼婦たちが野営地で営業したいと申し出れば、必ず許可される。そこで市民たちに不満を持つように兵士を誘導する」


「サキュバスを使う……なるほど。だが、野営地に入る際に見つかる可能性はないのだろうか?」


 オードの問いにラントは頷く。


「いつもいい指摘をしてくれて助かる。確かにその懸念は残っている。そこで君に頼みたいことがあるんだ」


 ラントはそう言うと、後ろに立つキースに目配せする。キースはすぐに用意してあったトレイを運び、彼に手渡した。

 トレイの上にはきれいに畳んだマントが一枚置いてある。


「これは勇者たちが使った気配遮断のマントと同じものらしい。最後に陽動を行った部隊が使っていた。まあ、これは我々には使えない物だから、同じほどの効果を示すか分からないんだが……」


 気配遮断のマントを含め、迷宮で発見されたアイテムは人族の神を信仰している者しか使用できない。


 そのため、先代の勇者オルトを倒した際、使っていた聖斧マノックを回収しているが、誰も使うことができず、匠神王モールによって素材に変えられている。


「……このマントを解析し、我々が使える魔道具として新たに作ってもらいたい。どれくらいでできる?」


「うむ。以前陛下に言われて武器を見ているが、我々の理論と大きく変わるものではなかった。詳細に確認せねば何とも言えんが、二日ほどあれば作れるだろう」


 これまでもグラント帝国は人族の戦士が使う武具や魔道具を多く手に入れていた。しかし、使えないどころか、下手をすると呪われるため、素材として使うことも稀だった。


 また、人族の魔道具は帝国の魔法理論と異なると考え、解析することすらしてこなかったが、ラントが敵の情報を得るために解析するよう命じたことにより、理論に大きな差がないことが判明している。


「では、よろしく頼む。もっともそれができなくとも娼婦は送り込むつもりだ。娼婦たちには我々の協力者もいるから、サキュバスたちがいなくとも情報操作は可能だ」


 送り込んだサキュバスたちは持ち前の能力によって、すぐに娼館の中で頭角を現した。

 その際、ラントの指示により、店のオーナーらと待遇について交渉するなど、他の娼婦たちを気遣う姿勢を見せた。そのことにより、弱い立場であった娼婦たちから感謝され、今では姉のように慕われている。


 もちろん、娼婦たちも彼女たちがサキュバスであることは知らないが、彼女たちが諭せば、寝物語で少し誇張した話をする程度であれば、疑問を持つことなく協力するようになっていた。


「陛下はそのようなことを考えて、娼婦たちを助けたのですね。素晴らしい慧眼ですわ!」


 アギーがそう言って大げさに称賛するが、オードを含め、そこにいる者は皆、彼女と同じ思いだった。

 そのことがこそばゆく、ラントは少し照れる。


「具体的にどう使うかは決めていなかった。ただ、娼婦は家庭の事情でならざるを得なくてなった者が多い。その不幸な生い立ちに付け込んでいるだけだ。善意で助けたわけではない」


「いいえ。部下たちの報告を聞く限り、娼婦たちはとても感謝しております。陛下が気に病むことはございません」


「そうか。なら、よかったと思うことにしよう」


 そう言ってラントは微笑んだ。


「そろそろ兵団長たちが戻ってくると思うんだが、我ら天翔兵団はどうしたらいいですかね」


 カヴァランが話に加わってきた。

 神龍王アルビン率いる天翔兵団は、ナイダハレルの東にある四つの都市の攻略に向かった。


 既にすべての都市を降伏させているが、占領後の王国軍への処置と帝国地上軍への引継ぎのため、アルビンたちはまだ現地に残っていた。


 明後日の五月十一日頃に戻ってくる予定となっており、テスジャーザへの進攻を遅らせている理由の一つでもある。


「当面は今まで通り偵察だ。敵の動きは分かっているが、今回のように別動隊がいないとも限らないからな」


「承知した。だが、偵察だけだと、うちの兵団長(大将)が盛大に文句を言いそうですぜ」


 カヴァランはそう言って肩を竦める。


「確かにそうだな」と言ってラントは笑う。


「天翔兵団は強力すぎるから出番が難しいんだ。このままだと、次のテスジャーザでもあまり出番はなさそうだしな……」


「そりゃないぜ! ここでもほとんどやることはなかったんだ。俺たちにも出番を作ってくれないと大将を宥めるのが大変なんだ。何とかしてくれ、陛下」


 カヴァランは懇願するように頭を下げる。その仕草にラントは苦笑いを浮かべていた。


「分かったよ。派手な出番を考えてみるよ」


 翌日からは情報操作と収集に力を入れた。

 ナイダハレルから逃げたロセス神兵隊の指揮官、ウイリアム・アデルフィが無事テスジャーザに到着したことも確認された。


「王国軍司令官のシーバスなる者に報告を行ったようです。但し、警戒が厳重でどのような報告を行ったのかまでは確認できませんでした」


 尾行していたシャドウアサシンが申し訳なさそうに報告する。


「いや、それで構わない。とにかく、こちらがあえて逃がしたということを気づかれては台無しになる。これ以上、彼を監視する必要はない。あとは潜入した諜報員に任せればよい。ご苦労だった」


 ラントはここでアデルフィの監視を打ち切った。

 このことをラントは後悔することになる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 陛下も詰がお甘いようで……と言われないようにしないと。 やはり戦術、諜報面を考えると専業の謀臣の一人か二人は欲しいですね。
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